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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
36/59

第2章8節:案内


「ごめん。久しぶりに会えたから、つい。」


そう言ってあの後私から離れたリツさんが、困ったような目をしながら言った。

私はというと、恥ずかしさと会えたことへの嬉しさで胸がいっぱいになり、どう返したのかは覚えていない。

これから毎日のように会えるのだと思うと、私の心臓はやっていけるのだろうか…。心配になる。


自分の部屋の説明を受け、リツさんに印効果部の被験者がよく使うと思われる場所の案内をしてもらっていた。

研究部門によって一般寮や特別寮が設けられており、私の部屋があるのは印効果部の特別寮のため、住んでいる5名全員印効果部の被験者であるとのこと。

私はリツさんに護衛をしてもらっている関係上、リツさんと似たようなスケジュールが今後組み込まれる。


自分への検査や実験をこなしていけば、後は自分の時間をどう使うかは自由らしく、別の仕事をしている被験者もいるらしい。

支配人の任は果たせなかったけれども、イルヤンカに少しでも携わることができそうで、安心した。

自分の足で立とうとしなくても、定期的な収入を得る機会が思いがけず入ってきたけれど、やっぱり魔道具に関わっていきたいと思うのだ。



一通りの案内を終え、私とリツさんは研究所の第4食堂で食事をとっていた。

所属している研究部門によって、食事をとる食堂は決まっている。

研究の目的に沿った体質になれるよう、栄養素の管理をする必要があるかららしい。

味も美味しく、食事で困ることはなさそうだった。


「リツさん、今日は案内ありがとうございました。」


「いい。やっていけそうか?」


「はい。それにリツさんの知らない一面が色々知れた気がして、何だか嬉しかったです。」


私が6年前にリツさんと過ごしたのは一瞬だった。

こうして過ごす中に彼がいて、他の誰かと話したりして…といった姿を見るのが新鮮で胸がいっぱいだった。


今日一緒に過ごして感じたこととしては、リツさんは口数が少ない。

知っている人とすれ違っても挨拶をするのみで、深く話込むことはない。

誰かに何かを尋ねる時も必要最低限の会話だけをするといった感じだ。

基本的に無表情なのだけれども、私が話しかけた時に時折優しく笑いかけてくれる。

私が誰かにぶつからないように、自然にエスコートしてくれるし、すごく気を遣ってくれているのが分かる。

優しいけれど、必要以上に感情を外に出すようなタイプではないのかなと思った。

けれども、私としては一緒にいて心地よかった。

貴族として求められる会話が必要な時はある程度話すことはできるけれど、私生活においてはそこまで話し続けるようなタイプではないのだ。

会話がなくてもそういう人なんだと思うと、楽になれた。


「これからもっと知っていけばいい。話せる内容なら何でも話す。」


そう言ってリツさんは肉を口に放り込んだ。


「この6年はどう過ごされていたんですか?」


ふと気になってそう聞くと、彼の目が不思議そうにこちらを見た。

何だか恥ずかしい質問をしたようで顔が赤くなる。

ただ気になっただけだったのだけれども、過干渉だっただろうか。


「任務が続いていたからただこなし続けていただけ。恐ろしく長い6年だった。君は?」


彼が昔のことを思い出したのか、忌々しそうな顔をした。

よっぽど嫌な任務だったのだろう…あまり深く触れないほうがいいのかもしれない。


「私は…魔道具を開発するのが得意なんですけれども、もっと開発していこうとひたすらやっていた感じでしょうか。」


「君の魔道具は有名だったな。文明の女神って呼ばれているって聞いたけど?」


「そ、そんな…魔道具の開発は私だけの力では決してないのですよ。誰かが誇張してそう言っているだけです。」


まさかリツさんがその名前を聞いたことがあるだなんて…。

恥ずかしすぎて彼の顔を見ることができない。

イグスレー商会との会談で何度か都市エクスティアを訪れた際に、道端でそう呼ばれることがあったのがきっかけで、一部の人に広がっていった呼び名だった。

敵襲が激しくなってきたこともあって、身を守るためにエクスティアに行く機会はほとんどなくなったけれども、まだその呼び名があるみたいで恥ずかしい。

イルドレッドやイルヤンカの店員達で力をあわせて得た結果で魔道具が生み出せているのに。


「俺は女神と言いたくなる人の気持ちがわかるよ。実際君は革命的な道具を生み出し続けて人々を助けているし、天から降ってきたような美しさだし。」


耳に入ってきた内容が信じられなくてリツさんを見るけれども、彼は何でもないように肉を食べ続けている。

さらりと美しいと言われた気がしたのだけれども…何も言っていないような雰囲気を出されて口を噤んでしまう。

油断していたところを鷹に襲われた気分だ。


「ど、どうしてリツさんは、私のことを色々ご存知なんでしょうか。少し恥ずかしいです。」


「王都には色んな噂が流れてくるし、君は有名人だよ。それに、君を研究所に迎い入れるために色々準備を進めてたら自然と情報は入る。」


「そうでしたか…。」


有名人だなんて、知らなかった…。噂の中身はすごく気になるところではあるけれども。

エクスティアに足を運ぶことは多々あったけれど、フォーカルド家の屋敷の外に出る機会は限られていたし、フォーカルド領の領民以外との接触はあまりしてこなかった。

どこに敵がいるのか分からなかったし。


「もう部屋に戻ろう。疲れてるだろう。」


リツさんは立ちながら自分と私の食器を乗せたトレーを持つ。


「あ、私自分で運べます。」


「いい。座ってて。」


止めようとする私を躱し、リツさんはトレーを持っていってしまう。

申し訳ないな…。

そう思いながらリツさんの姿を目で追っていると、この場にいる他の女性達も同じように彼に視線を送っていることに気づいた。

何だか熱っぽい視線に恥ずかしくなり、俯いてしまう。


そうだよなぁ…。

リツさんは、無表情だけれども、目が離せなくなるような魅力的な顔立ちをしている。

長身で、あのミステリアスな雰囲気は他の女性達を引き付けてしまうのだろう。

本人はそんなことに興味なさそうな気がするけれども、何だか他の女性達の視線が無性に気になってしまう。

私はリツさんの護衛対象であるだけなのに、勘違い甚だしいような気持ちで自身で呆れてしまう。


「どうした?体調が悪いのか?」


私の顎に冷たい手が触れ、顔をリツさんの方に強制的に向けさせられる。

黒い目が私の顔を隅々まで見ていて、顔にじわじわと熱が集まっていくのを感じる。


「だ、大丈夫です。少し疲れただけのようでして。」


「担ぐか?」


「え、私をですか!?だ、大丈夫です!」


私の足に手を這わせたリツさんを急いで制止する。

担ぐだなんて、こんな人が多い場所で恥ずかしすぎる。

急いで立ち上がり、まだ私の足元に視線を送っているリツさんを警戒しながら、リツさんの手を引いた。


「ほら、歩けますので、部屋に参りましょう。」


「あ、そういえば、その前にちょっと寄りたいところがある。少しだけ時間がほしい。」


「えぇ。分かりました。」


リツさんを引いていた私の手を持ち直し、今度はリツさんが私の手を引く。


「これから毎日あるから説明しとくと、俺は定期的に薬を打ち込む必要があって、時間がきたら療養室に行くことになる。護衛の都合で申し訳ないが、その時は一緒に連れて行くと思うから理解してほしい。」


「私は構いませんが、どこか悪いところでもあるんですか?」


薬を打ち込むと聞くと、前世にいた時で言うならば、糖尿病の患者がインスリン注射をすることを思い浮かべる。

見た目では全然分からなかったけれど、定期的に薬の投与が必要なぐらいの病を持っているのだろうか。


「いや。病を持っているといったことではない。俺の体質が特殊で、定期的に薬を体に入れないと魔力が生成されすぎて、力が暴発する。だから、魔力の生成を鈍らせる薬を打ち込む。」


「暴発するくらい生成されることがあるんですね。」


「あぁ。それでも過剰に生成される時があるから、それはシーアに食ってもらってる。契約しているだけでもかなりの魔力を持っていってくれるからいつも助けられている。」


魔力が自分で生成できない私からすると、魔力が生成されることは羨ましいことではあるのだけれども、暴発する恐れがある危険性を抱えているのもかなり神経を使うのだろうな。

私は無いならないで、必要に応じて補給すればいいけれども、定期的に対処しないと危険が伴うのは辛いものがありそう。

リツさんの魔力の生成を抑えながら、過剰な分を吸う魔道具とかって作ることができないだろうか。

常に身に着けられるものであれば、リツさんも気にする必要がなくなってくるし、良くしてくれたお礼ができる気がする。


そう考えを巡らせていると、療養室と札がかかった部屋にたどり着く。

その部屋への戸を開け、二人で入っていく。


「時間通りだね、リツ君。ではでは席に座ってください。あれ、そこの彼女は?」


「俺が今日から護衛をしている子だ。今日から一緒に来ることになるから。」


「ほーう。」


眼鏡をかけた白衣の金髪の女性が不思議そうに目を丸くして私を見ていた。

小柄な女性だけれども、目が大きく愛くるしい容姿をしていた。

女性の私でも庇護欲を掻き立てる可愛さがあり、思わず見つめてしまう。


「アーリア・E・フォーカルドと申します。印効果部の被験対象としてこの研究所に来ました。これからよろしくお願いいたします。」


「アーリア君か!リツ君から色々聞いているよ。私はエイプリル・D・ゲーヴァナントというよ。この研究所の所長をしているけれど、実質実務はソウマ君がしているようなもんだから、放浪者か何かだと思ってくれると嬉しいかなっ!」


「放浪者だなんて、とんでもないです!」


ゲーヴァナント公爵家の令嬢様が所長をしているってことは知っていたけれども、こんなに若くて気さくな愛くるしい女性だったなんて…!

驚きを隠せていない私の顔は、かなり滑稽だろう。


「貴族は私の性にあわなくてねぇ。私から家名を奪ってほしいと頼んでるくらいなんだけども、なかなか通らなくてね。ま、要するに堅苦しいのは好まないから、気楽にしておくれってこと。リルとでも呼んでくれ、アーリア君。」


彼女はまだ驚いている私の肩に手を置き、歯を見せて楽しそうに笑った。

さらに睫毛がぶつかりそうなほどの近さで顔が迫ってくる。


「本当に美しい人だねぇ、アーリア君。それに興味深い体質をしているそうだね?その体質へのアプローチ法もこれまた興味深いなぁ。」


「所長、これ以上はやめて。近すぎる。」


所長の肩を掴み、引きはがすようにリツさんが離してくれた。

突然の急接近に心臓がばくばくしている。

悪い方ではなさそうだけれども、興味があることに人一倍真っすぐなのかな。

親しみやすそうで、できれば仲良くなりたいけれども…。


「そんな嫉妬しなくても奪うつもりはないよ。リツ君ってば考え過ぎだなぁ。」


「早く薬を。」


「はいはい。アーリア君はそこにある椅子に座って待っててくれ。すぐ終わるからね。」


リツさんに半ば引きずられるように所長が連れて行かれる。

去り際に私に手を振ってくれている。

その二人の姿がなんだか長年お互いを知り合っていることが伝わり、微笑ましいし、羨ましくも思う。

私も彼女のように今後リツさんを知っていきたい。って、私、リツさんのことばっかり考えていないだろうか。


長いこと会えていないといっても、6年前に少し会ったぐらいであるのに…。

そんな自分が恥ずかしいような、厚かましいようなそんな複雑な思いが渦巻いていた。


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