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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章4節:晩餐会

成人の儀で私が襲われそうになった件は、一先ず今は公表しないことにした。

晩餐会に呼ばれた人に混乱を与えるのを避けるためだった。

晩餐会が中止になる話も出たが、この日のために招待した人が多く、また、各地の貴族も多く呼んでいた。

何日もかけてフォーカルド家に来た人もいる。

それを考えると中止にするという選択肢はとれず、また、私がいない状態で晩餐会を開くのも失礼にあたるためできなかった。

代わりに、兄がエスコートする予定を変更し、ソウマ卿がその役をとることになった。

成人の儀の場にいた人の中で一番戦闘力があり、私を守れる可能性が高い人。

ソウマ卿はそれを「喜んで」との返事一つで承諾した。


「ソウマ卿……よろしいのでしょうか。私と共に晩餐会に出ることになって。」


心配して、彼の顔を覗き込む。

今は控室でソウマ卿と控えており、晩餐会の開始を待っている状況だ。

若干緊張していることもあり、少し離れて過ごしていたかったが、ソウマ卿が私の腰掛けているソファーに隣に座ってきた。

無暗に立つのも何だか失礼のような気がして気が引け、そのままにしているが、こんなに密着しなくとも…と思う。

誰とも婚約していない私がソウマ卿にエスコートされれば、私と恋人関係だと捉えられてしまう可能性が高い。

私は別にそう捉えられても困ることはないのだけれども…もしソウマ卿に恋人がいたりすると彼が今後動きづらくなってしまうのではないか。

私の安全を考えると今更変更できないのは理解できるが…聞かずにはいられなかった。


「私は構いませんよ。それに王家には姫君を見張るように頼まれているのです。私にとっても都合がいい。」


「やはりソウマ卿がこの場にいますのは、私を見張るためでしたか…。」


「この状況下では当然でしょう。明日には姫君を王都に連れて行きます。絶対に逃しませんからね。私の首がかかっていますから。」


「逃げることは少しも考えていません。私はもう覚悟しております。」


あっさりと見張るために来たと言ってしまうあたり驚いたけれども、そうだろうなと思っていたから衝撃はない。

逃げることなんて微塵も考えていないのに……どうしてこんな固く目をつけられているのだろう。

少しだけ困ったように息を漏らした。

最後の最後くらい、不満なく家で過ごしたいものなのに。


「それはそうと、姫君、そのブレスレットは美しいですね。どちらで買われたのですか?」


そう言い、私の手首に巻いてあるリツさんから貰った水晶に触れてきた。

つい、反射的に手首を逸らせてしまう。

なぜ気にしてくるのだろうか…特段目を引くものではないだろうに。

笑っている顔からは意図を読み取ることができず、困惑する。

リツさんとのことを決して察せられてはならない。

それに、これだけでは何らかの繋がりを特定することは難しいはずなのになぜか心がざわつく。

今までイリアとかに綺麗だと言われることはあったのだけれども、ここまで気にする人はいなかったからだろうか。


「これは使用人からいただいた物です。思い出の品としていただいたので、どこで購入したのかは分かりません。」


「使用人ですか…。姫君は随分と使用人想いなのですね。」


「いただいた物を大切にするのは当然のことです。」


「はは、正論ですね。いやはや、時折大切そうに撫でるものですから、すごく大切な人から貰ったのですね?」


私の顔を覗き込み、黄色い目が私を刺すように見てくる。

たった数時間しか一緒にいないのに、私のことをそんなに見ているのか。

それに、私は、そんなに分かりやすかったのか。

自分が無意識に軽率な行動をとっていたことがわかる。

無理に否定するのも怪しいので、少しだけ事実を話すけれども、核をつく部分は言わない。


「はい。大切な人です。」


「そうでしたか…。姫君にもそんな人がいたのですね。」


意味深そうにそう言うと、愉快そうに口角を上げ、ソウマ卿はそのまま体をソファーの背に預けた。

今の話で愉快になることがあるのか疑問だけれども、これ以上深く聞かれたいわけでもないため、私も口を閉じている。


そうしているとノックが聞こえ、入室を許すとイリアが入ってきた。


「アーリア様、そろそろお時間です。」


「ありがとうございます。では、ソウマ卿、参りましょう。」


「えぇ、では、腕をどうぞ。」


ソウマ卿は自身の腕を差し出し、腕を組むよう勧めてくる。

その通りに彼の腕に自分の腕を絡めると、きつく腕をしめてきた。


「安心してくださいね。エスコートはしっかりいたしますから。」


そう言って、ソウマ卿の手が軽く巻いている水晶をそっと撫でた。



基本的には、何らかの会を開き、人を招待すれば、爵位に関係なく、招待客が招待主に挨拶にくる。

私と家族、そしてソウマ卿は所謂招待した側にいるので、挨拶に来てくれる客に一人一人応じていく。


ソウマ卿はこういった場に慣れているのか、笑顔を枯らせることなく、爽やかに招待客に接していた。

招待客の反応も悪くなく、むしろ、話を終える頃にはソウマ卿に虜になっているかのような反応を見せる。

前日まで準備を進めてきた私とは違う立場であるのにも関わらず、招待客の名前をすべて把握していた。

それに、招待客が本を執筆していたら、その感想を添えたり、相手の趣味を把握して、その話を少し交えたりと一人一人にあわせた話をしていく。

こんなに真摯に招待客に接するなんて……想定外だった。

最初に私を見るときに、不満そうな顔や嫌悪したような顔を見せる人でも、ソウマ卿と少し話すとリラックスし、笑顔になる。

護衛の他にも、社交に関しても卒なくこなすなんて……。

ソウマ卿に少し不信感を抱いていたけれども、この姿は素直に尊敬する。

私も自分に印がないことに臆病にならないで精一杯やらなければ――そう気を引き締める。

招待したのは私、ソウマ卿に負けないぐらいに頑張らなければ。




「失礼ですが、ソウマ卿とレディ・アーリアはどのようなご関係で……?」


挨拶をそろそろ終えるといったところで、興味津々といった感じで一人の侯爵夫人が私たちにそう問うた。

やっぱりこの質問がきたか…というより、侯爵夫人から問われるまで誰も聞いてこなかったのが不思議なくらいだ。

ソウマ卿が常に話のリードをとっていたからだろうか…。

ソウマ卿とは仲のいい友人であり、兄が多忙のため代わりにエスコートしてもらったと話すことで話を合わせている。

そう言おうと口を開くと、ソウマ卿の腕が腰に回るのを感じた。

それを見て、侯爵夫人が息をのむ。


「アーリアは、私の大切な人でございます。」


「まぁ…!それは、初めて耳にしましたわ。」


大切な人…それでは誤解を生んでしまう。

いや、私は身を固める予定ではないから、別に構わないけれども、想定外の行動をとられると困ってしまう。


「誰にもお話していなかったので…。私の一目ぼれで時間があればすぐ傍についてしまうんです。」


「まぁまぁまぁ!それは素敵なお話ですこと。レディ・アーリア、ソウマ卿は騎士爵ですけれども、素晴らしいお方なのですよ。お強いし、聡明で、こんなに凛々しい。王都でも人気があるのですよ。ぜひ身を固めてみては…?」


興奮気味に侯爵夫人に迫られる。身を固めるって……。

ソウマ卿に目をやると意味ありげな笑顔を私に向けている。

第三者が見れば恋人を微笑むように見る優しい彼氏といったところだと思うが、私から見ると話を合わせろと圧を感じる恐ろしい笑顔に見えた。

そんなに恋人で通したいのだろうか。

どんな意図があるのか分からないけれど、一先ず話を合わせておこう。


「ソウマ卿は、私には勿体ないお方だとは常々思っております。ただ、ここまで想われて女性として幸せですわ。時期が来ればいずれはその判断をするかもしれません。」


「まぁ…!相思相愛ですわね。取られちゃう前に早く決断しなくてはね。」


満足そうに侯爵夫人はそう笑った。

周りの夫人や令嬢たちが聞き耳を立てていたらしく、すぐさまその場を離れ、別の令嬢に話をしに行くのが見えた。

浮ついた話が今まで一つもなかった私が、成人の儀の晩餐会でいきなりソウマ卿をエスコート相手に選び、それでどうやらお互いを想い合っているらしい。

噂好きの夫人や令嬢たちが好みそうな話だ。これは、一気に広がりそうだな。

面倒くさいことにならなければいいのだけれども…。

侯爵夫人が去ったのを見て、一つ息をついた。


「事前にしていた話とは少し違う方向性に向かっているようですが…。」


「すみませんねぇ。思っていたよりも貴方に張り付こうとしている男が多そうで…一人ひとり片づけては非常に効率が悪いので、ある程度蹴散らしとこうかと。それでも貴方に近寄ってくる者がいれば、そこから相手を探ればいいのです。あくまでお守りするためにとった選択肢ですから、我慢してください。」


そっと耳打ちでそう言われた。

そんな意図があるならば、仕方ないか…。

ふと顔を上げると、私たちの傍に両手に飲み物を持ったイルドレッドがいた。

正装に身を固め、髪もしっかりと整えられ、いつもの彼より何倍もきまっていた。

でも、目は大きく見開き、私を見て顔が青ざめていた。

大丈夫だろうか……具合が悪そう。


「イルドレッド氏…」


声をかけようとしたけれども、後ずさり、私たちに背を向けてその場を立ち去ってしまった。

まるで、私を避けるかのようだった…。


「あの男は知り合いですか?先ほどからずっとこちらを見ていましたが…。」


「えぇ、私の大切な友人です。もう出会ってから十年は経っています。」


「彼はそう思ってなさそうですがねぇ。ですが、今追うのはナシですよ。やるべきことがまだありますし、何よりも予定していない行動をとることは危険です。」


彼はそう思っていないって……そうれはどういうことだろうか。

気になるし、イルドレッドも心配だけれども、ソウマ卿の言う通り、勝手に動くのは危険だ。

人もたくさんいるし、敵が紛れている可能性がある。

ここは堪えるしかない。

ソウマ卿が私の腰に手を回し、私を次の場までエスコートする。

イルドレッドが去った方向を一度見て、私はソウマ卿に連れられ、その場を離れた。


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