退治屋のお仕事~異能使いの退治屋と人食いの化け物~
「いけ来栖君! 十万ボルトだ!」
「びぃがぁ、じゅぅぅぅぅ」
古式ゆかしくないメイド服を着た少女は、男の命令に応えるように真顔のまま咆哮っぽく口にして、銃の引き金を引いた。
銃口からは一対の針が射出され、フランケンシュタインの化け物じみた巨体を貫くと、その針へと繋がるワイヤーを通して、十万ボルトの二十倍となる二百万ボルトの電圧が放たれた。
さしもの怪物も、数秒耐えた後に昏倒。
「ノリ良い掛け声ありがとう、来栖君」
「武器の名前を口にしただけですが」
「テーザー銃だな」
少女に対して少年の心のままに命令をした青年は、二十代前半を自称する風里五四九。
真っ黒いブランド物をこよなく愛し、黒いスーツの上下に灰色のワイシャツ黒ネクタイと、全身キッチリ黒に近い色で固めていた。しかもこれら全てがフルオーダーメイドで、衣服と靴の合計金額は少女の使ったテーザー銃の電圧にほど近い合計約二百万円相当となっている。
まごうことなき成金であった。
一方の少女は、高校二年生の来栖莉愛。
ポップな色合いでスカートの短いふわっとしたドレスと、ネコ耳付きのホワイトブリム。エプロンの巨大なポケットからは銃器が覗いている。来栖本人がこれをメイド服だと自称しなければ、風里もそうと認識できなかった。
彼女は風里に雇われたバイトである。が、この衣装は純然たる来栖の趣味であり、ハンドメイドである。
この姿で東京駅から上越新幹線に乗ったのだから、なかなか丈夫なハートである。
黒すぎるスーツの青年と、珍妙な自作メイド服の少女。揃って、結構な注目の的であった。
この二人の仕事は退治屋である。
様々なものを退治する、という身も蓋もない仕事ではあるが、その中でも専門は、人退治と化け物退治であった。
人といえば悪党、化け物といえば人喰いなどと、要するに害のあるものの退治を請け負う、というのが見栄えの良い宣伝文句だ。
しかし実際の風里の仕事振りは些か異なり、良し悪しの調査などは特にせず、金さえ積まれれば喜んで退治に向かう。逆に金がなければ引き受ける事はない。そんな男なので、当人も決して善良とは云えず、また善良とは云えない人間の依頼も受けていた。
尤も、善良とは云えない人間の後ろ暗い依頼を果たしたあとには、仕事内容や依頼人本人の悪行などで脅し、依頼料の上乗せをふっかけることが常であった為、そう云った人間からは特に悪評高く、あまり依頼されることはなかったが。
そんな有様の為、人退治の退治対象として上がることもしばしばであった。実際五度くらい他の退治屋をけしかけられている。
話を戻そう。
初夏の昼間。新潟は岩原スキー場前駅の近くの無人のマンションに二人が入ろうとした際に、突然現れた化け物を打ち倒した。
「なんですか、これ。土みたいですけど」
「うん、どうやら素直に土だな。何か機械が入っている様子もない。随分とファンタジーなものを使う奴がいるな……そういう異能か、あるいはそういう術か。少なくとも今回のターゲットは、獣の類いではないだろう。やったぞ来栖君。高い方だ」
此度の依頼は、ビルのオーナーに依頼された不法占拠者の排除である。
それも、どうやら人が襲われているという噂もあり、ただの不良やホームレスではなく、人か獣か、あるいは化け物かという話になっていた。
それなので報酬については、ざっくりと相手によっての値段は提示されていたが、退治対象を確認してから相談となっていた。
こういう場合警察に連絡をして排除してもらう方が何かと安く済むのだが、事件が報道されたり、最悪警察で死人が出たりしては土地の売値に響くとのことで、成功率と値段のバランスが良い退治屋である風里に白羽の矢が立った運びである。
「高いというのは、お依頼料がですか? 危険がですか?」
「その二つは同時に上がるものだ」
うんうんと笑顔で頷く風里に、来栖は視線を反らせて大げさに溜め息を吐いた。
「はぁ。なるほど。今モチベーションが80%から50%ほどに下がったわけですが、少しでも上がる言葉を掛けてください」
金が増すと判ったのにやる気を落としているバイトに驚愕の視線を向けてから、うむと口にしてから、やる気の出そうな言葉を風里は考えた。そして口にした。
「頼りにしてる、ボーナス付ける、その服似合ってるね」
なんの抑揚もなく淡々と。
「はぁ……風里さん。駄目です。感情がこもってません。そんなのでは120%までしか上がりません」
「効果が抜群過ぎる」
感情こもってなくても充分だった。
気を良くした来栖は、風里の全身をジィっと眺める。
「ところで、風里さんの服装は……相変わらずお金掛かってそうですね」
「お、ありがとう。嬉しいこと言ってくれるね!」
「今の褒められてるって捉えるんですね。相変わらず似合う似合わないに興味ないんですか?」
「ないね。服が全てさ」
自身に興味のない男は、高い服を自慢げに歩みを進める。
そんなこんな雑談をして、二人は10階建てのマンションの中に入っていった。
ゴーレムの所為かところどころに土がついているし、しばらく整備がされていないからか、結構中は汚れていた。
「とてもじゃないですが、住みたくないです」
「人が整備してない建物なんてこんなもんだろう」
虫が居て、黴びていて、埃被っていて……放置されて、結構長いこと経っているのがよく判った。とはいえ、元々良いマンションなのだろう、廊下がやたらと広かった。
警戒をしながらゆっくりと歩を進めているが、特に襲われることなく二人は歩みを進めていく。
ターゲットがどこに潜んでいるか判らない以上、一階からドアを開けつつ進んでいくしかない。
罠や挟撃を警戒して、一室一室確認をしていく。
「風里さん。それにしても、この辺りって、マンション多いんですね」
「ん? あぁ、この辺はバブル期にリゾートマンションが沢山建ったらしい。ここもその内の一つなんだろうさ」
「バブル。父が酔うと『バブルの時には飲み代は上司が出してくれたらしいんだが、今はケチくさいよな』ってボヤいてますが、そのバブルですか?」
「そのバブルだけど、やたらと好感が持てる素直な父親だな」
風里は、欲望に素直な人物が嫌いじゃなかった。
そういう感想を聞くと、来栖は風里に振り返り、袖を引いた。
「興味があれば、父に紹介しますが」
「ご遠慮する」
「……そうですか」
途端残念そうな顔を作り、それからまた部屋の調査に戻った。
簡単な雑談をしながら二人は部屋を見渡していく。
布団や冷蔵庫、スキー用品などは部屋に残っている。が、数本の並行した亀裂のようなものがあり、だいたいのものが破壊されていた。
「爪痕みたいなのがありますよ」
「そうだな……ゴーレム使役する獣だったら、金額ってどうなるんだろう」
爪痕っぽい傷を見掛けて、真っ先に懸念したのがそれであった。
二人は階段を上り、三階に辿り着いた。そこで、またしてもゴーレムが襲いかかってきた。
「ん」
来栖は、先程拾ったスキー用のストックを構える。
振りかぶり、ゴーレムの足に一撃。ゴーレムはよろけて、その場に横転した。
「おぉ、さすが来栖君! 君の異能は怪異に対して最高に相性が良い! 君が仲間で良かった!」
「そんなにおだてても、やる気しか出ませんよ」
「願ったり叶ったりだな!」
来栖の少し後ろの方で、風里は拍手をしながら見守っていた。
異能。それは、切っ掛けなく後天的に発現する超自然的な力。退治屋なんて乱暴な商売をしている者は、その多くがこの力を持っていた。
ただし、直接対象を攻撃するような異能は希で、多くは筋力の強化であったり、特定の道具の生成などであった。
そんな中で、来栖のものは極めて異質。異能や怪異の天敵に成り得る異能。『否定するのは”よくわからないもの”』。
来栖がオカルトと認識した物、行為、能力を来栖は一方的に弱体化させ、更に自身にそれらに対する優位性を得る。
一時的に相手のレベルを下げさせた挙げ句、自分や自分の使う武器のレベルを上げるという、シンプルにズルくて強力な異能である。
今、彼女の持つストックは、大槌かハルバードと云った破壊力でゴーレムを打ち砕いている。
「なかなか砕けません」
「思いの外しぶといな。テーザー銃が有効だったから、もっと持ってくれば良かった」
あくまで武器の使用者は来栖になるが、便利と判っていたらバッグに詰めて運ぶことくらい、風里は厭わなかった。
ただ、人間相手だった場合に、そんなにバシバシ撃ち込むことはないだろうと思ってそんなに持ってこなかったのである。やや裏目であった。
ゴーレムが手で身を起こし、力を振り絞って来栖を殴る。
が、来栖のドレスに拳が触れると、その手は砕けた。
しめたと見たのか、来栖は砕けた腕を目掛けてストックを振り、砕けた端から激しく打ち砕いていく。
やがて、ゴーレムはただの土に戻った。
「やりましたね。ありがとうございます。風里さんの異能が役立ちました」
「来栖君の異能じゃね? 俺の異能、来栖君の異能で弱体化してるし」
「あぁ、風里さんの愛を感じました」
「あ、聞いちゃいねぇな」
来栖は満足げだったので、風里はそれ以上言葉を続けるのをやめた。
風里の異能、『狂愛の鎖』。風里が興味を持ったものや気に入ったものに対して、不可視で重さもない鎖を巻き付ける力。今それを風里は来栖に巻き付け、さながら鎖帷子にしていた。
メインアタッカーの来栖、防御面と金銭面でのサポートの風里という形で、二人は五階まで昇ってきた。
ここでようやく半分だった。
五階に着いて、二人は変な臭いに気付いた。
「風里さん、なにか臭いますね」
「あぁ……うん、この臭いは知っているぞ。来栖君は来るな。階段付近で張っていてくれ。ちょっと見てくる」
「何か心当たりが?」
「あーうー……」
少し云い淀んでから、渋い顔を作り、風里は来栖の方を向いた。
「肉と血の臭いだ。豚や牛じゃあるまい。たぶん人だ」
その言葉に、来栖は首を傾げる。
「怪我をしている人がいるというのなら、それは、助けるべきでは?」
そんな質問に、少し心苦しいものを感じながら、風里は溜め息一つ吐いて、答えた。
「怪我じゃない。もう死んでるさ。ただ死体を放置しているのか、食料庫なのか」
そこまで口にすると、来栖は珍しく、僅かに動揺した顔を見せた。
怪異に強い異能を持つとは云え、まだ高校生。人を食う怪異と戦ったことはまだなかった。
「……なるほど、そうですか……でも、み、見ないで、見ない様に、その、子供扱いを、ですね」
そんな、動揺する来栖の頭をポンと風里が撫でる。
「悪いな、来栖君。ここから先は十八禁なんだ。もうちょい大人になってからだよ」
来栖を待たせ、風里は一人で部屋を見回し、臭いのする場所を探った。
そして一番奥の部屋で、扉の壊れた臭いの部屋に当たる。
部屋の中を念入りに調べてから、風里は階段まで戻ってきた。
「この階には敵は居ないね。階段を何か通ったり、上の階から音がしたりした?」
「なにも。えっと……どうだったの?」
恐る恐る、来栖は風里に、奥の部屋のことを訊ねた。
「うん、部屋の入口に、まるで斧のような深い傷があった。そこから先、聞く?」
「聞くわ」
そうかと口にしてから、風里は少し天井を見ながら言葉を整理してから、来栖に視線を戻した。
「中には少なく見て三人分の死体があった。囓られていたり、解体されていたりして、それより何より血抜きもされていた。食用なのは間違いないだろう。それに、知性もある……厄介な相手かも知れない。気を引き締めていこう」
「……わかりました」
少し沈んだ顔で来栖が答えたので、風里は頬を掻いた。
「調子が悪ければ、一旦装備を調えて出直すことも考えるが」
「いえ……これ以上、被害を……帰りに、甘い飲み物でも買って下さい」
「あぁ。ココアでも、おしるこでも、甘酒でも、自販機にあれば好きに飲ませてやろう」
「でしたら、プリンシェイクを」
「……売ってるかな?」
困った顔を風里が見せる。すると、来栖は大きく深呼吸をして、幾らか落ち着いた顔になった。
それから、来栖は風里の顔をジッと眺めた。
「落ち着きました。往きましょう」
「あぁ、往こう。昼食まだだし、俺も段々お腹空いてきた」
「それは感性疑います」
「良くも悪くも見慣れるもんだ」
「見慣れたくはないです」
そう口にする来栖だが、怪異に対する有効な異能者である為、慣れざるを得ないだろうなと、風里は思った。口にはしなかったが。
六階を見て回り、階段を上っている時に、上の階で何か激しい音がした。
七階に何者かが居る。そう思って少し二人は強張ったが、速度を緩めたり速めたりすることなく、七階に到達した。
床が厚いのか、七階まで来てようやく鮮明に音が聞こえ始めた。鉄パイプでコンクリの壁を殴っているような、激しい打ち付ける音。
二人は階段から廊下に出る前に、何か声が聞こえることに気付いた。
「ちょこまかと……もう、逃がさない……覚悟しろ」
「た、助けて……!」
その言葉を聞いて、来栖が跳び出した。
「あぁ、来栖君! 思い切りが良すぎるぞ!」
エプロンから拳銃を抜き、廊下に飛び込む。それを追って風里も廊下に出て、携帯のカメラのシャッターを切った。対象の証拠写真である。
見えたのは、壁に押さえ付けられて剣を刺されそうになっている少女と、剣を構えた、ボロボロの服に身を包んだ男。
「離れなさい」
警告をして、即時に射撃。弾は狙い通りに男の腕に飛んでいったが、それを後ろに跳んで男は躱す。
身のこなしの軽さに、ほとんど表情を変えずに来栖が驚く。
ごほごほと噎せながら、少女は来栖の方へ走ってきた。
その少女に向けて、危険だからこっちに来いと、風里が手招きする。それに習って、少女は風里の背後まで逃げた。
少女に逃げられたことで、男は激しく舌打ちをした。
「ほう……仲間が居たのか」
「回避したわね。弾、高いのよ」
来栖は銃を構え、男は剣を構える。
それを風里は見て、あの食料庫のところについていた亀裂は、あの剣のものかと理解した。
「来栖君、気を付けろ!」
「気を付けます」
男は床を蹴り、飛び込んでくる。
一足で間合いを詰められ、慌てて来栖はメイド服の袖で剣を受け止める。そして右腕を払い剣をどかすと、男に向かい蹴りを放つ。しかし軽い。男は後ろに跳んで間合いを開いた。
風里の異能『狂愛の鎖』のお陰でどうにか受け止め切れたが、少しだけ服に切れ目がついた。
「……風里さん、私への興味が、いえ、ドレスへ興味が薄くないですか」
「そんなことは決してない。狂おしいほどしっかりと君の服にも君自身にも感心を持っているとも。君の異能がそれだけ強いんだ」
「それを聞いて安心しました」
男が飛ぶ前に、来栖が銃を撃つ。男は咄嗟に横の部屋に逃れた。
それを追おうとした来栖を風里が止める。
少女は、弱々しく風里の袖を引き、感謝を述べた。
「あ、ありがとう、ございます」
「いや、気にすることはないよ。うん。来栖君、そっちは大丈夫か」
「大丈夫ですが、剣ですよ。今のご時世に」
相手の武器を見て、斬られ掛けて尚そんな感想を述べるバイトに、風里は心強さを感じる。
「いやぁ、剣はいいじゃないか。そんなものを使う奴は初めて見た。いいね、雇いたい。それに、時代錯誤だなとは思うけど、時代云々を置いておけば銃器を持ち歩いている君に人のこと云えるのかな」
「私のは全部科学兵器です。時代錯誤でも、オカルトでもない」
「不審とか殺傷力とかそういう点だったんだが、まぁいいや!」
深く突っ込んでも話が進まないとわかったので、風里は少女に向き直った。
「お嬢さん、大丈夫?」
「は、はい」
「うん」
風里は、じっくりと少女のことを見始めた。
「あ、あの?」
「怪我がないかを見ている。あまり動かないでくれ」
「は、はい」
頭部、顔、髪、髪をどかして後頭部と、念入りに見ていく。その様子を横目に見て、来栖が若干声を低くする。
「……私より、その子に興味が?」
「来栖君。怪我の確認してるだけだよ?」
「なるほど、信じません」
「信頼がないなぁ」
げんなりとしながらも、風里はジッと少女を観察する。服、手、足。
「まぁ、興味を持とうとはしているよ。『狂愛の鎖』を張っておこうと思ってね」
「なるほど、ロリコンということですか」
「話の飛躍が極端だな来栖君!」
応じていると、ドアが破壊される音がした。そして、こちらに破壊されたドアが放り投げられてくる。
「ん」
来栖はそれに気付くと、両腕で真正面からそのドアを受け止める。衝撃で少し後ろに下がったが、無傷であった。
受け止めたドアを横にずらすと、男が飛び掛かってくる。
「ありがとう来栖君。もう終わったよ。怪我はないね、お嬢さん」
「あ、ありがとう、ございます。あの、あいびーちぇーん、って、なんですか?」
「君を守るおまじないみたいなものさ」
「あ、ありがとうございます……!」
少女はそう云ってぺこりと頭を下げた。
「逃がしはしないぞ……!」
「しつこい奴」
男は剣を振るう。それを、来栖は警棒で受け止める。
剣は西洋風のごっついもので、先端こそ鋭利であったが、刃に関しては重量で強引に叩き潰して斬る様なものだった。
それを、伸縮できる細い警棒で受け止める。来栖の全身や衣服や警棒の全てに『狂愛の鎖』が巻き付いているとはいえ、鍔のない警棒で堂々と受け止められる力と技量と胆力は、少し異常なほどであった。
「残念ながらその子は強いぞ、剣士君。よく見ておくと良い、俺がこの少女を見事逃がすところを」
「貴様……!」
男は、ギリっと歯を剥き出しにして、敵意を込めた目で風里を睨んだ。
それに意を介さず、風里はくるりと振り返ると、屈み込んで少女に笑いかける。すると、少女は、少し困った笑顔を返した。
「いいかい、ここから逃げるんだ。走れるかな」
「は、はい、大丈夫です!」
「そうか、良い子だ」
そう口にすると、そのままで風里は右腕を強く引き、少女の顎を目掛けて、全力のアッパーを放つ。
「ごっ!?」
少女の身体は後ろに反り、やや浮き上がって、そのままパタリと倒れてしまった。
その様子を見ていた男は、ビクリ震えてから、驚きに固まってしまった。
来栖はその様子を見て、背後で何があったのかと、剣を弾いてから少し距離を置き、振り返り、ギョッとする。
「……何をしたんですか、風里さん」
「ん? あぁ、俺たちの思い違いを確かめておこうと思ってね。どっちが敵で、どっちが仲間なのか。ねぇ、剣士君」
「思い違い?」
風里は立ち上がり、来栖の横に並んだ。
その様子を見て、男は、ハッと小さく自嘲してから、歯ぎしりをした。
「……そうか、なるほど……追い詰めた時に「仲間が来る」などと云われ、騙された。すまない」
「気にするな。こっちも確認しないで攻撃して悪かった。まさかご同業がいるとはね。しかし、オーナーも人が悪い。他にも雇っていたとわね」
「いや、俺は雇われじゃない。単純な私怨で此処に居る」
「あ、そうなの? そりゃ良かった。で、どんな奴なんだいアレは」
「傷の治りが早く、爪が刀剣ほど鋭い……後は単純に力が強い」
「わお、厄介」
二人がなにか納得し合っているのを見て、来栖はやや困惑していた。
「……あの。説明をください」
そう訊ねる来栖に、風里は少女の方を指差す。
来栖がそちらの方を向くと、視界の先で、先程とは打って変わって、殺意を目に湛えた少女が、牙を剥き、異常に鋭い爪を伸ばした状態で、ゆるやかに身を起こした。
「あの少女を見て、説明がいるかねワトソン君」
風里の言葉で、来栖はようやく、少女の方が人食いなのだということを察した。
「そうですね……後で詳細を教えて下さいレストレード警部」
「え!? そっち!?」
風里が悲痛な声を上げるが、少女が口の端を吊り上げ、怒りを込めて笑い出したので、雑談は途切れる。
「はははは。やだなぁ、気付いてたんですか。それとも、確証を得る為に全身を見たんですか。いやらしい人なんですね。あぁ、腹が立ちますねぇ」
「失礼な。俺は他人が大好きだからね。ここぞとばかりに鑑賞しただけだ。違和感はずっとあった」
「へぇ……ほんと、腹立つぅ」
そう云うと、少女は風里を目掛けて飛び掛かった。しかしそれを、剣の男と来栖が受け止める。
受け止められ、少女が少し交代すると、そこを来栖が撃ち、それを避けたところを男が斬り掛かる。が、その剣は片手で受け止められてしまった。
「くっ……!」
そこに警棒で来栖が殴りかかる。それを少女はもう一方の手で受け止めようとした。しかしその手を、剣士が無茶な態勢で蹴り飛ばしたので、防御ができず少女の首に警棒が叩き込まれる。
だが、警棒では目に見えたダメージは与えられなかった。
「そんな武器でどうするつもりなんですか?」
ギロリと来栖の方を睨むが、来栖は警棒を手放し、後ろに跳ねながらテーザー銃を撃った。
金属片が少女に突き刺さる。しかし、放電がされない。
「どんな武器かは判らないけれど、ワイヤーは切らせて貰いましたよぉ?」
「ちっ」
少女は男を壁に剣ごと投げ飛ばし、来栖目掛けて跳ね、爪で上から斬りかかる。鋭い爪の斬撃は、チェーンで守られた来栖のドレスでどうにか受け止められたが、しかしドレスの一部は破損してしまった。
「なるほど……厄介ね、私の爪の切れ味が落ちてるのあなたの仕業ね。斬れないのは、あの黒づくめの仕業ね! そうでしょう!」
楽しそうに少女は笑った。
「そうね、あなたは化け物だもの、充分によくわからないものだわ。それなら私はそれを否定できる。理解の範疇の外のものなら、ないのと同じでしょう」
「判ろうともしないのね。でも、あなたに私が否定しきれるかしらぁ? それにそもそも、あなたが手にしてるそれらについて、あなたはちゃんと理解できているのかしら?」
「理解はしてないわ。でも、これらは理解し得るものだから」
銃を撃ちながらそう云う。
少女は踊るようにそれを躱す。
「へぇ……都合良いんですね。あなたの頭も随分とオカルトだと思いますよ」
「私の異能、私の思考を除いて、私が理解できるものと私が理解できないものは私が決めますからお気になさらず」
「あら、随分と乱暴なんですね」
来栖はスカートの下に隠していた棒を取り出す。先程までの警棒とはで、50万ボルトの電圧を発する棒状のスタンガン。
そして、少女を挟んで反対側にいた剣士も、ようやくのそりと身を起こし、剣を構える。
「すまない。時間を貰った」
「いえ、こっちも決め手に欠けていますので」
二人は武器を構えて、タイミングを見計らい、跳ねる。
「……斬り伏せる!」
「ドレスのお礼は、させてもらいます」
その様子を見て、少女は楽しそうにクスクスと笑う。
「可愛いわぁ。そんなもので私を倒す気なんですか?」
云うと、少女は剣士の方へ跳び掛かり、その剣を蹴り上げると、腕を掴んで来栖の方へ投げつけた。
「ぐっ……!」
「え? きゃあっ」
二人は激突してもつれ、壁に激突してから、床に転がった。
その戦いを一人見守っていた風里は、激突した二人から血が出ていないことを見て、ほっと一息を入れた。
すると、そんな風里の方を少女が向く。
「これで、後は戦えないおじさんだけになったわけですが……ねぇ、おじさん。なんでわかったの? 私、怪しいところありませんでしたよね? あったのなら次回直しますから」
「そうだな。おじさんよりは、お兄さんか、お兄ちゃんって呼んでもらいたいな」
「そう。じゃあ教えてください? お兄ちゃん」
思ったより乗りの良い反応で、風里は楽しそうに指を弾いた。
「色々あったけどな、一番は俺らに助けを求めたところで、より怪しいと思ってね。幾ら殺されそうだからって、スーツの男と武装した謎のドレス姿の女のコンビを見て、なんの疑いもなく助けと求めてくるのは、ちょっと不自然だと思ったんだよね」
「ちょっと不自然だと思って、確証を得たのはいつなんですか?」
「ん? 得てないけど?」
「はぁ?」
風里の言葉に、少女が眉を寄せる。
「いやぁ、無実の女の子の顎を殴って傷害罪になったらどうしようとは思っていたんだけど、君がちゃんと化け物で良かった」
はっはっはっと横行に風里は笑った。
それを見て、しばらく黙っていた少女は、くすくす笑い出した。
「……は、はは。いかれてるんですね? さてはあなた馬鹿なのね?」
「どうかな、あまり云われた経験はないけどな」
少女は跳び出す。そして、鋭い爪を伸ばし、それを風里に突き出した。対して、風里は自身のスーツに巻き付けた『狂愛の鎖』でそれを受け止める。
「うざったいですね!」
「ははは! この服はすごく高いからな! すごく大事だ。だから、チェーンも一層強力だ! そういう異能さ!」
「センスのない服装なのに、良くも誇れるものですねぇ。感性を疑います」
「そりゃ勿論、高いからね! 俺も俺の感性というのはよく判らないが、値段は実に判りやすいだろう」
少女の左手の突きを、風里は右手で払う。次いで左の手で突いてきたが、それは膝蹴りで逸らす。
そして逸らした右手を掴むと、背負って放り投げた。
投げられた少女は、難なくくるりと回って着地をする。
「来栖君のとは違うぞ。弱体化していないチェーンだ」
「ほんとぉ、無駄に丈夫なんですね。あぁ、もう、腹が立ちます!」
そこで、少女は再度飛び掛かる。
風里の剥き出しの顔を狙った右手の突き。それを両腕で防ぐ。
今度は腹に対する左手の突き。それは服で受け止める。
服で覆われている部分には攻撃が入らないと見て、少女は一旦距離を置く。
「それなら、服なんかじゃなくて、身体に巻き付けたら良いのではないでしょうか」
「それは特性上、無理なんでね」
風里の異能は、興味や関心のあるもの、大事に思うものにしか巻き付けることができない。その所為で、風里本人には、チェーンを巻き付けることが出来なかった。
「そうでしたか。なら」
また、跳んでくる。と見るや、風里はポケットに手を突っ込み、手袋をはめた。
その手袋で、少女の爪を受け止めて見せる。
「くっ」
「即座に手を狙うところはお見事。俺は風里。お嬢さん、お名前は?」
「私の名前はグラです。あぁ、腹の立つ……本当だわ。折角、同士討ちの後でトドメをって、面白くなってたのに……そんな、馬鹿馬鹿しい、馬鹿の思い付きで……もう、ほんと、あぁ、馬鹿……あなたは丁寧に殺します。あなたの力は防御だけなんでしょう? あなたを気絶させたら、二人を殺すわ。そうすればもう手立てはないのでしょう? その後で、丁寧に丁寧に殺すことにしましょう」
「それは怖い。とはいえ、そう簡単なものじゃないかな」
その会話の最中、銃声が響く。
倒れ込んでいた姿勢のままで来栖が撃った銃弾が、グラの身体に当たりややのけぞる。だが、大したダメージを与えられなかったようで、ぐるりと身を起こす。
抉れた部分はすぐに戻り、血さえ出ていない。
「ちっ、頑丈ね。化け物」
「頑丈じゃないと、化け物じゃないでしょう?」
スッと立ち上がり、銃を構える。
男もそれに合わせて身を起こした。
「そう、そこで隙を窺っていたのね。不意打ちなんて、良い趣味ですねぇ」
「意識が飛んでただけよ。趣味を褒めてくれてありがとう、あなたも素敵な趣味よ。反吐が出る」
風里を挟む形で、グラは両手の爪を掲げた。対して、よろよろと来栖が銃を構え、剣士もまた満身創痍の様子で剣を構える。
「私を殺せる自信があるんですか? 私に殺されない自信があるんですか? 可愛らしいことを考えるんですねぇ」
「取り敢えず、好き勝手に喚くその口を破壊したいわ」
「そう容易く、殺せると思うなよ、人食い……!」
グラは楽しそうに、二人は僅かに悔しそうに、鋭い眼光で睨み合う。
「ちょっと、ストップ!」
その中心に立っていた風里が、バッと手を横に伸ばし、戦いを制止する。
「来栖君、剣士君。無理はいけない。ここは俺がなんとかしようじゃないか。たまにはおんぶにだっこじゃないところを見せておかないとね」
そう云って、ニッと笑って見せる。
「時間を稼ぐつもりなのでしょうか? 甘く見られているんでしょうか?」
「いや、そうでもない。強いなと思ったから、思い付きと、あと奥の手を使うことにしただけさ」
「へぇ。それは効果があるといいですねぇ」
少女と風里が睨み合う。
その背に、少しばかり弱々しく来栖が声を掛けた。
「……やめてください、風里さん」
「おや、来栖君。俺の身を心配してくれるなんて嬉しいじゃないか」
「いえ、別に風里さんの心配をしているわけではなく」
ツンデレみたいな言葉を淡々と云われたので、風里は思わず真顔になる。
「え? じゃあ何?」
「庇われたりなんてすると、なんかその、風里さんが素敵すぎて、劣情を催すと云いますか、ムラムラが止まらなくなりますので」
「ちゃんとオブラートを使いなさい、お姫様気取り」
「最高に燃えるシチュエーションです。興奮してしまいます」
「本当に心配してるわけじゃなかったんだね!」
風里は振り返らなかったが、来栖がきらきらした目をしていることはなんとなく察しがついていた。
なるほど、と風里は呟き、しかし、という言葉から来栖に向けて返答をする。
「残念ながら、格好良く魔物を倒す王子ではないんだな。その理想には添えない」
そう云って、風里はグラの方を向いた。
すると、グラは口の端を吊り上げて笑った。
「じゃあ、どうするのですか? ここから逃して欲しいと、格好良く慈悲を乞うのですか? そういう様も興味ありますから、なんでしたら逃してあげますよ」
「いやいや、倒すというと語弊があるだけさ。無力化はするつもりだ」
うんうんと頷いてから、ぱちりと指を鳴らす。
「そこで、提案なんだが。グラ君。君、うちでバイトとして働かないかい?」
「あ?」
その場に居た全員が、風里の云っている言葉の意味が理解できなかった。
それから20秒ほどして、全員がようやく言葉の意味を言葉の意味の通りに理解した。
「はぁ!?」
「風里さん、何を?」
声を出したグラと来栖、無言で唖然としている男の、それぞれの驚愕を見て、うんうんと満足そうに風里は頷いた。
そこで、来栖がハッとした。
「ま、まさか、『狂愛の鎖』を……狂愛を、使う気ですか?」
「そう。まぁ、躊躇もあるんだが、他に手もなさそうだし、この為にしっかりと巻きつけておいたわけだし。それに、最近コントロールできるようになってきた気がするし。何より怪異相手なら、酷いことにはなるまいさ」
風里の言葉に来栖は少しばかり微笑んだ……ように見えるくらい頬を引きつらせて、青い顔をした。
「怪異相手なら、確かにそうかもですが……あれはコントロールというより、風里さんの頭がおかしいだけで」
「ほう、そんなこと初めて云われたな! ……あぁ、いや、何度か云わた気もするな」
そんな二人の緩い会話に、グラは怪訝な顔をして首を傾げる。
「あなたの異能は、防御のための力だと云っていたんですが、なんでしょう? それを私に巻き付けて、引き裂こうとしているのかしら? 古風な処刑方法ですね」
「いや、俺の異能はあくまで大切なものや興味のあるものに巻き付けるだけだ。その前提がある以上、どう足掻いても物理的な攻撃に転じさせる使用はできない」
「話が見えません。それじゃあ、動きを封じるとか?」
「その通り」
ニッと風里が笑うと、おかしそうにグラも笑った。
「あなたごときの異能で、私を束縛するって云うの? でも、確かに丈夫でした。なるほど、力比べというわけですね」
グラは乗り気だった。
しかし、風里は首を振る。
「いいや、力は比べない。もっと平和的に往こうじゃないか。俺は君を説得する。ただし、君がイエスと答えるまで、俺はこの異能を解除しない。これは退治であって交渉とは違うわけだしな」
「? それって結局力比べじゃないですか? あぁ、なるほど。馬鹿ですね、私に破壊されると思っていないというわけですね! ほんっと、腹立ちますねあなた!」
「誤解しないで欲しいな、肝心なのはそっちじゃないんだ」
そう云うと、風里は清々しく笑った。
「俺が君にどれだけ興味を持っているかという気持ちを、この鎖は束縛する相手に伝えることが出来る。そうすれば、グラ君、君も俺がどう思っているのかを察せるはずだ。まずはそこを汲んで欲しい」
「はぁ?」
『狂愛の鎖』には本来三つの効果がある。
傷付かないように守る力。逃さないように物理的に縛りつける力。そして、使用者の気持ちを相手に伝えて精神的に縛る力。風里はこれを、努力によって分解して別々に使用できるようにしていた。
そんな風里の説明を、グラは理解できないものを小馬鹿にする表情で応じた。
風里の云っている意味も、それにどうしてそんなに自信満々なのかも、グラにはまるで掴めなかった。だが、その自信を鎖ごと引きちぎって、驚く風里に襲いかかるのは、なかなか悪くない気もした。
「なるほど、判りました。では、どうぞ。ふふ」
「ありがたい、では、説得をさせて貰おう」
くくくと笑いながら、グラはそっと周囲を見た。すると、青い顔をしている来栖に気付き、また眉間に皺を寄せた。
次の瞬間、感情の伝達が始まった。
その途端、グラは膝を折って、受け身もままならず前のめりに倒れ込んだ。
「ぐはぁ!? が、ぐえぇ……げほ」
そのまま、顔を赤くし、青くし、激しく吐瀉をして、頭を押さえて悲鳴を上げる。
風里はそれを見て、あぁと溜め息を吐きながら手で顔を覆った。
「あれ? やっぱり駄目だったのかな」
感情の伝達をすると相手が漏れなくこうなってしまうから、風里は頑張って能力を分解していた。感情の伝達をおこなうと、全員がこのようにまともに話が出来る状態ではなくなってしまうから。
風里本人は、自身の心持ちを至って普通だと自負しているが、彼の心は大きな歪みを持っていた。
自分に対する異常な無関心と、それに伴う喪失感。そしてそれらに比例して、爆発的な熱量を持った関心と執着心。
その逆方向に引っ張り合う強烈な感情が、ギリギリのところで均衡を保ち、風里をおよそ普通といえる状態で安定させていた。
ただ、それは風里の中で上手いこと混ざり合い、丁度良い温度になっているだけである。それらはそれぞれ、液体窒素と煮えたぎった油の様な感情であり、感情の伝達とは、それを血中に無理矢理流し込んでいる様なものであった。
拷問というより、処刑に近い。
風里は振り返り来栖を見ると、来栖は青白い顔で目をギュッと瞑っていた。
「あれ、来栖君? あ、何か余波が」
「……今、話し掛けないでください。大丈夫です。本当は耳も塞ぎたいんです。私もやられた時を思い出してしまうので」
「……あぁ、なんかごめん」
一人、剣士の男は、周囲の女性二人のあまりに苦しみっぷりに驚き、最終的に風里の方を見た。
それに気付いて、風里は頭を掻いて見せた。
「おかしいんだ、上手くいかない。どれだけ相手のことを大事に思っているか、興味があるか、そういうことを伝えてるだけのつもりなんだけど、こうなってしまう。他人の感情を送り込むことの拒絶反応かと思ったんだけど、どうもそうでもないらしいし。なんなんだろうこれは」
そう独りごちながら、歩いてグラに近付く。
「ひっ!?」
近付いてきた風里に気付いたグラから、小さな悲鳴が上がった。
その悲鳴を気にせずに風里は顔を寄せ、やむを得ないと、そのまま説得を開始した。
「君の強さはなかなかだ。それに、あのゴーレムを生み出したのも君なんだろう? 人を食うのは禁じさせてもらうけど、食事は色々融通しよう。もしどうしても我慢できなければ、なに、悪党退治の折に一人二人から肉をちょっと拝借するくらいは」
「そんなことはどうでもいいんです! や、やめて、これを、お前ぇぇぇ!? 一体、どんな気持ちで生きているんですか、どんな気持ちで人を見ているんですか、早くこれを止めてぇぇ!!」
グラは頭を押さえ、首を押さえ、胸を押さえ、廊下を苦しそうに転がっていた。
「そんな顔をしている君に云うのもあれだけど、説得に応じるまで解除しない。君は人食いで危険だからね」
「ああああああ!? 判った! 判りましたから! もう、もう無理だから、早くこれを解除してください!」
頭を締め付けられている悟空のような有様だった。
風里としては何か暴力で従えたような感じで少し腑に落ちなかったが、それでも一応異能は解除した。
「は、はぁ、はぁ……」
激しく呼吸をして、また吐き出して、少女は酷くやつれた目で、怯えた目で、風里を見た。
「何を、何をどうしたら、平然とした顔でいられるんですか……あんな、あんな感情で、正気なんですか」
「みんなが何見てるかちょっと判ってないんだけど、みんな大げさじゃないかな」
グラは、平然とした顔の風里から視線を外し、青白い顔で薄目を開けてこっちを見ている来栖を見る。
「そうか、あの人も、同じのを食らったんですね」
「まぁ、彼女も元々は俺のこと退治しにやってきた退治屋のメンバーだったからね」
その言葉を聞いて、グラと来栖は、お互いに深い同情心と共感が生まれた。
「私はずっと風里さんと一緒に居たいですが、ですが、チェーンの共有だけは、もう絶対に……」
口にして、ガタガタと来栖は震えた。そして、少しばかり嗚咽する。
風里が不思議そうな顔をしていると、その横に剣士の男が立った。
「俺は、人食いの化け物を探して、家族の仇を討つ為に旅をしている。恐らくこいつではないのだろうが、確認をさせて貰う。良いな?」
「お好きにどうぞ。でも、殺させはしないぞ。もううちのバイトだしな」
「あの厄介な鎖が巻き付けられているのだろう。俺の仇なら、お前ごと斬る覚悟で挑むが……そうでなければ、二度と人襲わないというのなら、殺すまでもない」
「まぁ、もしも仇なら俺が諦める」
そう云うと、剣士は二、三の質問をグラにすると、そのまま立ち上がり風里の方に歩いてきた。
どうやら、目的の仇ではなかった様子である。
「仇ではなかった……また会うことがあれば、今度は共に戦えると、助かる」
「あぁ、こちらこそ。今度飯でも奢るさ」
軽く笑い合うと、そのまま男は階段へ向かう。その途中で、来栖と目が合った。
「さっき、突然撃ってしまってごめんなさい。早まってしまったわ」
「こっちも斬り掛かって悪かった。ドレスは悪いことをした」
「いいわ、繕うから」
「すまない」
そんな短い挨拶で、男は階段を降りて去って行った。
「で、だ。本題に戻るけど、うちにバイトできてくれるんだな?」
「はぁ、はぁ……えぇ、なんでもします。もう、なんでもしますから……もう人も食べませんから……もう、うぐっ……でも、だから、お願い。お願いです。二度とあれをやらないでください」
「OK。なんかこう、心外だが了解した」
本人的には普通に交渉したいところなのだが、上手くいかず不満げである。
「みんなどんな風に感じて怯えてるんだ? みんな絶対に話してくれないんだよね。吐きそうな顔して」
「わ、私……うぷ……だって、思い出したく……はぁ、はぁ……全然、ないんですけど!」
鬼気迫る形相で吼えながら、嗚咽を繰り返す。
「……正気じゃないんですよ。あなた、自分をなんだと思っているんですか。あんな孤独感……あんな、あんなの……他人や、物に対する……あなたが今、平然としているのが、本当に気持ち悪いです。あなたこそ、化け物です」
「ひでぇ云われよう」
それなりにショックを受けた風里だが、自覚がないので、誹謗であると決めつけてうんうんと頷いた。
その横でグラがひとしきり苦しんでいると、その背中を、来栖がそっとさすった。
「同じバイト仲間ということですから、もう攻撃もしませんし、謝ったり謝られたりも不要です。ですが、今は、深く同情します。風里さんのアレを受けたのですから」
「あなた……たしか、来栖とか云いましたね……ありがとうございます。あなたも、辛い思いを……それとも、人って皆、あんな心持ちなのですか?」
「いえ、風里さんの頭が特別おかしいだけです……グラ……あなたも、大変だったでしょう」
ガシッと青白い顔の女性二人が抱き合っていた。同じバイト仲間になったということもあるが、何より、共通の体験が効いている様子だった。
置いてきぼりを食らう風里は、ふぅと息を吐いて、窓の外を見た。
「俺の頭の中、どうなってんだろうな」
こうして依頼は無事に完了したが、誰も答えをくれないそれを風里は静かに自嘲した。
なお、先程の剣士は一階ロビーで倒れ込んでいた。
金もなく飲まず食わずで限界とのことだったので、取り敢えず風里は剣士も自分の事務所にお持ち帰りして、約束通り食事を食わせた。
そして、うやむやの内にバイトとして雇うことを決めたのであった。