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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章21節:交わる想い

「んー…むむ。」


魔統文字を頭で思い浮かべながら体の奥から熱を引き寄せるも、外に放出しようとすると熱が冷めたように引いていく。

イメージしている魔統文字の配置が悪いのかもしれないけれども……。

頭を悩ませながら紙に別の組み合わせを書き出していく。


マイスト遺跡で見つけた闇の魔法の魔統文字をなんとか活用させたくて色々文字を組み合わせるのだけれどもうまくいかない。

遺跡に記されてた通りに魔統文字を配置しても、体の外に魔法を放出しようとしたタイミングで消え失せてしまう。

一体何が不足しているのか見当がつかず、魔法の発動に私は苦しんでいた。

他の属性魔法とは違う方法で魔法を発動しないといけないのだろうか。


「アーリア、苦しんでるねぇ。」


私の作業を見守りながら楽しそうにシーア様が笑っていた。

リツさんは湯を浴びに行っており、今はシーア様が私の護衛についている。

シーア様は私の傍の腰掛けに座り、書き出した魔統文字を目で追っていた。


「魔統文字の並びは間違ってはいないと思うのですが、どうも発動させることに漕ぎつけないのです。闇の魔法はもしかしたら魔統文字の配置だけでどうにかなるようなものではないのかもしれません。」


「へぇーそう思うかい?」


シーア様が私の答えを聞いて満足そうに目を細めた。

その表情からシーア様が何か答えを知っているかのような印象を受ける。

いや…きっと知っているのかもしれない。

生きているのか、エグレイド―――シーア様は遺跡でそう呟いていた。

あの時は遺跡を抜けることでいっぱいいっぱいだったけれども、思い返してみれば若干シーア様の表情が暗かった気がするのだ。

それに、闇の精霊王が生きていれば闇の魔法は使える、死んでしまえば使えない。

遺跡では発動していたわけだから生きているはずだけれども…そこを深く調べなければ闇の魔法は使えないのだろうか。

シーア様に聞けば何らかの答えは得られるかもしれないけど、今の私はその情報の対価としてシーア様に渡せるものはない。

その状態であれこれ聞くのはさすがにシーア様に失礼だ。何でも与えてくださるだなんて考えのもとで疑問をぶつけるような図々しいことはできない。

これは自分で突き止めなくては。


「あ、そういえば今日はアーリアは誰かと面会する用があったんじゃない?」


「えぇ。イルドレッド氏という私が幼い頃から力を貸していただいている方と会う予定なのです。一緒に仕事をしているのでその話のために会う予定です。久しぶりなので楽しみです。」


「へぇ…あんまり見たことがない顔で笑うんだねぇ。」


シーア様が手を伸ばし、そっと私の頬に触れた。

冷たい手がひんやりと気持ちよかった。

私はそんなに見せたことがない顔で笑っていたのだろうか。

でも、イルドレッドに会えるかと思うと、心が躍るのは確かだ。

もう一人の兄のような存在で、一緒にいると安心する。

ただ、何だか彼の様子がよく分からない状態のまま会わずにフォーカルド領を離れてしまったことが気がかりで…。

今日は彼の様子が少しでも分かればいいのだけれども。

不安に思う気持ちを押し込めながら、イルドレッドとの面会に向けて闇の魔統文字を書き出した紙を片づけ始める。

ふと扉をたたく音がし、どうぞと声をかければ案の定リツさんが部屋に入ってくる。


「離れていてすまない。」


少し濡れた烏の羽のような髪に、上気した頬。

体の線が分かるような黒いタイトの服を着ているせいで腕や胸が筋肉で厚く、鍛え上げられていることが一目で分かる。

湯を浴びた後ということもあるせいか、いつもより一層色気が増しているような気がする。


「そんな謝ることでは…。」


リツさんの姿をじろじろと見てしまったことを恥じ、思わず目を逸らす。

リツさんは何ともない顔をしているのに、私ったら何をそんなに意識しているのだろうか。


「今日は面会の予定があったな。信用のできる人間か?」


「うん。幼い頃から一緒に過ごしてきた人だし、いつも私の力になってくれた人だから信用しているよ。」


「そうか…。」


布を手に取り、髪を拭きながらリツさんは何かを考えるように遠くを見ていた。

何か心配なことでもあるんだろうか…憂いのあるような顔を見ると、ふと髪を拭いている手の甲に、黒い何かがちろちろと動いているのを見つけた。

手の甲で黒い何かが広がったかと思うと、私が見ていることに気が付いたのか、慌てるようにすぐに服の袖に引っ込むように消えてしまった。

あれは…なに。


「リツ、印が動いてる。」


私の疑問に答えるかのように横からシーア様が愉快そうな声で言う。

印が動いている…?あの服の端から出てきていたものは印だったということだろうか。

リツさんはこちらに目を向けるだけで「あぁ。」と呟いただけだった。


「リツはねぇ、魔力が生成され過ぎるからその影響でたまに印が大きくなってあんな風に体のあちこちに印が広がって動き回るんだよ。」


「そうなんですね。それって大丈夫…なんでしょうか。」


「んー…、魔力が少し暴走している状態に近いから大丈夫とは言えないかな。時間じゃないけどそろそろ薬を打った方がいいかな。」


「え!?」


魔力が少し暴走しているってかなり大変な状態なんじゃないだろうか。

この間リツさんから聞いた狂化(きょうか)の話が頭を過る。


「シーア、アーリアを怖がらせるな。何てことはない。薬を打てば元に戻る。」


呆れた目でシーア様を見ながら、リツさんが私の頭に手を伸ばし、優しく撫でてくれた。

手が離れる時に再び服の袖から黒い印が触手を伸ばすようにリツさんの肌の上で伸び縮みしていた。


「アーリアの面会前に薬を打ってくる。シーア、それまで護衛を頼む。」


「はいはい。でも…珍しいね。何かあった?それとも、これから何かある?」


「何もないから気にするな。」


リツさんが少し怒ったように眉をしかめ、シーア様を睨む。

どんな話をしているのかは詳しくは分からないけれども、少しだけ空気が張り詰めていた。

その間もリツさんの手の甲に印がちろちろと動き回る。だんだんと印の動きが顕著になっている気がする。

苛立っているようなリツさんを見ると、もしかして印の動きは感情に左右されているのかもしれない。


「リツさん、大丈夫なのかもしれないけれど、心配、だから、その。」


リツさんの手をとると、驚いたように微かに手が震えた。でも、払うことなくそのままでいてくれる。

リツさんの印が私の触れた手が興味深いのか近づいたり離れたりしている。

まるで生き物が肌の中に住んでいるかのよう。

じっと見つめていると、再び頭を撫でられた。


「分かった。すぐに行ってくるから。」


顔を上げると困ったように眉を垂らし、リツさんが笑っていた。

その顔から苛立ちは消えていた。



「…ということで、中継器の増設はフォーカルド領全域は問題なく終わった。後はエクスティアと王都への試作の中継器の工事が終われば一先ず第一段階は突破だ。王都側としては結果を見ない限りは王都での増設は認められないからフォーカルド領での結果次第だな。」


「そうだね。問題なく工事が終わったのなら安心だよ。ありがとう。」


「いい。超過した分の費用はイグスレー商会に請求済みだからこれは安心してくれ。」


新たな魔道具である¨電話¨についての話をするため、研究所の面会室までイルドレッドが会いに来てくれた。

白を基調とした人が数十人は入れそうな広い部屋で、私とイルドレッドは机を挟んで話をしていた。

そこに私の護衛役であるリツさんが数歩離れたところに立ち、研究所内の情報が外部に漏れないか監視する騎士が傍に控えているが、それ以外に人はおらず、じっくりと話を進めることができる環境であった。


¨電話¨は、人の声を載せた風の魔法を音速で飛ばし、離れた場所にいても話せる道具としてイルドレッドと開発した。まさに、前世の電話の機能を再現してみた。

この世界では各家庭に電気を通すような設備が整っていないため、魔力さえあれば発動させることができる風の魔法を応用してみたのだ。

ただ、風の魔法を長距離発動させ続けることはすごく難しい。

距離によっては途中で魔力が尽きてしまい、声を届けることができないことが課題だった。

その問題を解決するため、長距離風の魔法を発動し続けることができるよう中継器を一定区間毎に設置し、風の魔法がその中継器を通過した際に魔力を補充するように調整したところ、これがうまくいった。

試作の電話がフォーカルド領の一部地域で活用することに成功したため、領主である私の父親からフォーカルド領全域での実用化の許可を貰い、中継器の工事を進めていた。

相手の発した声が離れていても瞬時に届く――この有用性に父親は大きく期待してくれていた。


この世界での連絡手段は基本は手紙だ。

急を要する内容であれば、鳥の印(トリのイン)持ちが手紙を届けたり、口頭で必要事項を伝えりすることはある。

貴族であれば鳥の印(トリのイン)持ちの使用人などがいたりはするけれども、平民である場合は難しかったりする。

一部の人間が不便な状況を改善できたらとの思いも込めて電話の開発をした。

イグスレー商会もこの魔道具に期待してくれており、嬉しいことに全面的に協力してくれている。

イルドレッドからの連絡を聞いている限り順調そうで安心した。


「イルドレッド、本当にありがとう。私が離れても意思を引き継いでがんばってくれていて安心した。」


私に見せるために広げた書類を片づけていたイルドレッドがちらりと私を見た。

赤みがかった茶色の目が少し揺れたように見えたが、すぐに手元の書類に視線がずれた。

仕事の話をしている時は時に違和感がなかったけれども、こうしたふとした瞬間にどう表していいか分からない()()のようなものを感じた。

私と必要以上の話は控えているような、少し距離を置いているような…そんな印象を受ける。

私が知らない内に何か失礼なことをしてしまったんだろうか。そうだったとしても、何か言ってほしい。

こんな風にいきなり態度が変わっても対応できないし、何よりも寂しい。

仲の良かった人と接しづらい状態になったことがないからか、こういった状況下でどうしていいか分からない。


「なぁ…ちょっと聞いていいか。」


悶々と考えていた私に、イルドレッドから声がかかる。

声をかけてもらえるとは思わず、自然と下がっていた顔を上げると再び目が合った。


「婚約者には良くしてもらってるか?幸せか?」


「え?」


想像してなかった言葉に驚く。

ただ、顔を見ても冗談を言っているような様子はなく、むしろどこか不安そうで…。

一体婚約者という内容はどこから出たんだろうかと一瞬考えたところ、成人の儀でソウマさんが私を大切な人だと言っていたことを思い出す。

あの話が大きくなって、私に婚約者がいるという噂になったのかもしれない。


「イルドレッド…私には婚約者はいないよ。」


「え?」


今度はイルドレッドが驚いた声を出す番だった。

目は大きく見開かれ、手に持っている書類も床に滑り落ちていった。

こんなに驚かれるとは思っておらず、急いで床に落ちた書類を拾う。


「たぶん私の成人の儀の晩餐会でソウマさんがいたから広まった話なんだろうけど、ソウマさんはあの日秘密裏に私の護衛に入ってくれていた人で、そもそも私の恋人ではないんだよ。」


拾い上げた書類を揃え、イルドレッドに手渡した。

イルドレッドはそれでも固まったままで渡した書類を受け取ってくれない。

そんなに衝撃的なことだったのだろうか。


「え、じゃぁ、お嬢さんは婚約者がいなくて、結婚を考えているわけじゃないってこと…。」


「そうだよ。結婚どころか恋人もいないよ。この歳になってまでこうだと両親が心配するだろうけどね。」


言っていて自分でも情けなくなってくる。

私のような女の貰い手がいないのもあるし、私自身も前世で恋だの愛だので心を躍らせることがなかったから、どうやったらいいのか分からないのもあるのだ。


「お嬢さん…言いたいことがある。今すぐに言わないといけないことだ。」


イルドレッドが私の手を両手で包み、まっすぐ私を射抜くように見つめてくる。

熱を帯びたような激しい視線をイルドレッドから初めて向けられ、目を合わせ続けるのがなぜか息苦しい。


「どうしたの、こんな急に…」


「俺は、お嬢さんのことが好きだ!」


彼の心の内をすべてぶつけるような、強い意志を持った声が部屋に響いた。

リツさんや監視の騎士も傍にいるのも構わずにイルドレッドはただ真っすぐに私を見つけている。

眉間に皺を寄せ、縋るような切なそうな顔から、彼が本気だと言うことが伝わってくる。

私もイルドレッドのことが好きだけれども、彼の¨好き¨は、まるで恋人に言うかのような、そんな熱を持っている気がして…


「お嬢さんがちっこい頃からずっとずっと好きだった。お嬢さんが傍にいるだけで生きているのが楽しくて、頑張れて、もっと相応しい男にならないとって思えて。傍に立つために、俺なりに一生懸命仕事に力を注いできた。」


イルドレッドは私の手を引き、お互いの顔の距離がぐっと縮まる。


「お嬢さんを晩餐会の時にいた男にとられたと思った時はこの世の終わりかと思うぐらいすげー落ち込んで。でも、お嬢さんのためには俺が身を引かなきゃって思って…距離をとろうとしたけども無理でさぁ。お嬢さんが研究所に行ってしまってからもずっとずっと想っていた。」


イルドレッドが私が屋敷を出る日にいなかった理由が初めて分かった。

こうして言われなきゃ気づけないなんて、イルドレッドの傍に今までずっといたのに…。

自分がみじめで恥ずかしくなる。

イルドレッドは私の言葉を待たずにどんどん言葉を重ねてくる。


「俺、平民だけど…誰にも文句を言わせないくらい店を大きくする。だから俺と結婚を前提として恋人になってほしい。愛してる。」


痛みを感じるくらい固く固く手を握られた。

その握られた手が微かに震えているような気がした。

改めてこれは冗談なんじゃなく、彼の本当の気持ちであることが分かり、顔が一気に熱を帯びるのを感じた。

イルドレッドが私のことをこんなにも想ってくれていただなんて…。

誰かに大切に想われることに胸が熱くなったものの、すぐに悲しみがそれを飲み込まんとする。

私もイルドレッドが好きだけれども…でもイルドレッドと同じ好きではない。

彼のその気持ちに応えるだけの気持ちは私にはないのだ。

言葉を吐こうとして口を開くと同時に、私達の間に腕が入った。

その腕が私とイルドレッドの繋がっている手を優しく、でも少しの強引さで解く。

顔を上げると無表情のリツさんが立っていた。


「それ以上彼女に強引に接触することは護衛として黙っていられない。気持ちは分かるがある程度距離をとってくれ。彼女はこの研究所において貴重な人材だ。」


低い静かな声がイルドレッドの熱を解かすように落ちる。

イルドレッドは呆気にとられたように口を開け、リツさんを見ていた。

まさか護衛に止められるとは思わなかったのだろう。


「アーリア、面会はこれで終えるか?アーリアの意思を尊重する。」


黒い目が私を捉え、イルドレッドにかけたものとは違う、柔らかな声で問われる。

その漆黒の目を見ると、ひどく安心する。

すべてを吸い込んでくれるようなその深い深い闇。

何も恐れるようなことはなかったはずなのに…なぜ私は安心しているのだろう。

リツさんに返事するために口を開こうとしたところ、イルドレッドが先に立ち上がった。


「いや、もう用は済ませたから帰る。騒いでしまってすまない。」


まだ机に広がっていた書類を急いでまとめ、持っていた鞄に詰めた。

手早く身だしなみを整えた後、私と目が合った。

気持ちが混乱しすぎていて、まだ言葉が出せていない私を見て、困ったように笑っていた。


「びっくりさせてしまってすまない。ただ、返事は今すぐ出さなくていい。というより、これからの俺の姿を見て決断はそれから出してほしい。」


「そんな、イルドレッド…」


「でも、お嬢さんがどんな結論を出そうと、仕事に穴をあけることはない。それは安心してほしい。お嬢さんの気持ちに正直になって結論を出してほしい。」


リツさんと監視の騎士にそれぞれ一礼すると、イルドレッドは私に背を向けて歩き出した。

そのまま一言も発することなく、彼はそのまま部屋の外へ出ていった。


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