第2章9節:検査
白い被験用のローブで身を包み、私は白いベッドの上で横たわっていた。
その私を囲うようにして白衣を着た男性が5名立っている。
研究所に来た翌日に、早速私は検査を受けることになった。
私の体質を正確に把握し、研究成果を出すのにどのような実験が適切か判断するためにも、研究者と医師の合同チームで検査を行う。
白い頭巾に、白い手袋、マスクを着けている男性達に取り囲まれていると、まるで手術を受ける前の患者のような気持になり、落ち着かない。
説明は受けたつまりだったけれども、想像以上の体勢に少し戸惑ってしまう。
「アーリアは特に何もしなくても問題ないです。ただ横になって検査が終わるのを待ってください。」
「わかりました。」
立っている男性の内の1人であるソウマさんが私の返事を聞き、頷いた。
すると、私を囲うようにして立つ男性がすべて私の体の前に手をかざし、そこから淡い光が流れ出す。
いきなり始まる内容に動揺しながらも息を吐いて、何とか落ち着きを取り戻す。
この場にいる男性達は、ソウマさんを除くと、犬の印と猿の印持ちであるそう。
犬の印持ちの能力に誘導されながら、猿の印持ちが私の体内の至るところを調べていくらしい。
猿の印持ちは、人や魔物を治癒することができる能力を持つ。前世で言うと、医者や獣医にあたるような役目を担うことが多い。
人体の構成に詳しいのはもちろんのこと、能力で体内に干渉することができる。ただ、自身を治癒することができないデメリットがあるけれども。
検査で正確な結果を出すために、前日の内に体内に残っていた魔力を使い果たしたから、この検査中に襲撃があったら私は身を防げない。
けれども、護衛としてリツさんが傍についてくれている。それを考えると魔力が一切ない状態であっても恐怖は感じない。
ガラスを挟んで外にいるリツさんに目を向けると、彼もちょうど私を見ていたのか目があった。少し嬉しくなって微笑み返す。
彼の無表情だった顔が少しだけ和らいだように見える。彼の顔を見て、感じていた不安が胸の奥に引いていくのを感じる。
彼をただ見ただけなのに、私は単純だなぁ…。
この研究所に来てから、どうも緩んでしまっている気持ちに呆れながら彼からそっと目を外した。
私を囲う男性達の光が強まり、体が温かくなってきた。
だんだんと体がだるくなっていき、瞼が重くなり、そして、意識が遠のいていった―――。
数時間後に検査が終わり、体が酷く重い状態で私は目を覚ました。
手足が鉛のように重く、リツさんに支えられてやっと体を起こすことができるほどだった。
少し吐き気も残っていて、気持ちが悪い。私の体内の検査をするだけで、これだけ影響を受けるのか……。
体一つ動かすのが億劫なのに、これを検査があるたびに感じることになるのか。
自身が被験者である現実を嫌でも突き付けられる。
でも、自分の意志で王家の命を受けると決めたのだから、泣き言は言ってはならない。
この状況に早く慣れなければならない……体調が優れないから少しネガティブになっているだけだ。
「アーリアの臓器から血液の中まで至るところを調べつくしましたからね。体に負担があるのは仕方がないことです。検査結果の取りまとめは、あなたが寝ている間に終えていますが、今結果を聞きますか。」
「えぇ。」
私がどれほど寝ていたかは分からないけれども、直接体に干渉しているからなのか、検査結果が早く出ていることに驚く。
前世を思わせるような……いや、前世より早いのかもしれない。
「健康状態に問題は一切ないですね。普段鍛えていらっしゃるからか、理想的な状態であるかと。ただ、やはり印はなく、また、魔力も体内で生成できない状態です。ですが、興味深いのが、魔力を生成する臓器である胴臓が劣化せずに働いているところですね。」
この世界の人間は、前世では人間の体内になかった臓器、胴臓で魔力を生成する。
人間が生成できる魔力には個人差があり、この生成できる魔力の大きさで印の大きさが決まる。
決められた大きさより魔力が生成されることはなく、魔力が使用されれば、その不足分を補うように胴臓が働く。
私は魔力がない―――つまりは、自身で生成できないのだから胴臓が働いているのはおかしいのだ。
胴臓が動いているのならば、魔力が体内で生み出されているはずなのに…何が起こっているのだろうか。
「胴臓を刺激したり、胴臓回りの管を切断したりして魔力が生成されているか確かめたんですが、一切魔力を感知することができなくてですね…働いている理由が一切分かりませんでした。あ、もちろん切断した管は元通りに繋ぎ合わせています。切断したことなんて一切分からないです。」
そう言うとソウマさんが私に微笑んでくる。
切断って……いや、検査を受ける際の説明で言われていたことだけれども、ぞっとすることに変わりはない。
胴臓以外にも色々いじられたり切断されたりしたのだろう。体がぐったりしているのも無理はないと思う。
「何か胴臓の働きを妨げるものがありそうですが、根拠となる情報が得られなかったので胴臓が働いている理由は追々調べることになりそうですね。まぁ、それは置いておくとしまして、あなたの目……不思議な力が宿っていますね。不思議なことに。」
私の目を覗き込みながら、ソウマさん妖しく笑った。
目の奥の――私の考えまで覗き込まれているようで、居心地が悪い。
ここで目を逸らすと怪しさが増してしまうため、彼を見返し続ける。
シーア様との取引について言うべきか、言わないべきか――この研究所は信頼できる場所なのか否か――。
「何らかの魔法の周波数を感じます。あなたのものではない……これは、人外の周波数でしょうか。」
私の目に触れようとソウマさんが手を伸ばすと、それをリツさんが掴んだ。
そのままソウマさんの手を握り潰してしまいそうな強さに、驚いてリツさんを見る。
無表情ではあるのだけれども、目が黒く沈んでおり、その黒の沼に引っ張り込まれそうな恐ろしさを感じる。
「検査は終わっただろう。触れる必要はない。」
「彼女は被験対象です。私が望めば触れる権利はありますね。」
「それは検査や実験中の話だけのはずだ。今は終わっている。」
リツさんが私の腕を引き、胸の中に囲い入れる。
意図せず密着することになり、心臓が荒く鳴りだす。
ソウマさんに覗き込まれる状況からは逃れたけれども、この状況もこの状況で落ち着かない。
リツさんとソウマさんはしばらく睨み合って…というより、リツさんが愉快そうに笑うソウマさんを牽制しているような状況が続いたかと思えば、ソウマさんが私から離れた。
息を軽く吐き、仕方ないとでも言いたげに頭を振る。
「リツの強情さには呆れるばかりですね。アーリアの体力も心配ですし、これ以上の検査は避けましょう。ただ、最後に一つ確認したいことがあるので少しだけ時間をください。なに、軽い質問を2つ、3つするだけです。」
ソウマさんが部屋の奥へ向かったかと思えば、手元に紙を数枚持って戻ってきた。
私の目の前に座り、手元の紙を細長い指でめくっていく。
「この文字、読めます?」
紙を目の前で反されると、ミミズが地を這ったかのような文字が書いてある。
今まで色んな書物を読んできたけれども、こんな文字で綴られたものは見かけたことがなかった。
ここは素直に首を横に振る。
「そうですか。では、これはどうでしょう?」
次に示されたのは、魔統文字だった。
初級の火の魔法を発動するための簡易な内容が書かれており、これは私とイルドレッドが開発した魔道具、コンロの中にも組み込まれている。
私がこの文字を用いて魔道具を開発しているのは周知の事実であるため、ここは素直に頷く。
「これが最後の質問です。この文字はいかがですか?」
次に見せられた内容に、私は絶句した。
読めることは読める……いや、それどころか、すらすら読めてしまった。
考えずとも、見るだけでその文字が織りなす意味が理解できるのだ。
けれど、どうしてこの文字がこの世界に…?
『始まりの物語』
それは、私が前世でよく知っている“日本語”でそう書かれていた。




