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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章24節:テリューア教皇

世界史部の図書室には、各国の要人の生い立ちなどを記している《要伝書》と呼ばれる書物があるのだと世界史部で魔族語を読み解いていた時に耳にした。

テリューア教皇がどう生きてきたのかを追えば、少しは何らかの情報を得られるのではないだろうか。

何も知らない状況を脱するために、まずはテリューア教皇の要伝書を読みたいと思った。

ただ、要人に関する情報はそう簡単に誰でも見れるものではない。

要人を危険に晒す可能性があるため、そういった情報はごく限られた権限を持つ者のみしか見ることができないようになっている。


だから、私は手を打つことにした。

イルドレッドに私の父親に伝えてほしいことを記した手紙を飛ばした。

傍から見たら新たに開発する魔道具の内部に残す魔統文字を指示する内容に見えるが、その魔統文字にイルドレッドへのメッセージを紛れさせた。

私が知る限り、魔統文字は限られた人間にしか読めない。

私達が開発した魔道具は、漏れなく内部に魔統文字が刻まれているが、本当に内容を理解しているのは私とイルドレッドくらいだろう。

研究所内で何度か書き出した魔統文字を人に見せる機会があったが、本当に理解していると思う人間はいなかった。

研究所内に住まう人間が外の人間に手紙を送る際は、必ず騎士団に所属する人間が研究所内の情報を漏らしていないか一通一通確認している。

その人間に魔統文字でのメッセージが読み解かれないと判断した上での行動だったが、問題なく私の送った手紙はイルドレッドに届いた。

イルドレッドは手紙で私が記したメッセージを父親に伝えてくれた。

テリューア教皇の要伝書を読む許可をフォーカルド家に与えるようゲーヴァナント所長に依頼すること――それが私の父親へのお願いだった。

今回テリューア教皇が王都に来るにあたってフォーカルド家はテリューア教皇を王都にお連れする際の護衛の役割を与えられていた。

テリューア教皇が治めている土地、イフォガードはフォーカルド領に隣接している。

元騎士団に所属していたフォーカルド家の当主が付き添っての護衛ならば、テリューア教皇も安心だろうと王家の命が出たのだ。

テリューア教皇をお守りする際に、危険人物を排除するために関りのある人間を予め知る必要がある、だから要伝書を読む許可が欲しい――そうフォーカルド家の当主から依頼が来れば研究所側もそう簡単に断れないだろう。

案の定、フォーカルド家は要伝書をテリューア教皇が王都を去るまで閲覧できる許可を与えられた。


「兄上様、私のために王都に足を運んでいただくことになり、申し訳ございません。」


周りの人間にばれないよう、そっと隣にいる兄のウィルカスに耳を寄せた。


「いいんだよ、アーリア。私はまた君に会えて嬉しいんだ。それに、要伝書が命を果たすために必要なのは事実だからね。」


本当に何でもないといったように兄が柔らかく笑った。

当主である父親がそう簡単に領地を離れるわけにもいかず、次期当主である兄がフォーカルド領から来てくれた。

久しぶりに会った兄はどこも変わっておらず、優しく穏やかだった。

家を思い出し、胸の奥から喜びがじわじわと溢れてくるのが分かる。

私はやはり、家を離れて寂しかったみたいで。

今まで家のことをあまり深く考えないようにしていた反動か、決壊したかのように寂しさと嬉しさが込みあげてくる。


リツさんが薬を投与する時間を狙って、フォーカルド領からわざわざやってきた兄と共に図書室に向かっていた。

リツさんの傍でテリューア教皇の要伝書を読めば、私が何かをしようとしているのが彼に勘づかれてしまうだろう。

シーア様が今は隠れて護衛についてくださっているけれども――「僕は何もリツに言うつもりはないよ」、と兄と会う前に漏らしていた。

私の気持ちを汲んでくださったのか、別の意図があるのか分からないけれども、今はシーア様がリツさんに何も言わないでいてくれるのは私としては非常に有難かった。


「お待ちしておりました、ウィルカス様。私、この国立王都研究所所長補佐であるイースタンと申します。お出迎えができず、この場での挨拶となり申し訳ございません。」


要伝書が保存されている図書室の前で、ゲーヴァナント所長の補佐、イースタン氏が護衛の騎士と共に立っていた。

銀縁の眼鏡越しに目が合い、切れ長の目がさらに細められた気がした。

今回の兄の訪問はゲーヴァナント所長には伝わっているが、生憎彼女は学会のため王都にいない。

ソウマさんは、テリューア教皇の視察の指揮を任されており、王城に呼び出されているため不在。

よって今回は補佐であるイースタン氏が兄を迎えてくれることになっていた。


イースタン氏は、リツさんの薬投与の際に何度か見かけたことがある。

表情の変化があまりない人であるため、彼の性格はあまり把握していないけれども、ゲーヴァナント所長が以前、彼の仕事の速さが素晴らしいと褒めていたことを思い出す。

速く、かつ無駄がなく、まるで芸術のようだ――冗談が通じない奴なのが玉に瑕だがね、と仰っていた気がする。


兄は足を折り、感謝の意を表す礼をしてから、イースタン氏に体を向ける。


「いえ、私どもとしても警備上の問題からも目立たずに動きたかったものですから、配慮いただけて有難く思っております。」


「そう仰っていただけて安心いたしました。すでにご存知かと思いますが、要伝書はその重要性からも生憎持ち出しは禁止されておりますので、要伝書を管理している部屋内だけの閲覧をお願いいたします。要伝書の内容を記録するような行為は一切禁止しておりますので、ご理解をお願いいたします。」


「分かりました。ご安心ください。さぁ、アーリア。入ろうか。」


兄は私の手を取り、図書室内にエスコートしてくれる。

足を踏み入れると湿気を含んだインクの臭いがむわっと鼻の奥に広がっていく。

人間二人分は裕に超える高さの本棚が規則正しい間隔で並んでおり、各本棚に隙間なく本が並べられている。

転生してからはこんなに本が並ぶ光景を見るのは初めてではないだろうか。本の量に圧倒されてしまう。

本棚の間の通路に目を向けるも、行き止まりの壁が見えないほど奥行きもあるようだった。

さすがは国立王都研究所の図書室といったところか。


「要伝書を管理している部屋まで案内いたします。」


イースタン氏に声を掛けられ我に戻る。そうだ、目的はテリューア教皇の要伝書だ。

圧倒されていた私に気づいたのか、兄が面白そうに笑っていた。


「相変わらず私のアーリアは可愛いね。このまま家に一緒に帰りたいくらいだ。」


腰に当てられた兄の手に力が入るのが伝わる。

笑いながらも寂しそうに目尻を下げる兄に胸の奥が苦しくなった。

私だって一緒に帰りたい…あの緑豊かなフォーカルド領がふいに恋しくなる時がある。

私の年頃の娘は嫁いで家を出ていてもおかしくない。

家をこの歳で出ているのは珍しくもないことだから、いつまでも寂しいと思うのは幼いかもしれないけれども…叶うのならフォーカルド領で家族とずっと暮らしていたいと思うほどに家族を愛している。

前世では味わうことができなかった温かい愛を一身に受けられる場所で、いつまでも平和に穏やかに過ごして生きていたかったけれど…無印で生まれた以上、それは叶わぬ夢だ。


「こちらの部屋に要伝書が管理されています。重要な書物を取り扱っている関係上、騎士を2名置きますが、この点はご理解いただきたく存じます。」


「理解しました。」


辿り着いた場所は、図書室内の奥に位置する部屋だった。

部屋の戸の周りに部屋を封ずる風の魔法の魔統文字が浮いている。

結構複雑な構成で魔統文字が組まれていることからも、そう簡単に破れなさそうな気がする。

雰囲気からも何となくソウマさんがかけた魔法のような気がした。

イースタン氏が腕を振るったことで、魔統文字が崩れ、魔法が解かれる。


「お入りください。」


案内された部屋は白で統一されていた。

腰掛けもテーブルも、本棚もすべて白く、前世の病院を思い出させた。

本棚に並べられていた本の背表紙も白く、金の文字が刻まれている。

要伝書を保護する風の魔法の魔統文字が部屋を飛び回っている。

イースタン氏が、指を振り、一部魔法を解除したところから本を一つ手に取り、兄に渡した。


「こちらがテリューア教皇の要伝書となります。取り扱いには十分気を遣ってください。テリューア教皇以外の要伝書に触れるのは禁じていますので、ご留意ください。私はこれで失礼いたしますが、何かございましたら騎士にお申し付けください。」


「そうします。イースタン氏、お忙しい中ここまでご案内いただき礼を申し上げます。」


兄が礼をすると、イースタン氏がそれに応じるように礼をし、部屋を去っていった。

彼の言った通り、騎士が2人戸口に立ち、私達を遠慮なく突き刺すような視線で見てくる。

居心地は悪いけれども、私達が触れている物の重要性を考えれば当然だろう。


「さぁてと、時間も限られていることだし、すぐにでも取り掛かるかな。」


部屋に用意された腰掛に優雅に座り、兄が私に手招きする。

すぐに兄の隣に座り、広げられた要伝書を覗き見た。

テリューア教皇の護衛にあたる兄よりも研究所にいる私の方が熱心に読み込むのも騎士から見ると違和感しかない。

そのため、あくまで兄が読んでいる傍らで覗き見ると言うスタイルでいく。

閲覧時間も限らているため、私はすぐに要伝書に目を走らせた。


テリューアは、シルビアータという小さな村にある農家の三男として生を受けた。

一般的な農家の子らしく、3歳の頃から家の手伝いを始め、学校には特に通うことはなかった。

それが、9歳になった年に人生が変わる出来事が起こる。

ライガーの群れが村を襲い、テリューアを除く村人全員が殺される。

騎士団が辿り着き、テリューアを保護した際、彼は家の金庫に隠れていた。

その金庫を守るように家族の死体が傍らにあることからも、一番幼いテリューアを守るために家族が意図的に彼を金庫の中に入れたことが見受けられた。

孤児になったテリューアは、アナタリナ教が経営する孤児院に引き取られ、その時にアナタリナ教の教えに感銘を受ける。

入信し、日々修道に勤しみ、慈善行為のために各地を点々としていた生活を数年過ごした頃、メグラント王国を干ばつと病が襲った。

後に「悪魔の鎌」と語り継がれているこの状況は、何十万人もの死者を出す。

その中でテリューアは各地を巡り、教えを説き、希望を失わないよう人々にアナタリナ教の教えを語り続けた。

また、支援物資をどこの地域であっても恐れずに届け、国中を駆け巡る姿は、まさしく神の使いのようだと語り継がれ、支持を集める。

さらには、テリューアは、アナタリナ教から得た知識で病に詳しかったことから、病の治癒法を見つけることに成功した。

病の猛威がなくなり、大地が実りを取り戻し、「悪魔の鎌」と呼ばれる状況が終息した頃には、テリューアは英雄のように称えられていた。

人々からの支持とその功績からも前教皇に認められ、教皇の座についた。

しかしながら、彼は人々が神ではなく、自分を称える状況であったことを危惧し、神に目を向けてもらうためにも拠点としていたイフォガードに住み、活動を徐々に抑え、今に至る。



完璧な聖人君主の一生の一部だと思ったが、少しだけ私は違和感があった。


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