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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章11節:仕組まれたこと

泥沼から這い上がるような重苦しさを引きずりながら目をゆっくりと開ける。

ぼやけた視界の中でゆっくりと体を伸ばすと柔らかいシーツが肌を撫でた。

まだ眠っていたいような浮ついた気持ちの中、シーツを手繰り寄せ、そこに顔をうずめる。


「アーリア?」


聞き覚えのある声がわりと近い位置で聞こえ、顔をあげると少し離れた位置にシーア様がベッドに腰かけるようにして座っていた。

寝姿をシーア様にお見せしているなんて……。

シーア様がいることで一気に目が覚め、慌てて体を起こす。


「ゆっくり休んでていいから。僕のことは気にしないでよ。」


「しかし…」


「僕が良いって言っている。」


シーア様が立ち上がり、私の肩を押す。

軽く押されたような気がしたのに、ベットに縫い付けられるような強い力で元の姿勢に戻されてしまう。


「検査で体に相当負担がかかっているみたいだから、休める時に休んだ方がいい。ソウマの腕は確かだけど、好奇心ままに体をいじるからね……まったく狂ってるよ。」


「すみません。」


シーア様が呆れたように息を吐く。

シーア様がここまで言ってくださっているのだから、ここは大人しく休んだほうがいいかもしれない。

被験対象だから覚悟していたことだけれども、ここまで体に負担がくるとは思わなかった。

けれども、寝る前よりかは随分と体が楽になっている気がする。

このまま休めば明日の朝までには問題ないくらいまで回復するのではないだろうか。


そういえば、リツさんはどこにいるのかな。

部屋を軽く見回してもいないし、薬を投与する時間なのだろうか。

恥ずかしいことにリツさんに抱えられている最中に寝てしまったらしく、運び込まれた後の記憶がない。

運んでもらった上に、寝てしまってお礼も言えなかったなんて…何て失礼なことをしてしまったんだろう。


「リツは湯を浴びてきているからいないよ。リツがアーリアの傍を離れないといけない時は、僕が護衛に入るよ。」


「お手を煩わせてしまっており申し訳ございません。」


「いいよ。リツからその分対価をもらっている。アーリアは気にすることはないよ。」


果たしてその対価は何なのだろうか。

私が変に首を突っ込むべき内容ではないのかもしれないけれど、私の護衛に入ることでリツさんが不利益を被っている状態であるならば心苦しい。

というより……常に護衛に入る必要があることを考えてみれば不利益でしかないような気がする。

ほぼいつも気を抜くことができないし、こうしてシーア様と入れ替わらなければ自分の自由な時間をとれない。

仕事であるのかもしれないけれど、リツさんに少しでも楽をしてほしかった。


「その……リツさんが渡している対価を私が代わりにお渡しすることはできないでしょうか。」


「アーリアが?はっきり言うと無理だね。僕はリツから溢れんばかりの魔力を対価としてもらっている。アーリアにそれと同等の魔力を僕に渡せるとは思えない。それに、リツにとって魔力は捨てたいほどに余っているものだから、僕とリツに害は一切ない。同じことを言うけど、アーリアは気にすることはないよ。」


リツさんとシーア様が害があるようなやり取りをしていないことに安心したけれども、申し訳ない気持ちが消える訳ではなかった。

私がリツさんにできることとしたら、やはり、魔道具で何か力になることだろうか。

リツさんが安全に過ごせる魔力のリミットを測り、一定値を超えると自動的にシーア様に付与されるような処理ができて、それでも溢れるようであれば何か別の物に変換できる魔道具。

人体に関わってくる魔道具は作ったことがないけれども、イルドレッドに相談しながらだったら何とかいけるだろうか。

魔力のリミットを測るのはエイプリルさんの力を借りればできそうな気がする。


「アーリア?どっか別の世界に行ってない?」


目の前で手を振られ、はっと意識を元に戻す。

魔道具の世界に意識が飛びだってしまっていた。


「すみません。つい…。」


「リツのことを考えていたの?」


「ま、まぁ…そうですね。」


言い当てられて途端に恥ずかしくなる。

私はそんなに分かりやすかっただろうか。

今度からは表情に出さないように気を付けなければならないなと気を引き締める。


「そうなんだぁ。リツのこと、ちょっとだけ教えてほしい?」


「え…よいのですか?」


まるで悪戯を企んでいる子供ような楽しそうな顔だった。

それに乗ろうと思っている私も悪いような気がするけれども…リツさんのことは正直言ってあまり知らない。

騎士団に所属している、かなり強い、基本無表情だけれども、たまに優しそうな顔を見せてくれるといったことぐらいしか知らない。

これから知れることもあるだろうけど、リツさんのことはすぐにでも知りたい…だなんて欲張りだろうか。


「いいよ。あいつ自分のことをあんまり話さないし、アーリアも気になるだろうから話してみようかなって。まず、魔神イリテメイドって知ってる?」


「知ってます。呪いと死を司ると言われている神ですね。」


「そうそう。リツとソウマは、その魔神イリテメイドに祝福されている存在なんだよ。だから、誕生の祝福がある。」


呪いと死を司る神に祝福される……というと響きは恐ろしいかもしれない。

けど、この世界の神話では、魔神イリテメイドは平和を愛する温厚な神だと記されている。

魔神イリテメイドは、生前は魔族であり、類を見ない力の持ち主だったことから神々に愛され、死後神になったとされている。


「誕生の祝福を受けた効果で、二人は二つ印(フタツイン)持ちなんだ。しかも、対になるような効果をお互いに持っている。ソウマは、竜と蛇の印を持つけれども、リツは竜と虎の印が体に刻まれているんだよ。リツは溢れんばかりの魔力を得ているし、ソウマは枝の力がすごくて、魔力をコントロールする力に優れている。」


竜の印(リュウのイン)があるだけでもすごいことなのに、加えてそれぞれが印を持っているのは本当に珍しいこと。

リツさんは竜の印(リュウのイン)持ちだと思っていたけれども、虎の印(トラのイン)まで持っていたなんて。


虎の印(トラのイン)は、身体能力を大きく高めることができる印だ。

魔法を使用した攻撃はかなり苦手ではあるけれども、鉄の塊を素手で両断してしまうことも簡単にできるそうだ。

その強力な能力からも、騎士団や傭兵などは、虎の印(トラのイン)持ちを欲しがる。

ソウマさんの持っている蛇の印(ヘビのイン)も負けてはいない。

物理攻撃はかなり苦手ではあるけれども、魔法の能力を大きく高めることができる能力を持つ。

歴史に名を馳せる魔術師には蛇の印(ヘビのイン)持ちしかいない。

年少期から上級魔法を扱える者が多く、魔法を使用しても疲労があまりないのだそう。

魔法はこの世界の生活で根付いているから、蛇の印(ヘビのイン)持ちはどこに行っても役に立つ印だ。


「稀な二つ印(フタツイン)持ちが、同じ時代に2人…それも同じ年齢の人間に対になるような効果がある。そこに何者かの祝福を受けたアーリア。これって何か仕組まれているような気がしない?」


「確かにそうですね…。誕生の祝福を受ける者もあまりいないのですよね?」


「そうだねぇ。二つ印(フタツイン)程ではないけれども、そうそうあるものじゃないよ。僕は何かが起こることを神が見越していて、リツやソウマをこの世界に授けたんだと思うよ。君達3人が何らかの形で関り合うのだろうね。」


リツさんの話をしているはずだったのに、いつの間にか誰かに何かを仕組まれているという話になっている。

もしかしてシーア様は私にこの話をしたくて話を振ったのではないかと思う。


「だからね、アーリア、気を付けるんだよ。二つ印(フタツイン)持ちが2人も必要なほどのことって、僕には何であるか想像できないからねぇ。」


そう言うとシーア様がにやりと笑った。

まるで、これから起こることが楽しみで仕方ないといったような笑みだった。

リツさんとソウマさんは魔神イリテメイドの祝福を受けている。

だから、魔神イリテメイドが何かを企んでいる…もしくは、その他に理由があるのか…。

それに、私を転生させた魔女が気がかりだと思っていたことが気になってくる。

私が何者かに狙われている理由に関係するものなのか……。

自分が想像していたことより大きなことに巻き込まれていそうで、言いようのない恐怖が宿る。

普通の幸せを手に入れたかっただけなのに、何が起ころうとしているんだろう。


「シーア、何をした。」


シーア様の背後からそう聞こえ、リツさんが隣の部屋から現れた。

髪が濡れており、落ちてくる雫が彼の妖艶さを引き立てていた。

服は着ているのだけれども、目をどこに向けていいのか分からなくなる。


「何もしてないよー。リツがいやらしいって話をしただけー。」


「大丈夫か?」


リツさんがシーア様の答えには反応せず、心配そうに私を見つめてくる。

そっとリツさんの手のひらが額を覆い、私の体調を気にかけてくれているのが分かる。

彼が現れただけなのに、なぜか先ほどまで感じていた恐怖が萎んでいくような気がした。

彼がいれば大丈夫だろうと、そう思えてくる。


「大丈夫ですよ。それよりも、シーア様を傍に置いてくださり、ありがとうございます。お気遣いに嬉しく思います。」


「何か困らせてくるようなことをすれば、遠慮なく俺に言ってほしい。」


「まったく、リツってば失礼だよね。君が契約者でなければ、今頃は八つ裂きにしてるよ?」


恐ろしいことをさらっと言われたはずなのに、少しも気にしてなさそうな様子のリツさん。

日常が戻ってきたような気がして、柔らかくなった空気に心が落ち着いていく。

何も知らないままより、何かを知っていた方が何倍もまし。

前とは違う方向性になったのかもしれないけれど、私が目指す先は同じ。


冷たく、愛を感じることのなかった前世より、私は幸せになる。

私のために、今を楽しく生きていくんだ。

前世で成しえなかったことだから、正しい方向に進んでいるのか分からないけれども、幸せになるために不安要素は取り除けばいいのだ。

私ができることを少しずつ備えていけばいい。まずは情報を集め、困難を乗り越えていく力をつけていけばいい。

シーア様とリツさんの姿を見て、少しだけ勇気をもらえた気がした。


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