第1章3節:できることをやるしかない
「アーリア様は、本当に優秀ですわ。もう数年で私が教えきれることがなくなってしまいそうです。」
家庭教師が困ったように笑った。
心は大人ですからねぇ、一度学生の身でしたからねぇ……これぐらいのこと、何てことないとは言えずに、笑い返してみる。
「先生の教えだからこそ、私はここまで学べたのです。私は先生のもとで学べて幸せです。」
「まぁ……お上手!領主様も奥方様もきっと誇らしく思ってらっしゃいますわよ。」
「そんな、私はまだまだです。」
そう答え、目の前の学術書を閉じる。
一先ず5つまでに文字の読み書き、高等学までの数術、歴史、政治、古語理解、経済、マナーの教育をすべて終えた。
一度前世で学生を通り、大人になった身ではあるから、勉学への理解に苦はなかった。
逆に新鮮だった。
大人になってから、ここをもっと深く学んでおけばよかったと悔いることもあったため、それを取り戻せたような気がする。
成人となる17歳まであと12年。成し遂げたいことを考えると、短いのか長いのか。
武術は、騎士団出身の父親に3つの頃から叩き込んでもらっている。
いくら他の人より劣っている部分が多くあるにしろ、小さい頃から備えていれば、せめて人並みには届くかもしれない。
そんなことを期待して、日々鍛錬に励んでいる。
これで成人する頃には、ある程度自分の身を守れるようになるだろうか。
転生した体は、身体能力が高いらしく、父親の教えをどんどん吸収していく。
ただ、当たり前の話だが、やはり鍛錬に鍛錬を重ねる必要があるようで、父親には遠く及ばない。
これは時間をかけて、努力して、実るのを待つしかないのだ。
あとは、継続的な収入源だ。
考えがないわけではない。ただ、考えた構想をどう実現するのかが問題だった。
実のところ、この世界には魔道具があまりない。
前世でファンタジーな小説を読むのが好きだったが、その中で魔法の効果を受けた道具が登場したりしていた。
そういったものがあるのだろうと思っていたが、普段生活していく中で一切見かけないのだ。
それは、この世界の人間が、魔法を使うことを日常化しており、“道具に頼る”という考えにならないからであると私が考えている。
料理の際に火を使いたければ、自身の魔法で火をつけ続ければいい。
掃除をしたければ、風と水の魔法を使ってやればいい。
庭仕事も土の魔法で解決といった具合に、何でも魔法頼りなのだ。
ただ、そこには欠点がある。魔力があると言っても、限界はある。
家事をやるにしても複数の魔法を続けていれば、体力を消耗し、疲れるのだ。
魔力が多ければいいが、少ない人もいるわけで――――少なければ成せる仕事も少なくなるはずだ。
食事をして寝れば、体力は回復するかもしれないけれど、それはとっても非効率ではないだろうか。
何かの作業を魔道具に任せれば体力を温存でき、別の作業に生かせるのではないだろうか。
さらに、魔力が少ない人にも、今までできなかったことができたりするかもしれない。
前世で言う、家電のような役割を持つ――――魔道具があれば人の生活も豊かになるのではないかと思った。
問題は、私が魔力が一切なく、色々自身で実験的に作り出せないことだった。
能力はともかく、魔力がない状況をどうにかする必要があった。
精霊と契約して大きな力を持つことも可能らしいが、その契約にそもそも魔力が必要なんだから、私にはできない話。
何かヒントを得ることができないかと、私はフォーカルド家の書物をいつも漁っていた。
◇
「アーリア、フォーカルド家の鉱石場の視察に一緒に行かないか?」
「私がですか?私が視察に行ってもよいのですか?」
父親との鍛錬中に提案された。
二人とも激しい手合わせで、だらだらと汗が流れている。
父親は、それでも楽しそうに笑いながら、汗を軽く拭う。
「いいに決まっている。お前は領主の娘なのだから。まぁ、レディが喜んで行くような場所ではないと理解しているが、ある程度私たちの領地の理解を深めておいてもらいたい。お前の勉学の進みを聞いていると、もうこういったことを理解できると判断している。」
わしゃわしゃと髪を撫でられた。これは……遠回しに褒められているのだろうか。
何だか照れ臭くなって俯いてしまう。
前世でこんな機会がそうそうなかったからだろうか……いつだって、この温かさには少し恥ずかしい。
「喜んで同行したいと思うのですが、私がいることをよしとしない者もいるかもしれません。父上様の迷惑にはなりたくないのです。」
「そんな者がいれば、クビだクビ……なーんてな。まぁ、そう言うが、私たちの民は私らのことを家族のように想ってくれているよ。君が誕生した時も大喜びだったし、ウィルムの儀式の後も君の心配ばかりをしていたのだよ?」
そう言ってもらえて嬉しいのだが、私は、じゃぁ安心だ!と思うような楽観主義者ではない。
たしかに優しい人たちは多くいるし、領民は私たち家族のことを大切に想ってくれている。
だが、この領地には数百万の領民がいる。全領民が同じ気持ちになっているかと言えば、それは違うだろう。
人はマイナスな気持ちに身を委ねやすい――――前世でもそうだったのだ。
インターネットに目を向ければ、悪意が溢れかえっていたし、学校でも会社でも、人の不幸は蜜の味といったように、“悪い話”を好むものもいたのだ。
特に自分より弱い者がいれば、喜んで叩くものだっている。
私は、世界でただ一人の無印。そして魔力がない者。未知な者。
もしかしたら怖いと思う者もいるかもしれないし、不吉だと嫌悪する者もいるかもしれない。
人の心は全く分からないのだ。
だが、せっかくのこの機会を無駄にはしたくない。
フォーカルド領は、宝石類や鉱石の取り扱っている。
鉱山をいくつか所持しており、収益の約40%はここからきている。
かなり重要な収入源であり、フォーカルド家の一員ならば、たしかに詳細を把握していなければならない。
それに……私の構想に使えそうな鉱石があれば、理想に一歩近づく。
「では、同行させてください!たくさん学びたいと思います。」
精一杯の笑顔を父親に向けた。彼は満足そうに笑う。
公務的な要素のある視察は、実は初めてになる。
後を継ぐことがない女を、低年齢で、かつ収益に深くかかわる場に連れていくことは、通常ない。
だから、父親の誘いには驚いていた。
今まで外を出歩くことはあったが、家周辺にある、フォーカルド家に絶対忠誠を誓っている村にしか行ったことがない。
実際のところ、どう思われているのかは分からないが、そこで明確な悪意にはさらされたことはない。
ただ、今回は絶対忠誠を前面に出している場所に行くわけではないため、私への悪意を目の当たりにするかもしれないという不安を少し持ちながらも、少し胸が弾んでいた。
評価とブックマークに驚いています。
読んでいただけていることにとても嬉しく、感謝の気持ちでいっぱいです。
引き続き、どうぞよろしくお願いします。
※ルビが正しくふられていない箇所を見つけたため修正済み(2019/01/27 6:53)