第四話 青葉高校サッカー部①
その後も自分探し部の活動は絶えなかった。
部長が部のホームページが欲しいと言えばパソコン部の助力を請い、部長がプロモーションビデオが欲しいと言えば(何故?)映像研究部に依頼してビデオを作り、部長が学食が好みじゃないと言えば弁当を用意した。
今思えば、最後のは完全に私的なわがままだった。
「部長、そろそろ本格的な活動を開始した方が良いと思うのですが……」
「分かってるよ。俺の『楽しいこと』を探すんでしょ? 分かってるけどさ……」
部長は部で作ったジャージの裾をいじりながら唇を尖らせた。
最近はジャージがお気に入りらしく、ずっと着用している。ついでに私も着用を強いられている。室内だと少し暑い。
「……でも、どうせ何やってもつまんないし……」
そう言って拗ねてしまう。これは重症だ。
「部長、失礼ながら、過去の失敗を理由に全てを諦めていては何も始まりません」
「…………」
「今までは上手くいかなかったかもしれません。しかし今、部長は青葉高校という新しい舞台におり、様々な新しい道があります。今が挑戦の時ですよ」
「そうは言ったってさぁ」
「それに、私がいます。部長の『楽しいこと』が見つかるよう全力でサポートいたします」
「……令子が?」
「はい。裏方作業はお任せください。全て良いように取り計ってみせます」
部長はむすっと黙り込んでいたが、しばらくすると小さく口を開く。
「……じゃあ、やる」
「はい。よくぞご決断なさいました。ご立派です」
「でも何しよっかなー、何がいいと思う?」
「そうですね……やはり、部長が興味を持てるものが良いと思います。何か思い当たるものはございませんか?」
「うーん。うーん……あ」
部長が何かを思いついたというように声をあげた。
「何かありましたか」
「俺、この間アニメ見たんだよね。適当にテレビつけたらやっててさー」
「はい」
「なんか、中学サッカーのアニメなんだよね。でも魔法みたいにビューっとシュート決めたり、なんか動物のオーラ? みたいの出してたりしてすげー面白かった」
あぁ、あの雷マークの……。
「なるほど。部長はサッカーに興味がおありと。確かに、初めて出会った時も素晴らしい足さばきを見せてくださいましたね」
「あれはまぁ、近くにボールがあったから」
部長にサッカーの適性もあることは確認している。一応興味もあるようだし、
「ならサッカーで行きましょう」
「ほんと?」
「はい。サッカーといえば非常に人気の高いスポーツですし、我が校のサッカー部も運動部の花形です。第一歩としてはなかなかよろしいのではないでしょうか」
「じゃあそうしよっかな」
サッカー部。
自分で言ってから、何か頭に引っかかるものを感じる。
「……まぁ、部長がやる気になってくださったのですから……」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も」
忘れよう。思い出せないのなら大したことでもないだろう。
「サッカーはチーム競技です。サッカーを体験するのならサッカー部に協力を仰ぐのが1番確実でしょう」
「どうするの?」
「お任せください。明日の放課後までには準備を整えます」
「さっすがー」
「では、少々下調べがございますので本日ははここで失礼させていただきますます」
「え、一緒に帰らないの?」
「はい。失礼いたします」
サッカー部にアポを取り……理由はどうしよう。あ、そうだ、こういうのはどうだろう。なら新聞部にも話を通して……。
こうしちゃいられない。他の部の方が帰ってしまう前にお会いしなくちゃ。
第二会議室を出た私はその足で新聞部へ向かった。
✳︎
「と、言う訳でサッカー部部長様、サッカー部の皆様、本日はお世話になります」
「あぁ、よろしくな」
次の日の放課後、私と部長は揃ってサッカー部が練習をしている第一グラウンドへ向かった。
「どうやって協力させたの?」
「新入生を対象とした部活紹介がメインの新聞企画を新聞部に持ち込み、我が部に委託していただくという形を取りました」
「あぁ、また善意の当たり屋……」
「? おっしゃってる意味がよく分かりません。私はただ、過去の新聞部のバックナンバーの整理をお手伝いさせていただいただけですが」
新聞部は五代前から整理を始めたものの、部の設立からそれまでのバックナンバーがかなり雑な状態で保管されており、過去の記事を洗うのにも一苦労だったそうだ。私はただそれを発行順にファイリングし、加えてそれをスキャンしてデータ化しただけだ。
そもそも部活動を検討したい新入生に対して、痒いところに手が届く情報を提供したとなれば新聞部の宣伝にもなる。新聞部の方々には快くご協力いただくことができた。
「今回は部活新聞の為の参加型取材という名目でサッカー部にご協力いただいています」
「いい記事にしてくれよ!」
「はい、お任せください」
「令子に任せればそこは安心だけども」
本日はサッカー部の記事を書く為の、1日密着取材ということになっている。私がマネージャーとして、部長がプレイヤーとしてサッカー部の部活動に参加し、実際に体験した身から記事を書く……という建前だ。
「なんかね、アニメではシュートする時に後ろにオーラの巨人みたいの背負うんだよ。あれかっこよくない? やって見たいな」
「お試しになればよろしいかと」
「うん」
体操着の上からサッカー部に借りたゼッケンを身につけた部長はご機嫌だ。
「じゃあまず準備運動から!」
サッカー部部長が声を張る。
「令子、これ持ってて」
「はい。お預かりします」
部長からそう言って渡されたのは部長のジャージだった。汚したくないのか、今日は初めから着用しない方向らしい。
グラウンドに入る部長の背中を見送る。
「サッカー部部長さん、本日はうちの部長共々よろしくお願いいたします」
「あぁ、こっちこそよろしく! サッカー部部長さん、なんて長いから日笠で良いぞ」
「はい、日笠先輩」
「はは、先輩なんてなんだか照れくさいな」
サッカー部部長、青葉高校2年、日笠裕也(先輩)。
「準備運動・柔軟はしっかりしろよー! 2年は1年をよく見てやってくれ!」
金髪とも違う、眩しい黄色の髪、鮮やかな橙色の瞳。高校生男子にしても背が高く、体もよく引き締まっている。そしてイケメン。
そう、この日笠裕也は『青春スクール』の攻略対象だ。
「そうだった……! 何故忘れていたの私……っ!」
昨日の私をぶん殴りたい。
昨日サッカー部に打診しに行った時点でもちろん気がついたけども、もう部長に約束してしまった後だったんだもの。やる気になっている部長に水を差すわけにはいかないし、裏方としてのプライドにも関わる。
「最近部長に振り回されて忙しくて、ゲームのことを完全に失念していたわ……」
「ん? どうかしたか?」
「いえ何でも」
日笠先輩から視線をそらす。あまり顔を合わせたくないというか、隣に立っている時点でかなり手遅れなのだけど、極力接触を避けたい。
だってこの世界に、もしもゲームのストーリーの強制力みたいなものがあったら。
一応私のガワはヒロインの容姿なので、ヒーローと顔を合わせたせいで彼もしくは私がいきなり超恋愛脳に目覚めないとも限らない。
「何で目線を合わせないんだ?」
「えっ、いえ……日焼けが、怖いので、あまり上を向きたくないんです」
とっさに上手い言い訳がでなかった。
「あぁそっか、女子はそういう心配あるもんな。ほら、これ使えよ」
「わっ!?」
日笠先輩が投げてよこしたのはベンチに放ってあったタオルだった。頭から被せられる。日除けに使えということなのだろう。
しょうもない嘘をついた上に気を使っていただくなんて……申し訳ない気分だ。
「ありがたくお借りします。後日洗濯して返却しますので」
「はは、張間は真面目だなー」
そうだ、彼は『青春スクール』内でもそうだった。
おおらかで包容力のある先輩キャラ。サッカー部の部長として他の部員からも頼りにされており、主人公の相談にもたびたび乗ってくれる。問題が解決するまで根気強く付き合ってくれて、それでいて恩に着せることもない。
そしてちょっと天然というギャップもあり、画面の前のお姉さん方のハートを射止めていた。
私だって結構好きだった。好きだったけども……。
日笠先輩から目をそらそうとグラウンドを見る。丁度準備運動が終わったらしく、これから基礎練習を始めるらしい。
「この練習はどうなんですか? やはりある程度スポーツの素養がないと付いて行くのは難しいでしょうか」
「全くの初心者にはちょっと厳しいかもな。でも相談してくれればそいつ専用のメニューを組むこともできるし、俺ら二年でサポートするし、まぁやる気次第って感じかな」
「なるほど」
新聞も実際に書くので取材もする。
「あいつ凄いな」
副部長さんについてもらって基礎練習をしてる我らが部長を見て日笠先輩は驚きの声を上げた。
「あいつ本当に初心者か?」
「そう聞いています」
「じゃあ何か別のスポーツやってんのか?」
「何でもできる天才だそうです」
「あいつ、うちに欲しいな……」
確かに、部長は他の部員に比べても見劣りしないどころか、その動きの洗練された様子は周りを圧倒している。既にサッカー部に入部(もしかしたら体験入部?)している一年生も驚愕の表情だった。
「お、試合練始まるな」
部員で二チームに分かれて試合形式の練習を行うらしい。ゼッケンの色でチーム分けを行うようだ。部長は青チーム、もう片方は赤チーム。
部長を見ているとチームメンバーと談笑する様子もみられたので、思ったより馴染んでいるようだった。良かった。
「試合練はまだ一年には少し厳しいけど、先輩の技術を見る機会になるし、自分の足りないところもはっきり分かるからな。たまに全員でやってるんだ」
「なるほど」
日笠先輩が説明してくれた。
マネージャーの方のホイッスルの合図で試合が始まった。
青チームのキックオフ。危なげなくパスを繋ぎながら攻め込んでいく。FWのポジションらしい部長にパスが回った。
赤チームのDFがボールを奪おうと部長に仕掛ける。しかし部長はボールを守ったまま綺麗にDFを抜く。余裕だ。
「うまく避けたな」
その後も1人抜き、2人抜き、そして3人抜いて赤ゴールの前に躍り出る。
瞬間、シュートのために振りかぶる部長の背後に大鷲の幻想が見えた。
雄々しく翼を広げる空の王。部長が蹴りだしたボールは、まるで鷲が滑空するがごとく、吸い込まれるようにゴールを射抜く。
「あれはまさか、伝説の……!」
「知っていらっしゃるのですか、日笠先輩!」
「いや知らん、雰囲気で言っただけだ!」
「何なんですか!」
受けそこなったゴールキーパーが地面にのびている。
「令子ー! どうだったっ?」
声を張るのは苦手なので両手で大きく丸を描くと、部長は満足そうにうなずいていた。
周りの部員も驚き半分、興奮半分、といった様子で部長に話しかける。出だしとしては悪くない。
「悪くなかったのだけど……」
良かったのはそこまでだった。
部長は凄い。才能の塊だ。それはもうここにいる誰もが思い知ったことだろう。
1人で敵チームをことごとく抜き去り、やりたい放題にシュートを決め、どんどん得点を重ねる。今、両チームの点数は23-0。
どっちがどっちかはもはや言うまでもないだろう。
敵である赤チームは何度挑んでも越えられない壁に戦意喪失し、味方でさえ自分たちを置いてけぼりに進む試合に不満を募らせる。青チームのDFはあまりにも出番がないので雑談まで始めていた。
無理もない。
「えーっと、これは……」
「申し訳ありません……」
日笠先輩でさえ言葉を失っている。
私が言うのもなんだが部長にボールを回さなければいいのだが、敵からどんどん奪ってくる上に、ポジション取りがうまいのでどうしても回ってしまうのだ。
そんな最悪の雰囲気の中で前半戦は終了した。