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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章7節:護衛

何度角を曲がり、階段を上ったかなんて覚えていない…。

この研究所が恐ろしく広く、大き過ぎるのだ…。


ソウマさんに連れられ、私の部屋まで案内してもらっていた。

研究所に到着すると、説明を諸々受け、契約書を何枚か書かされるという一仕事を終えてからのこの苦行だ。

印効果部は、研究所の端にあるらしく、なおかつ私は貴族という身分であることからも、一般的な寮とは異なる部屋に連れられている。

被験者だけれども、王族のものである貴族でもあるからぞんざいに扱えないらしく、特別寮に入ることになっている。

私は別に特別仕様の部屋でなくとも構わないのだけれども、より安全に過ごしてもらうためとソウマさんに説得され、納得した。


「アーリアに使ってもらう部屋は護衛とドア一枚で繋がっています。でも、心配しないでください。護衛は男ですが、騎士団に所属しており、身元は確かです。私が保証します。ここだけの話ですが、実力は私よりも遥か上の人間です。諸事情からあまり公表されておりませんが。」


ソウマさんよりも実力が上の護衛。

騎士爵を賜り、国一番の魔術師と言われているのに、その上をいく存在だなんて聞いたことがない。

もしいたとするならば、ソウマさんのように噂でその実力が広まっているはずだけれども、公表できないほどの人物ってどれほどの人なのだろうか。


「騎士団には所属していますが、諸事情から存在は一部の者しか知りません。メグラント王国の歩く秘密兵器と呼んでいる者もいるのだとか。」


「そのようなお方が私の護衛で問題ないのでしょうか。王族の護衛にいるべき人材のような気がしますが…。」


そんな素晴らしい人が私の護衛だなんて、勿体ないどころの話ではない気がする。

私は一伯爵令嬢であり、他令嬢と比べるとまぁ危険に晒されやすい状況ではあるが、死んだとしても国にとって大きな損害が出るわけではないのだ。


「ははは。そうですね。ただ、彼も特別な体質を持つので被験者なのです。彼の体質の問題からも王族の護衛に入れる状態ではないのですよ。彼も特別寮に住んでいますし、外部の護衛を極力研究所内に入れたくありませんので、護衛としては彼が適任だと思っています。」


被験者だということは、ソウマさんのように二つ印(フタツイン)持ちなのだろうか。

気になるけれども、実力のある人が護衛に入ることは、私としても安心できる要素なので特に問題は感じない。

男性ではあるけれども、副所長であるソウマさんが身元を保証するくらいの人物だし、一旦は信頼がおけるだろう。

何かあればソウマさんに言えばいいのだろうし。


階段を上り切ったところで、大きく天井に向かって伸びている金で装飾された扉の前にたどり着く。

扉の両側には騎士団の紋章を腕に刻まれた鎧をきた人が二人立っていた。


「ここが特別寮の入口です。特別寮を使用している人物は私とあなたを含め5人です。君達、彼女が新しい入寮者ですので、覚えてください。」


恐らく警備の目的で立っている両側の人に私の顔を見せると、ソウマさんが扉に手を当てた。

すると扉が淡い光を放ったかと思えば、ゆっくりと開いていく。


「この扉は特別寮の入寮者とこの二人の警備の魔力にのみ反応して開きます。残念ながらアーリアは生まれ持った魔力がないため、あなただけではこの扉は開けません。よってこの警備に扉を開くことを頼むか、先ほど話したあなたにつく護衛に頼んで開いてもらうかにしてください。」


「わかりました。」


セキュリティが前世を思わせるようなしっかりとしたもので驚く。被験者なのに、ここまで守られるものなのか。

この扉に仕組まれている構造が気になり、少しうずうずしてしまう。

この世界の魔道具なんて大したものがないと思っていたし、実際この17年間ですでに存在していた魔道具でまともなものを見かけなかったけれども、研究所や王都では結構使えるものがあったりするのか。

私の好奇心を大いにくすぐるもので、本当に興味深い。


「アーリア、何をしているのですか。あなたの部屋に案内しますよ。」


「す、すみません!」


気づけばソウマさんが扉の先に進んでいて、大分彼との距離ができてしまっていた。

自分でもあまり自覚していなかったけれども、私、結構魔道具関係のものに触れるとのめり込んでしまうくらい魔道具が好きになっているのかもしれない。

作り始めて10年以上経つことを思うと、今更辿り着いた事実だった。

急いでソウマさんについていくと、室内なのに簡易的な庭があり、その庭を挟むようにして両側に廊下があった。

左側の廊下を進んだソウマさんについていく。


「今は検査のため不在ですが、右側の廊下の先に住んでいるのは、アリス・V・ヒトリアと、アビゲイル・メグラントです。」


名前を聞き、素直に驚いた。アビゲイル・メグラント――つまりは、王族。

基本的に、爵位を賜ると、名前にその爵位に応じた称号が入る。

公爵はD、侯爵はM、伯爵はE、子爵はV、男爵はB、そして騎士爵はKの称号が名前に入る。

私は伯爵令嬢のため、アーリア・E・フォーカルドといった具合に称号が名前に入る。

ただ、王族はこういった称号が入らず、国名であるメグラントが家名に入るのだ。


「王族の方も被験対象になるのですね。」


「通常であれば対象には成り得ないですが、何とも微妙な印を持っていましてね…。その印のせいで残念ながら王位継承権がないため、被験者としてここに住んでいらっしゃるのです。」


「そうでしたか。」


微妙な印というものが存在することに驚いた。

私もよっぽどな体質だと思ったけれども、ただ情報が外に漏れていないだけで、特別な体質である人間は結構いたりするものなのか。


廊下の先にたどり着くと、左手と正面に真っ白な清潔感のある扉が見えた。

扉付近には廊下に沿うようにして植えられた花や木々があり、室内なのに自然を感じられる不思議な光景に、南国の高級ホテルに来たかのよな気持ちになり心が躍る。

真っ白な質素な部屋で暮らすことをイメージしていたため、少しばかり気が晴れた。

何もない場所より、過ごしやすさがある場所がやっぱり何倍もいい。


「アーリアの護衛は今は部屋で待機しているはずです。少々お待ちを。」


ソウマさんは正面の扉を数回ノックし、「新しい入寮者が来ましたよ」と声をかけた。

部屋がドア一枚で繋がっていると先程ソウマさんが言っていたから、左手の扉の先が私の住むところなのか。

自分の部屋への扉を眺めていると、ソウマさんが下がり、正面の扉が開いたことに気が付いた。


「アーリア、紹介しましょう。彼があなたの護衛になるリツ・K・シアリスといいます。」


扉から出てきた彼に目が奪われた。

胸の奥で規則正しく波打っていた心臓が、次第に早まっていくのを感じた。

顔に熱が集まり、指先まで痺れそうな感覚に襲われる。


ふわふわとしたウェーブのかかった短い黒髪に、烏の羽を思わせるような黒い目、そして青白い肌に、薄い唇。

6年前に出会った時よりも遥かに背が伸びていて、今は見上げなければならない。

すらりと伸びた手足のせいか、少年っぽさがなくなっており、一人の青年がそこにはいた。

けれども紛れもなくリツさんだってことが分かる。あの時に出会った独特の雰囲気が残っている。

会いたかったリツさんが、目の前にいた。


「初めまして。リツと言います。これから共に過ごすことも多くなると思うので、リツとでも呼んでください。」


低い心地いい声が耳に入り、彼が軽く一礼する。

当たり前だけれども、あの頃の声変りを迎えたばかりのような声は一切せず、会えていなかった時間が長かったことを感じさせる。

私……しっかりしなければ。

リツさんとは会っていないことになっているのだから、動揺してはいけない。

そう分かってはいたけれども、激しく脈打つ心臓のせいで自分がうまく制御できていなかった。

ここで私が変に動揺すればリツさんに迷惑がかかってしまう。

そう思い、少しだけ息を吐き、彼の目を見つめ返し、笑顔を無理やりつくる。


「初めまして。私はアーリア・E・フォーカルドと申します。私自身慣れないところがありご迷惑をおかけするかと思いますが、こちらでの生活に慣れることができるよう力を尽くしますので、よろしくお願いします。私のほうもどうぞ、アーリアと呼んでくださいませ。リツさん。」


そう返し、一礼をした。

不自然ではなかっただろうか…。少し心配になりソウマさんに目を向けるけれども、彼は愉快そうに笑っており、何を考えているかよく分からない。

リツさんに目を向けると、無表情のままであるから、こちらもよく分からない。

会えて嬉しいのに素直に喜べないなんて、もどかしい。


「ってことで、私は色々仕事が溜まっているのでここで失礼するとします。部屋の説明とかはリツ、任せます。アーリアは、明日から検査がありますので、リツと共に印効果部の検査室に朝一来てください。場所は彼が案内します。」


ソウマさんはそう言うと、一度リツさんの肩に手を置き、何かを耳打ちしてからこの場を離れる。

何も特別な反応はなかったから、私とリツさんが初対面ではなかったことはバレなかったということでいいのだろうか。

顎に手を当て考えていると、リツさんに手をとられた。


「必要な説明をするので、とりあえず部屋に入りましょう。」


「そうですね。よろしくお願いします。」


とられた手に動揺しながら、彼に手を引かれて左手の部屋に入る。

私の手をすっぽりと包んでしまうような大きさに、彼の成長を感じる。

6年って時間は本当に長いのだな…。


私の部屋には、前もって屋敷から運んできた私物が置かれていた。

屋敷にあった私物が全く別の部屋にあると違和感があるけれども、慣れるのだろう。

というより、私の屋敷内のものより大きい部屋に驚いてしまう。

入るとすぐにソファやテーブル、そして本棚が並ぶ大きなリビングが広がっていた。

部屋というより、家のような広さだった。

目を奪われていた私の後ろで、鍵の閉まる音がした。

振り返ると、いつの間に私から離れていたリツさんが、今入ってきたばかりの扉の鍵を閉めていた。


「リツさん…?」


声をかけると、黒い目と目が合う。

少しだけその目が揺れたような気がしたかと思えば、さっと彼が私に歩み寄り、腕を掴む。

そして、そのまま優しく、でも少し強引に近くの壁に体を押し付けられた。

突然のことに行動できず、彼の顔を覗き見るけれども、無表情のままでよく分からない。

私がやはり何かしてしまったのだろうか。

やっぱり挨拶の仕方が怪しかったとか…。


「あ、あの、どうかしましたか?」


自分で答えにいきつくことができずに、たまらず声をかけた。

すると、リツさんは空いた手で私の首にかけられた水晶を手にとった。

裏に返し、そして表にし、水晶から手を離す。

そういえば、成人の儀の日に会ったシーア様も水晶のことを気にされていたなとぼんやりと思い出す。


「君が屋敷に戻ってから何度も襲われたと聞いた。何で…俺を呼ぼなかった?」


至近距離からの圧を感じるような声。

彼を見ると少し眉をしかめ、私を見ていた。

もしかして…怒らせてしまっているのだろうか。

呼ばなかったということは……この状況からもなぜ笛を吹いてリツさんの助けを呼ばなかったのか…ということだろうか。


「たしかに襲われることもありましたが、私自身で対処できる問題だったので、リツさんを煩わせたくありませんでした。」


「そんなこと、考えなくてもよかったのに……。」


掠れるような声が降ってくる。

その声からも、私を心配していたんだということが伝わり、胸が痛くなる。

6年前に会って少しの間過ごしただけなのに、こんなに心配してくれていただなんて…。

彼が心配している中でこんなことを思うのはいけないかもしれないけれど、少し嬉しかった。


「もう俺は君の正式な護衛だ。隠す必要もない。だから、何かあったら一番に頼って。自分だけで解決しようとしないで。」


懇願されるかのような強い口調でそう言われ、私はそのまま頷く。

それを見て、満足したのか、そっと頭を撫でられた。

6年前に撫でられたことを思い出し、心の奥が温かくなる。

もう会えないと思っていたのに、こんな形で出会えたことが信じられない。

それに、成長した彼を見ていると、顔に熱が宿っていくせいで、見続けることができない。

視線をどこに投げていいかわからないでいると、彼の体がぐっと近づいたのを感じた。


「ごめん…。ちょっとだけ我慢して。」


そう声が降ってきたかと思えば、背中に腕が回され、力強く抱きしめられた。

心臓が潰れるような緊張に襲われる。

リツさん、どうしちゃったんだろうか。

いや、それよりも私がどうかしてしまっている。

体全身が嬉しいと脈打っているのだから…。


私の体すべてを包むような大きな体に、改めてリツさんが少年ではなく、成人した男性になったことに気が付かされる。

見た目では気づかなかった硬い筋肉が、よりリツさんが男性だってことを感じさせ、さらに私の心臓を早く脈打たせた。

会いたかったという気持ちが押し寄せ、気が付くと私も自然とリツさんの背中に手を回していた。

少しだけリツさんの体がそれに反応するように揺れる。

今は私とリツさんの二人だけだし、6年も会っていなかったのだから、こんな気持ちになるのは仕方ない…。

なぜか言い訳する自分を不自然に思いながら、力を込めてリツさんを抱きしめ返した。


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