第1章6節:青い目玉、赤い目玉
「目玉……。」
「そう。君の目玉を僕の目玉にしちゃいたいなぁって。この赤い目にも飽き飽きしてるんだよねぇ。」
そういうことか……誕生の祝福がシーア様にどんな効果を与えるのかは知らないけれど、その効果がほしいうえに、何だか私の目の色が気に入ったから呼び寄せた。
相手は精霊王で、下手な抵抗すれば八つ裂きにされる可能性は高いだろう。
というか、私の数年学んだ武術程度でどうにかできる相手ではない。
「私がここで断るとどうなりますか?」
「そうだねぇ……目玉をあげたいですって自分から叫んじゃうくらいのおもてなしをしてあげようかな。」
シーア様がそう言うと、近くにあった花瓶が派手に音をたてて割れた。
それを横目に見ながら、動揺を何とか抑え込む。
つまりは……ここで断れば拷問のようなことをされる可能性が高い。
ただ、ここにくるまででいつでも私の隙をついて目玉を奪うことはできたはず。
それをしなかったということは、私側からの“目玉をあげる”という同意が必要なのかもしれない。
唾を飲みこみ、赤い瞳を見つめ返した。
「失礼ながら、条件を出してもよろしいでしょうか。」
「ふふふ……条件?どんな条件かい?」
「二つございます。一つは、私の目玉とシーア様の目玉を交換して、私の目が見えるように対処してほしいです。私、ただでさえ、この魔力のない体のせいで他の人間よりも苦労しなければ生きていけません。それに加えて目が見えないとなれば、今目指している目標が潰えます。」
私の目玉を自身のものにするとさっきシーア様は仰っていた。
シーア様の今ある目玉は不要になるのだろう。
それに、目玉を他人から取り出し、自分のものにするということは、視力を奪わずに付け替えることができるということだ。
それを私にもしてほしかった。
今の状況で目が見えなくなるのは致命的なため、どうしても視力がなくなることを避けたかった。
「ふぅん……それで、もう一つは?」
「目の交換が終われば、私の体から他に何も求めず、家族の元に帰してください。」
目の交換が終わった後に、それですんなり帰してくれない可能性だってある。
目の他にも何かを求めてくることを考えておく必要がある。
「この条件で手を打ってくれなければ、私は自害します。」
そう言って、私は胸元から隠し持っていたナイフを取り出す。
護衛用にいつも胸元に忍ばせているナイフだ。
シーア様を倒すことはできないかもしれないが、自分自身であればできるだろう。
私は生きていたいが、拷問されて苦しみながら生きていくのはごめんだ。
持っているナイフを首元にあて、シーア様の目を見つめる。
シーア様は笑みを顔に張り付けたまま、顎に手を当てていた。
本当は何を考えているのかが一切分からない。恐ろしい方だ。
どれくらいの時が過ぎたかわからないが……結構経ったように思う。
急にふっと顔を緩めて、吹き出すようにシーア様が笑った。
「君、なんて顔してるの……自分を殺せないのバッレバレだから。」
お腹をかかえて、大笑いされていた。拍子抜けしそうだが、油断を誘っている可能性がある。
変わらず表情を緩めず、決死の思いで喉元にナイフを強くあてる。
喉元から温かい血が少し流れるのを感じた。それを見て、シーア様が少し慌てる。
「わ、わかったから、条件を飲むから、いい加減そのナイフをしまってほしい。ほんと、フォーカルド家は頑固な者が多いなぁ!」
シーア様は、どのように仕舞っていたのかは謎だが、手のひらから一枚の紙きれを出した。
指で紙の上をさらさらとなぞっているのが分かる。
「はい、これ契約書。僕の希望と君の条件が書かれている。約束を破れば死に至る契約書さ。君がサインすれば、この僕でも約束を破ることができないよ。指で君の名前をサインすればいいだけだから。」
私の手元にひらひらと契約書が飛んできて、渡される。
目を通すとシーア様の先ほどの希望と、私の条件が記されており、たしかに内容に問題はなかった。
目が欲しいと一方的に言われ、半ば強引な感じではあったが、こっちの条件を飲んでくれるようだし、目の色は多少変わるけれども迂闊に二人きりの部屋に入ってしまった自分が悪いのだ。
私の名前をサインすると、契約書はシーア様の元に戻っていき、手のひらの中に収まるようにして消えた。
シーア様は息を吐きながら、乱暴にソファーの前にあったテーブルに足を投げ出した。
「ほら、おいで。目玉が欲しいのは事実だけど、君がそうやって傷ついているのを見るのは好きじゃないから。」
ふわっと私の体が浮き、シーア様の隣に座らされる。同時にシーア様が片手で容易く私のナイフを払い、首筋に手を当てた。
それを見て、シーア様は、やろうと思えば、私からナイフを奪って無理やり組み伏せることができたのかもしれないと思う。
それをしなかった……ということは、ある程度私の意思を尊重したかったのか。
じんわりと温かい力を感じ、鋭い痛みが徐々に引いていくのがわかる。
「フォーカルド家は、基本好きなんだよ……。人にしては、素直というか、馬鹿真面目な奴が多い家系だし。危害を与えるつもりは端から考えてないよ。ただ、君の目にはかなり興味あるから……つい、ね。」
治癒を終えた手が私の目にそっと触れる。
「しっかし、君は五才児には見えないねぇ。面白い子だよ……魔力がないのが惜しいくらい。」
そう言ってシーア様は、私の目に口づけた。顔が一気に赤くなり、心臓があやしい音をたてる。
すぐにこんなスキンシップを取るのだから、もたない。
沸騰しそうなくらい恥ずかしくなってシーア様から目をそらした。
「反応もなかなか可愛いね。本当に家族の元に帰りたいの?」
「帰りたいです。」
「ざーんねん。」
目を細めて、少し寂しそうに笑ったシーア様が私の頭を撫でた。
「僕の目を得るとなると見えるものがあるんだ。怖がらせちゃったお詫びに魔統文字の説明をしてあげる。魔力がない君には必要な知識だと思うよ。」
「魔統文字……」
聞いたことがないものだった。
これもまた人間には本来わからない知識の類なのだろう。
「そう。魔力を扱うための文字さ。ちょっと話が長くなるから楽な姿勢にしてね。」