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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章12節:アリス・V・ヒトリア

「はいはい。これも訳していただけますか?あ、あとこれもお願いします。」


ソウマさんが私の目の前に書類をどんどん乗せていく。

今日は世界史部に足を運び、ソウマさんに頼まれるままに魔族語を次々に訳していく。

最初は、実力を試すといった具合に簡単な文章のみを訳する程度であったのが、どんどん出来上がっていく文章に興奮したソウマさんが次から次へと魔族語で記された書類を持ってくる。

その姿はまるで少年のようで、私の中のソウマさんの印象が変わっていくような気がしている。


世界史部の研究員には、私が幼少期よりフォーカルド領にある魔族が残したとされる遺跡によく足を運んでいたことから、魔族語に理解があると伝えている。

実際にフォーカルド領には、魔族の遺跡があるわけだけれども、私がまた攫われることを警戒して父親が行くことを許さなかった。

嘘っぱちな情報なわけだけれども、ソウマさんの力で説得力のあるような話に仕立てあげられていた。


私が訳している内容は、童話のような話が多かった。

昔悪い魔女がいて、勇者が退治したのだとか、捕らわれた姫を王子が助けたのだとか、子供を寝かせる前に聞かせるような内容。

この世界で幸せに暮らしていたのだろうか。

今のところ、魔族が転生者達である情報は一切出ていないけれども、この言語を記せる者達がこの世界で暮らしていたことを思うと感慨深い。


「副所長ー!新しいやつ、持ってきたわよー。」


感慨深さに浸っていると、部屋いっぱいに明るい声が響いた。

声のする方へ眼を向けると、燃えるような赤毛を二つに結んだ女性がいた。

エメラルドに輝く宝石のアルメニドをはめ込んだような目が印象的で、淡いピンクの突き出た唇が彼女の愛らしさを際立たせる。

まるで人形のような可愛さだと、思わず目がひかれてしまう。


「そんな大声を出さなくとも聞こえます。さっさと机の上に置いて立ち去ってください。」


「用が済んだらすぐそうやって雑に扱う。私は副所長の道具でも何でもありませんよっての。」


「貴方が部屋にいると、とてもじゃありませんが落ち着きません。何かを破壊してしまいそうで恐ろしいだけです。」


「だったら、私に物を頼むなっての。」


そう言うと彼女はソウマさんに思いっきり舌を突き出し、怒りを表情いっぱいに表す。

怒っているつもりなのかもしれないけれど、愛らしくて思わず笑ってしまいそうになる。

笑いを堪えていると私の視線に気が付いたのか、彼女の視線がこちらに向けられた。


「あなた…見ない顔ね。私、アリス。アリス・V・ヒトリアって言うの。あなたは?」


「私はアーリア・E・フォーカルドと申します。最近被験者としてこの研究所に住むことになりました。よろしくお願いいたします。」


アリス・V・ヒトリアは、たしか私と同じ特別寮の入寮者だったはずだ。

今まですれ違っていたようで会えなかったけれども、やっと会えた。

見た感じではあるけれども、私と同年代ぐらいだろうか。

ちょっとした共通点を見つけたようで、嬉しくなる。


「あなたがアーリアね。やっと会えたわね。この時を待っていたわ。」


「そうなんですね。お会いできて嬉しいです。」


「この優等生被りめ!もっと砕けろっての。私が接しづらいでしょ。」


優等生被り……初めて言われたが、優等生ぶっているということだろうか。

そんなつもりはないけれども…そう見えてるのか。

でも、初対面だし、私はどう接するのが正しいのだろう。

初めて会うタイプで、少しばかり動揺してしまう。


「えっと…失礼があったようで。」


「何も失礼なことしてないでしょ!普通に接しなさいよ、普通に。そんな畏まらなくてもいいから。」


ふいに頬を掴まれ、左右に引っ張られる。

予想だにしない接触でさらに戸惑ってしまう。

前世ではどうしていたんだっけ…いや、前世では悲しいかな、友達がいなかった。

人とどう接していいか分からず、なるべく邪魔にならないように生きてきたからか、私は学校でも孤立していた。

故に、こんなに同性にぐいぐい来られるのは初めてかもしれない…。


「それぐらいにしたらどうだ。押しが強すぎる。」


「リツってば、これぐらいが女の子は普通なのよ。あなたみたいな根暗には分からないでしょうけど。」


リツさんに咎められるように言われても、私の頬への攻撃は止まない。

私もそろそろ照れ臭さの限界に来ている。

これは私が何か返した方がいいのだろうか、どんな行動が正しいのだろうか…ぐるぐると対処法が頭を巡るが、どれも正しくないような気がする。


そうこうしている内にソウマさんがアリス様の傍に立ち、頭に鉄拳をお見舞いした。

衝撃音がクリアに聞こえ、彼女の手がぱっと私の頬から離れる。


「痛ぁっ!副所長、何すんの。」


「ここは研究室です。騒々しくするところではありませんし、アーリアは今我々に貢献してくれているのです。邪魔は許しません。」


「堅苦しっ!初めて会えたんだから、これぐらいいいでしょー!」


「もう一発食らっておきたいようですね。」


ソウマさんが拳を見せると、アリス様は怯むような姿勢を見せる。


「し、仕方ないからここで観念してあげる。けど、アーリア、次会う時までにそのしゃんとした感じを直すこと!いいわね!」


びしっと指をさされ、きつく睨まれる。

しゃんとした感じをどう崩すかは分からないけれど、勢いに押されて思わず頷いてしまう。

それを見てアリス様は満足したのか、歯を見せて私に思い切り笑いかけてくれた。

そして、身を翻し、ソウマさんを避けるようにして部屋の外に駆けていった。


「アーリア、すみませんね。彼女はいつもああなんです。嵐のようなというか…行く先々をかき乱していくというか…。」


「な、なるほど。」


掴まれた頬を揉み解しながら、彼女の去った後を見る。

一瞬で強い印象を残していった彼女だけれども、悪い気はしない。

自分のペースで物事を進めることができなかったけれども、それも悪くないなと思うような、そんな気持ち。


「彼女は、少しアーリアと境遇が似てるところがあるかもしれないですね。アリスは、半印(ハンイン)持ちです。」


「は、はんいん持ち…ですか。それはどうゆう。」


「印が半分しかない状態を指します。彼女は蛇の印(ヘビのイン)持ちではありますが、印が綺麗に半分ありません。見た目では何の印を持っているのか判別できないでしょうね。」


半印(ハンイン)だなんて、初めて耳にした。

今まで色んな書物や文献を読んできたけれども、一度も半印(ハンイン)という記載を見たことがない上に、こうして被験者としていることからも、かなり珍しい状態なのであろう。


「魔力はアーリアと違って持っていますが、コントロールは全然できませんね。使わない方が彼女のためというレベルなので、魔法が自由に使えない点については境遇が似てるかもしれません。たしかアーリアと同い年なので、よかったら仲良くしてやってください。」


「わかりました。」


やっぱり同い年だったのか。少し嬉しくなって、また照れ臭さに襲われる。

次会う時までに彼女の言うようにしゃんとした感じを無くさなければ。

たしかに私は堅苦しいところがあるのだから。

そう心に決めていると、肩に手が置かれた。


その手の持ち主を見ると、清々しそうに笑っている。


「話は変わりますけれども、調査団一行と遺跡に行きませんか?」


ソウマさんはそう問うてきた。


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