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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章5節:贈り物

晩餐会を無事に終え、私はイルドレッドを探していた。

使用人に確認しても彼の行方を知っている者はいなく、恐らく帰ったのではないかと返ってくるばかりであった。

具合が悪そうだったけれども、大丈夫だろうか。

私のところに来たのに声をかけずに帰るだなんて、今までなかったことなのに。


「探し人はいましたか?」


私を待っていたソウマ卿が壁にもたれながら私に問いかける。

晩餐会を終えた今でも護衛のために傍にいてくれている。

彼の問いに首を横に振る。

結構探したけれども、いなかったし、残念ながら帰ったのだろう。

ソウマ卿は私が自分の部屋に戻るまで傍にいるし、これ以上付き合ってもらいのは申し訳ない。

イルドレッドには明日の朝に見送りに来てもらう予定だし、今日のところは諦めよう。


「ソウマ卿、お付き合いいただくこととなり申し訳ございません。」


「私の仕事ですからね。安全のためにも部屋にお戻りいただいてからも私の部下が護衛にあたります。私は明日に備えて控えますが、何かあれば叫ぶなり何なりしてください。」


「わかりました。ありがとうございます。」


ソウマ卿に部屋まで送ってもらい、感謝の気持ちを込めた礼をする。

見張り役ではあるかもしれないけれども、こんな何ともない女のために一日中傍について招待客の相手をしたのだ。

疲れるだろうし、見えないところで相当力を注いだのだろう。

彼は護衛のため、そして、明日の出発のために屋敷内に泊まってもらっている。

侍女を呼び、ソウマ卿の疲れが癒えるような飲み物を持っていくことと、彼が望むことは可能な限り叶えるように伝える。

侍女が去ったのを見送り、入口の護衛に会釈し、自分の部屋に入る。


すると、私の部屋の椅子にシーア様が座っていた。


「えっ…シーっ…」


言葉を紡ごうとすると、シーア様が空気を切るように腕を振り、私の口から出たはずの声が声にならなかった。

飛んだ魔統文字を読み取ると、私の口から出た声の振動を止めたようだった。

シーア様がここにいることを知られてはならないのか。

急いで後ろ手で戸を閉め、そっと鍵をかける。

侍女はソウマ卿の元に向かわせたし、護衛は部屋の外にいる。

少しの間ならシーア様と二人きりになれるだろう。


「びっくりさせてしまってごめんね?どうしても届けたいものがあってねぇ。」


「どうか謝らないでくださいませ。私としては、シーア様に再会でき嬉しく思っております。」


声を落としながらシーア様が笑っていた。

6年振りの再会だったけれども、シーア様は何一つ変わっていなかった。

いや、初めて出会った時から変わっていない。

精霊は数千年単位で生きるから、きっと老化も遅いのだろう。

王族用の礼を捧げてから、シーア様に向き合った。


「その前に…リツが君に渡した水晶はまだ持ってる?」


「えぇ。常に身に着けております。」


私は手首に巻いているネックレスを解き、シーア様に見せた。

彼は一瞬目を開いてから、少し息を吐いた。

小さく「もういいよ」という声を聞いてから、私は首にネックレスをかけた。

何かを確認したかったようだけれども、大丈夫だったのだろうか。


「これ、リツからだよ。アーリア、今日は成人の儀だったでしょ?」


一歩近づき、シーア様が私の手をとった。

その手に封筒と布袋がそっと置かれる。


リツさんから…?

というより、今日が私の成人の儀だって知っていたことに驚きを隠せない。

どうして、よりも嬉しさが込みあげてくる。

目の前にいるシーア様に許可を得てから封筒の封をきって中に入っていた紙を広げた。


『成人の儀、おめでとう。』


その紙には一文、綺麗に整った文字でそう書かれていた。

これが、リツさんの文字。何だかリツさんらしい文字だなと思った。

私のためにここまでしてくれて、彼の存在の一部を感じることができたことに胸がいっぱいになる。


本当に嬉しい。

最近色々なことがあって心が荒んでいくような気持になっていたけれども、今本当の意味で成人になった実感を受けた気がした。

渇いた気持ちが満たされていくような幸福感。


「何て書いてあったの?」


シーア様が私の頭を撫でながら、紙を覗き込んだ。


「へ。リツ、これだけ?あいつ、どれだけ…。」


シーア様は不満げに自分の頭を掻いていた。

その様子がおかしくて、少し笑ってしまう。


小袋も一緒に貰ったことを思い出し、手元にある小袋の紐を解いて中身を取り出す。

赤い花のように折り重なっている宝石が埋め込まれた髪留めが入っていた。

これはもしかしなくても…贈り物だろうか。

手紙だけでもいっぱいいっぱいなのに、贈り物までついてくるだなんて。

何だか、研究所に連れられることで気持ちを落としていたのが馬鹿らしくなってきた。

私が心の中に今持っている幸せを忘れなければ…この気持ちを一つ一つ大切に持ち続けていればどこでも楽しく過ごせるのかもしれない。


「シーア様、手紙と贈り物を届けてくださりありがとうございます。私、実は気持ちがすごく落ちていたのですけれども、本当に楽になりました。」


「俺を伝書鳩扱いしてるリツにイライラするけどね。ま、アーリアが笑ってるところ見れたからよかったかな。」


先程は変わらないと思ったけれども…はにかんで笑うシーア様を見ると変わったように感じた。

こんな風に柔らかく笑う方だっただろうか。

リツさんと共に過ごして考え方が変わったところがあるのだろう。


「申し上げにくいのですが……リツさんにお返事を書きたいので、お渡しいただくことは可能でしょうか。」


「わかったよ。ただ、人の気配が近づいてきてるから急いだ方がいいかもね。」


快く受けてくれて、私は急いで机に向かい、紙と羽ペンを取り出す。

書きたいことがたくさんあるはずなんだけれども、今書くのには適切でないようなそんな気持ちになって…結局は感謝の気持ちを綴るにとどまった。

手紙を書いているとリツさんに会いたくなる。

どんな風に生きているんだろうか…もっと強くなっていたりするのかな。


「シーア様、頼みごとをしてしまい申し訳ございません。リツさんまでどうぞよろしくお願いいたします。本当に嬉しかったです。」


「了解。もう人来るから出る。」


シーア様が手を差し出すと私の部屋の窓が大きく開いた。

窓の淵に足をかけながら、シーア様が私の方を向いた。


「いつも山に色々届けてくれてありがと。全部ちゃんと受け取ってるから。じゃ。」


そう一言残してシーア様は夜の風に乗って飛び出していった。

すぐに窓が閉まったかと思えば、私の部屋の戸をノックする音が聞こえた。

ぴったりのタイミングだ。


シーア様には、6年前に助けていただいたお礼として毎年魔道具やお菓子を届けていた。

サイリア山脈の境界線ぎりぎりに贈り物と手紙を置いていたのだけれども…どうやら見てくれていたみたいで安心した。

境界線の場にある崖に落ちてしまっている可能性も考えていたけれど、そうならないようにシーア様に仕えている精霊達がうまくやってくれたのかな。


「あら…アーリア様、その髪飾りはどういたしました?すごく立派で美しいですね。」


「お祝いとしていただいて…とっても素敵ですよね。」


部屋に入ってきた侍女にうっとりした声で褒められた。

光を受けてきらきらと輝いていて、私自身も見惚れている。

これをリツさんが選んでくれたんだなぁ。

もう私と会って6年経っているのに、言い表せられないくらい嬉しさでぽかぽかと温かくなってくる。

この一連の流れで本当の意味で明日への覚悟ができた気がする。


「さぁ、明日出発するためにも、最後の準備を終わらせましょうか。」


笑顔で侍女にそう言った。



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