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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章6節:新たな道への旅立ち

「アーリア、体に気を付けて過ごすのよ?到着したら手紙を書くのよ?それと…。」


「メリー、もういいじゃないか。昨夜も伝えたことだろう。」


「だって、あなた…。アーリアが。」


母親が父親に縋りつくようにしがみつく。

その目は涙に溢れていて、今にも倒れそうなほど足元がふらついていた。


「伯爵夫人様、以前にもお伝えしました通り、アーリア様は我が研究所でしっかりとお守りいたします。被験者の中には騎士団に所属するほどの実力を持つ者もいます上に、国家の重要事項を取り扱っている機関であることからも選び抜かれた精鋭たちが警備にあたっております。私も目を光らせております故、彼女は安全に過ごせるでしょう。」


「えぇ…。そうですね。」


ソウマ卿にそう言われ、母親が涙を拭いながらそれに応じる。

私は母親の背を撫でてから、周りを見渡した。

母親と父親、そして兄と使用人達が集ってはいるけれど、イルドレッドの姿はない。

どうしたんだろうか…。

今日は来るって前から言っていたのに…本当に具合が悪いのか、それとも、別の理由があるのだろうか。

私はイリアを手招き、彼女にイルドレッドの様子の確認と異常があれば報告がほしいことを伝えた。


「お任せください、アーリア様。あと、どうかご無事で。」


イリアは力強く頷く。不安な気持ちが少しだけ和らいだ。


「アーリア。君を守ることができなくてごめん。」


イリアが下がるのを見計らって兄が私に話しかけてきた。

目尻はこれ以上ないくらいに垂れ下がっている。


「いいえ、兄上様。これは私自身の判断で決めたことでございますから。」


「君は甘えることを知らないから心配だよ。君を狙う者については私の方でも引き続き調べる。それに、君が生きやすい環境を作るためにも頑張るから。だから、居場所はないって思わないでおくれ。」


「ありがとうございます、兄上様。でもどうか、無理だけはなさらずに。」


「わかったよ。」


兄は目尻を垂らしたまま、私の頭を撫でた。


「では、そろそろ出発しましょう。いつ敵襲を受けるかわかりませんから。」


ソウマ卿はそう言いながら、彼の傍にくるよう私の手を引いた。

それにあわせて一緒に行く護衛がソウマ卿の周りに集まる。


いよいよこの屋敷を離れるんだ。

成人を迎えたら自立してと色々考えていたけれど、実際は状況が色々重なって、想像していた未来とは違う未来に行きついた。

研究所での生活がどうなるかは分からないし、ゼロからのスタートだけれども、そこから何かまた組み立てて目標を立てて生きていこう。

私は前世でどん底にいたけれど、そこから自分で立ち上がった。

意図せず死んじゃったけれども…でも、死んでゼロになった状況から、また立て直した。

今回もそんなようなものだと受け止めれば、少しは明るくなれる。立て直すことは得意だ。

勇気をもらうように髪につけているリツさんからの髪留めに触れた。


ふわりと宙を舞う光が私の目の前を横切った。

目で追うと、ソウマ卿の手元に光が集まっている。

ふっと彼が笑うと同時に目も前が真っ白になり、テレポートしたことがわかった。


「いいですか、アーリア様。私がいいと言うまでは私から離れないことです。昨日敵を捕らえましたが、正体は暴けていません。どこからどう来るのか予測できませんから。」


「わかりました。」


王都の検問所を抜けながらソウマ卿がそう言われた。

てっきり研究所までテレポートで行けるものだと勘違いしていたけれども、遮断機が設置されていたのを忘れていた。

遮断機は、この世界にもともとあった数少ない魔道具の内の一つだ。能力の効果を一時的に無効化できる効果を持つ。

王都や研究所のような重要な場所は、テレポートで容易に足を踏み入れることができないようになっている。

けれども、この遮断機を発動させるためには、定期的に魔力を注ぐ必要があり、また、その量も膨大だ。

扱いにくい上に、それなりに高価な物でもあるから、限られた場所にしか設置されていない。

この遮断機の扱いにくさを解消する方法を見つければ、儲けられそうだな。

遮断機を見る機会があれば何かしらの解消法を見つけてイルドレッドに共有しないとな。


「アーリア様は印効果部の被験対象となることが決まっています。印効果部というのは、それぞれの印の効果を調べ、潜在能力を探ることを主に研究を進めています。昔と比較しますと印の効果については分かってきてはいますが、分からないことはまだまだたくさんあります。」


印がない私が印効果部に入るというのもおかしな話な気がするけれども、私のような人間はいないに等しいし、専用の研究部門があるような気がしないのでそこには特に口を挟まない。

被験対象となった場合は、研究の内容にあわせて検査を受けたり、開発された薬を飲んだり、家族や私からの同意を得た場合には、体を開き各臓器の反応を見たりなどを行われたりする。

もちろんタダでというわけではなく、被験対象となった者には、その見返りとして定期的な収入を得る。

研究内容が過激であればあるほど、その見返りも大きい。

食事や住む場所も提供してもらえ、そして収入も得れるとなれば高待遇ではあるが、研究部門によっては命を落とすこともあるらしいので、喜べる立場ではない。

そういった危険性があることも、私の家族が被験対象になることを反対した理由の一つだ。

過激な実験には参加させないようにするといった内容をソウマ卿が両親に説明していたけれども、私が目の届かないところにいる上に、今回のように王家の命が下されるようなことがあれば拒否権がなくなってしまうから、両親はひどく心配していた。

その恐ろしさを一切感じていないわけではないけれども、それを覚悟の上で受けると決めたのだ。


悶々と考えている内に、研究所の見える位置まで辿り着いていた。

見上げるほどの赤褐色の大きな城がそびえ立つ。


メグラント王国は古より学問に重きを置いてきた。

それを表すように研究所の建築を進めたと書物には記されている。

知識こそ国を守る力となることを信じており、実際にその知識を用いて他国の侵略を退けてきた歴史がある。

その思いがひしひしと伝わってくる研究所の威圧に圧倒される。

ここに私は住むのか……フォーカルド家の屋敷の何倍もの大きさだ。

迷いそうで不安になるな。


「その驚きよう、笑えますね。まぁ、無理もありませんね。王城と同等の大きさの研究所だなんて他国では考えられないことです。」


「えぇ…圧倒されました。ここで副所長をされているソウマ卿もすごいですね。」


「適任者がたまたま他にいなかっただけです。それに、もうそのソウマ卿っていうのもやめませんか?研究所に貴族間の呼び名を持ち込むのも疲れますし、普通に呼んでください。」


だるそうにソウマ卿が息をついた。

私の屋敷に来ていた時は無理をしていたのが見て取れる。

私は慣れているからいいものの…そうか、たしかに爵位によって呼びかけを変えたり気を遣ったりするのは疲れるよなぁ。

前世の頃の私のままだったら落ち着かなかっただろうし。

それに、私はこれから研究所で暮らすのだ。郷に入っては郷に従え、というようなものかな。


「わかりました。それでは、ソウマさんとお呼びしますね。ソウマさんも私のことは気軽にアーリアとでもお呼びください。」


「理解が早くて助かります、アーリア。あと、研究所で目にしたものは外に漏らさないと約束してください。後からその契約を交わしますが、外の人間に渡ってしまえば計り知れない損害が出る情報も中にはあります。漏らしたと分かれば反逆罪で罰せられますよ。」


何でもかんでも反逆罪って…。

苦笑いでそれに返し、約束する旨をソウマさんに伝える。

外の人に漏らすつもりは少しも考えていないし、イルヤンカに渡す情報は私の頭から生み出したものだけだ。

ソウマさんと話をしながら、私達一行は研究所に向かって足を進めた。


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