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第1話 乙女ゲームの中ですら


「全エンド回収!」


 会社の同僚に勧められて一週間ほど前にやり始めた乙女ゲームを前にして、年甲斐もなく歓声を上げる。

 これで、これでやっと全ヒーロー6人の全エンドをコンプリートだ。お疲れ様主人公。大変だったでしょう。


 このゲームは主人公にステータス要素があり、そのステータスによってエンドが変化する。

 ステ上げ頑張った私。偉い。此度もまた主人公様のハッピーエンドに貢献してしまった。

 主人公の恋愛を裏からサポートする裏方としてゲームを楽しむ私はこういうステータス系のシステムが大好きだ。ステータスを上げているときに、というか主人公に貢献しているときに一番充実感を感じる。要は根っからの裏方気質ということなんでしょう。

 恋愛だって見る分にはこうして楽しめるけど、現実に男性と一対一なんて状況になったら逃げだす自信がある。


「ふわぁ……」


 ゲームに熱中していて気付かなかったけど、時計を見るともうド深夜だった。どうせ明日も休みだけど、もうまぶたが限界……セーブ、セーブをしなくちゃ……





「はっ!?」


 気づけば桜舞い散る校門前にいた。

 門前には「青葉(あおば)高校入学式」の文字。足元を見下ろすとさっきまで来ていた部屋着はなく、のりのきいた新品の制服を身に着けている。


「な、なんですこれは」


 カバンからスマホを取り出して画面に自分の顔を映してみる。そこにはまぎれもなく乙女ゲーム『青春スクール』の主人公の顔があった。


「これはつまり、乙女ゲーム転生的な……」


 夢か誠かはこの際どうでもいい。ファンタジーに入ってはファンタジーに従え。ここでうだうだとリアリティがどうのと言い出すのはナンセンスだ。


 今がゲーム冒頭の入学式のシーンだとするなら、メインヒーローの芥山達彦(からしやまたつひこ)とイベントを起こしてから入学式へ向かうのが正解なはず。さっそく芥山を探して……


「待ってください? イベント? 私が?」


 恋愛免疫ゼロのこの私が? 主人公を画面の向こうから見守るわけではなく、主人公そのものになって?


「無理に決まってるじゃないですか」


 結論はすぐに出た。無理だ。私に主人公は無理。


 私はどうも態度が固いというか、とっつきにくいとよく言われる。

 過去に少し良い感じになった男性からも「会話が業務連絡みたい」とお付き合いする前に振られた経験がある。そんな私がフラグを立てて男性と眩しい青春を送るなんて無理に決まってるじゃないですか。


「なんて悲しい乙女ゲーム転生……始める前から終わってる……」


 ため息をつく。

 そしてふと顔を上げると、まさに攻略対象その人、イベントの相手でもある芥山達彦が友人と一緒にこっちへ向かってくるのが見えた。


 まずい。このままだとイベントが始まってしまう。目を合わせないようにさっと彼に背を向け、そそくさと校門をくぐり、木の陰に身を隠しながら人気のないところを目指す。

 とりあえず戦略的撤退だ。


 というわけで校舎裏までやって来たけれど、ここからどうしよう。

 そもそもここはどういう世界なのだろう。イベントを起こさずに展開を進めることは可能なのだろうか。それともここで回避してもいつかはつじつまが合わせられてしまうようなどうしようもない世界なのだろうか。


「ねぇ、俺のカバン踏んでんだけど」

「わぁっ!」


 人がいるとは思わなかった。どうやら先客がいたらしい。

 足元を見る。私の靴に踏まれて砂で汚れた学生カバンがあった。慌ててしゃがみこんでカバンから砂を払う。


「申し訳ありません、周囲の観察がおろそかになっておりました。ある程度汚れは落ちたかと思いますが、クリーニング代をお支払いしますか?」

「いいよ。金なんか貰っても仕方ないし」


 退屈そうにそう言う男子生徒は、地面にべったりと座り込んでいる。タイの色からして同級生、つまり同じ新入生だ。今入学したばかりの学校で校舎裏にやって来て地べたに座り込んで退屈する理由など、私には思い浮かばなかった。


 というか、白髪。目の前の男子生徒は白髪だった。髪の色が奇抜なので攻略対象かと思ったけれど、私は彼のルートを見た覚えがない。そしてはたと気づく。


 この方、ラスボスだ。

 ゲーム後半で主人公たちの前に立ちふさがる最後にして最大の障害、それがラスボス。確か名前は白木鷲人(しらきわしひと)と言ったはず。

 ラスボスとして登場する時はもっと派手な出で立ちだったので一目では分からなかった。


「あの、こんな所で何をされているんです? もうすぐ入学式が始まりますが」

「それはあんたも一緒でしょ」

「仰る通りですね……」


 ラスボスさん、白木さんがあまりにも浮かない顔をしているので、つい声をかけてしまう。もうあまり入学式まで時間がないから、こんなことをしている余裕はないのに。


「顔色が優れませんが、何かお困りごとでも?」

「あんたに関係ある?」

「ありませんが、気になったもので」

「…………」


 もちろんゲームしょっぱなでラスボスとのイベントなんかないけれど、あまり関わらない方がいいのだろうか。今の私のスタンス(恋愛ルートを避けたい)的に。

 彼も私との会話は不愉快なようだし、もう一人で入学式へ向かおうか。


 そう思って立ち去ろうとすると、何故か今度は白木さんは口を開いた。


「俺、天才なんだよね」


 はい?


「今心の中で『はい?』って思ったでしょ」

「エスパーですか?」

「顔に書いてある」


 白木さんはおもむろに立ち上がり、その辺に打ち捨てられていたぼろぼろのサッカーボールを手に取った。


「ほら、見てて」


 そう言って、空気の抜けたボールをうまく足で操って見せる。しばらくリフティングをしたかと思えば、次はヘディング。足の間をくぐらせたり、頭の上を超えさせてみたり。まるでサッカー選手のような技術力だ。


「サッカー、お上手なんですね」

「まぁね。やったの今が初めてだけど」

「なるほど初めてですか……は、初めて? え?」

「前にテレビで見たから、それを思い出してやってみたの。こんな風にさぁ、俺って生まれつき天才だから一度見たらなんでも完璧にできちゃうんだよね」

「それは、素晴らしい才能をお持ちですね」

「ほんとにそう思う?」


 違うのだろうか。

 白木さんがサッカーボールを放り投げて再び地面に座る。人一人分の距離を開けて、私も隣に座らせてもらうことにした。


「最初から完璧だからやる意味ないし、なんにも頑張る必要ないし、というかつまんないし、俺的には最悪だよ。生まれて時からずっとそう」

「持つもの故の苦悩という奴ですか?」

「さぁ。あんたらみたいに持たない人間から見たらそうかもね」

「嫌味な言い方をしますね」

「嫌味くらい言ったっていいじゃん。あんたらの方がよっぽど楽しい日々を送ってるくせに、あんたらは俺を羨むんだもん。たまに全部ぶち壊してやりたくなるよ」

「私は持たない人間なので、大変ですねという月並みな感想しか申し上げられません」


 確かに、ラスボスはなんでもできる完璧超人というキャラクターだった。そのせいで性格が歪んでしまっていたのだけど、入学当初からそれはもう始まっていたらしい。大分根が深い。


「満足した?」

「は?」

「あんたが聞いてきたんじゃん。気になったんでしょ、俺のこと」

「……あぁ、そう言いましたね。親切にお教えいただいてありがとうございます」

「馬鹿にしてんの?」

「えっ、何故です」


 真面目にお礼を言ったのに、馬鹿にしていると取られるのは心外だ。


「あんたも入学式の日にこんなところにいるくらいだから、なんかあるんでしょ? 退屈しのぎに聞いてあげるから話しなよ」

「私の悩みなんて、貴方に比べればなんでもありませんよ」


 事実悩みというほどでもない。


「それより、貴方は素晴らしい才能をお持ちのようですから、実力にあった環境に身を置けばよいのでは? そうすればその退屈さも解消されるかと思うのですが」

「例えばどこ?」

「えっと、海外の大学、とか? 浅学ながら、海外には飛び級制度などもあると聞きますが」

「前、俺の天才過ぎる脳みそを調べるために海外まで行ったけど、そこもつまんなかった。その時大学も見た。行く価値を感じなかった」

「では、なにか一つの分野を極めてみるというのはいかがです? まだ未解明の分野ならその頭脳を存分に生かせるのでは?」

「俺勉強とか興味ないもん。興味ないことをやってたって退屈なのは変わんないよ」


 そう言ってため息をつく。

 あれも駄目これも駄目と、駄々をこねるかのような物言いは流石に愉快ではない。彼とのコミュニケーションはどうしたものかと考えていた時、白木さんの寂し気な横顔に気が付いた。


 彼の目はじっと校舎裏の影の外、人の賑わうところを見ている。わいわいと楽し気にはしゃぐ新入生たちの姿がそこにある。


「……なるほど」


 大学すらつまらないと切り捨てる白木さんが高校に入学してきた理由が分かった。


「つまり貴方は憧れているのですね? 幻の『高校生活』というものに」

「はっ!?」

「朝は遅刻ギリギリで門をくぐり、クラスメイトに笑われながら教室に入り、授業は当てられてもたまに答えを間違え、昼食は屋上で友人と並んで取り、午後の授業は眠気に負け、放課後には仲間と共に部活動に全力を費やすというような、充実した『高校生活』を夢見ているのではないですか?」

「そ、そんなのフィクションでしょ。子供じゃあるまいし……」

「子供でなくとも夢は見ますが」


 白木さんは黙り込んだ。


「……別に、そこまで贅沢言わないよ。ただ、普通の奴らがするみたいに俺も高校に行ってみれば、楽しいことがあるかなって……思っただけ」


 そんな切実な思いを吐露されてしまっては、はいそうですかと立ち去るのも難しい。かと言って私にできることなんて……あ。


「あの、部活動に入る予定はおありですか?」

「今んところないけど」

「なるほど、では私と新しい部活を立ち上げませんか?」

「……は?」


 この乙女ゲーム『青春スクール』の重要要素はずばり部活動。部活動に青春を費やすさわやか男子が売りなのだ。けれどラスボスは部活動には属さず、生徒会長をやっている。

 生徒会が悪いとは言わないが、それはおそらく成績の優秀さから選ばれたもので、彼本人の希望ではなかったはずだ。少なくとも今の話を聞くとそう思う。

 つまり、彼は結局「楽しいこと」を見つけられなかったのだ。


 そんなのは悲しすぎる。

 だってここは『青春スクール』なのに。


「貴方が心から熱中できる『楽しいこと』を探す活動をしましょう。名付けて『自分探し部』!」

「ダッサ……」

「貴方に必要なのは青春です! 高校3年間を『楽しいこと』を探す旅に使ってみませんか?」

「そんなのないって」

「目標は困難であればあるほど良いのです。すぐ見つかってしまったらそれでおしまいですから。ほら、何でもできる貴方にとっても難しいことでしょう? 挑戦する価値はあると思いませんか?」

「まぁ、そうかもしんないけど」

「私、全力でサポートしますよ!」


 白木さんは困った顔をしていたけれど、そこで初めて笑顔を見せた。


「……そこまでいうならやってもいいけどさぁ」

「本当ですか!」

「どうせ退屈してるしね。ていうかなんであんたがそんなに乗り気なの……」

「私、人のステータス上げが趣味なんです」

「なにそれ?」


 その時、学校全体にチャイムが鳴り響いた。


「……まさかこれって」

「入学式の開始のチャイムじゃない?」

「ち、遅刻ですよ!」

「俺、新入生代表で喋ることになってんだよねー。入試で一位だったから」

「まずいじゃないですか! 走ってください!」


 私たちは入学式の会場である体育館へと急いだ。



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