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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章2節:決意

父親の話を聞いてしまってから数日間、私は思い悩んでいた。

父親に王家の命の詳細を自分から聞くべきか否か…。

あくまで私は盗み聞ぎで知った内容である。

きっと父親が意図したタイミングで私が知ったわけではないだろう。

父親なりにタイミングを計っているのかもしれない。

けれども、私の将来に関わってくる話であるならば、当然ながら知っておきたい。

私の行動で変えられることがあるかもしれないし、指を咥えて待っているなんてできない。

悩みぬいた末、私は兄のウィルカスに聞くことにした。

もし兄が私が知ったことをまだ父親に伝えない方がいいと判断した場合は、その場で聞いたことを黙ってもらうことができると考えたからだ。


兄の部屋の戸を意を決してから叩く。

私の名を告げ、兄の許可する声を聞いてから戸を開けた。

椅子に座り、眼鏡をかけた兄が、読んでいた本から目を上げるのが分かった。

兄は眠る前に本を読んで気持ちを落ち着かせることが多い。

話しやすいこのタイミングを狙って訪ねた。


「どうしたのかい、アーリア。君がこの時間帯に訪ねてくるのは珍しいね。」


「夜分遅くに申し訳ございません。少し座ってお話したいことがございまして。」


「ほらここに座りなさい。」


兄に向かい合う椅子に促されて座る。

すかさず兄についている使用人が2人分のホットミルクを渡してくれる。

口に含むとシナモンの豊かな香りが口いっぱいに広がり、落ち着く。


「それで、アーリアは何が話したいのかな?ここ数日顔色が優れなかったけれど。」


私の気持ちを察してか、本を閉じ、早速話を聞いてくれる姿勢になってくれていた。

6年前と比べると兄の鼻はすっと伸び、顔に残っていた幼さが抜け、繊細ながらも男らしさを感じる顔立ちになっていた。

でも、優しさを感じる目元は、子供のころから変わらず、何だか嬉しくなる。

兄の顔を少し見つめてから、私は口を開く。


「私は、そう遠くない未来にフォーカルド家を出ることが決まっているのでしょうか?」


私のその言葉に不意を突かれたような顔をし、兄の動きが止まった。

口を開いていないが、なぜ私がその話を知っているのかと目で訴えていた。


「申し訳ございません。数日前に父上様と兄上様の話を聞いてしまいました。王家から私がフォーカルド家を出るように何らかの命を受けているといった内容です。私はなぜ、フォーカルド家を出なければならないのでしょうか。私が何かしてしまったのでしょうか。」


「聞いてしまったんだね…。アーリアには時期を見て話そうと思っていたんだけど、隠すようなことをしてしまってごめんね。最初に言っておくけど、アーリアが何か悪いことをして、それを罰するために命が出ているわけじゃないよ。」


気持ちを落ち着かせるためか、兄が一口ホットミルクを飲む。

微かにコップを持つ手が震えているような気がした。


「アーリアの印がない体質に関連することなんだ。アーリアがもう成人になるから、国立王都研究所に来るように言われているんだよ。」


国立王都研究所―――そこは、名の通り、国が設立した研究所で、様々な研究分野が設けられ、研究が日々行われている場所。

新薬の開発や、歴史の研究、魔物の生態など、数えきれないほどの研究分野がある。

国の研究をすべて集約するために作られた研究所で、王城とほぼ同じ大きさの城とも呼べる建物が建てられ、研究者が集っている。

そこに何故私が印関係で行くことになるのだろうか…もしや――


「印がなかった者は、伝承を見ても1、2人いるかいないかというぐらい珍しいことなんだ。王国としては、印がない状態で得られるメリットとデメリット、そして、なぜ印がない状態で生まれたのかの研究を進めたいらしい。」


私としてはデメリットしかないだろうと思っているが、要は、無印(ムジルシ)の人間が今後生まれないように対策をとりたいといったところなのだろう。

もし一切有用性がなければ、無印(ムジルシ)の人間が増えるのは国としても望むところではないはずだ。

不要な人間……そう言われたような気がした。


「被験者として研究所に住むように命が出ているから、アーリアはフォーカルド家を出る必要があるんだ。」


「研究所に住む……これは住む期間が決まっているのでしょうか。」


「実は、君が子を成した後に子にどのような影響が出ているのかまで見たいらしい。だから、期間は設けられていないし、場合によっては人生の大半そこで過ごすことも十分あり得ると説明を受けているよ。」


人生の大半を被験者として過ごす可能性がある……。

私は幸せになりたくて、自分の足で立って歩きたくてここまで来た。

それなのに、研究対象として研究所に閉じ込められる可能性があるなんて。

奈落の底へ突き落されたような絶望感が身を包んでいく。

今まで積み上げてきたものがあざ笑われている気がする。

魔道具だってここ数年でたくさん開発した、電話のような魔道具だって中継器の増設が終われば使えるように今工事を進めている最中だ。

イルヤンカも5店舗目を出すことが決定し、成人後はその視察に行く予定で…。

次から次へと思い描いていた未来が潰されていく。

私がいなくても、イルヤンカは回るかもしれないけれど…私は、それを傍で見たかったし、自分の力でもっと羽ばたきたかった。

目に熱が集まるのを感じたけれど、兄の前だ。

ぐっと堪え、感情が表に出ないように努める。


「兄上様は、この王家の命を受けない道はあると思いますか?」


「貴族は王家のものと定められている。だから、逃れる術はないと思う。この命を背けば反逆罪として罰することも言われているからね。」


「そんな…。」


「父上は、何とかこの命を取り下げてほしくて、何度か陛下と謁見されている。」


反逆罪って、なんて極端な。

そこまでして私を研究所に連れていきたいのか。

反逆罪になると、王家や公爵家クラスでなければ打ち首になるだろう。

そんな恐ろしい罰が背後にあるのに、取り下げてほしいと王家に願うことは、かなりリスクがある行為だ。

その願いこそが反逆罪と捉われてしまう可能性がある。

それなのに父親は……胸の奥が熱くなるのを感じた。

それに、兄は父親の行動に反対していない。


それだけで十分だった。

私には、こんなに私のことを想ってくれている家族がいるのだ。

もう……すでに人生における幸せは掴んでいるのではないか。

家族の命と私の未来、考えるまでもなく、私の選択は決まっている。


「兄上様、私、王家の命に従います。」


「アーリア!まだ早まらないで!父上が今も王都に向かっている。今度の謁見で何らかの進展があるかもしれない。」


「本来であるならば、その行為も危険なものであるはずです。」


私がそう言うと、兄が一瞬口を噤んだ。


「私は家族を危険に晒す方が辛いのです。それに、研究所暮らしが悪いとも限りません。もしかすると待遇もいいのかもしれません。」


「アーリア…」


「イルヤンカもイルドレッド氏が回せるはずですし、のんびり暮らすのもいいかもですね。」


口が止まらない。

兄が何か話す前にと、なぜか話し続けてしまっている。

兄は眉を垂らし、今にも泣きそうな目で私を見ていた。


「どんな環境だっていいところを探せば楽しくなるはずです。だから、私のことを気にせずに王家の命に従うことを伝えていただきたいのです。」


「アーリア、父上や母上、そして私のことは考えなくていい。だから…」


「兄上様、私は決めたのです。王家が決めたことであれば、きっと意味があるはずです。私は王家に絶対の忠誠心がございます故、それに従うのみです。これが私の意思ですから、叶えていただきたく思います。」


兄からの次の言葉が発せられることがないよう、強い口調でそう伝えた。

家族からの気持ちは痛いほどわかった。

私には勿体ないくらいだ…。

ここまで幸せを掴んでいるのに、それ以上を求めるのはきっと間違っている。

私はすでに前世より幸せを感じているのだから。


「それでは兄上様、私はそろそろ失礼いたします。お時間をとっていただき、ありがとうございます。」


私は立ち上がり、兄に一礼した。

そして、話しかけられる前に退室しようと兄に背を向けた時、腕が掴まれた。

振り返ると兄が今にも泣きそうな顔で私を見ていた。


「アーリア…私は君をこういった形で手放したくはないよ。」


強く強く腕を掴まれ、痕が残るのではないかと心配するくらいの痛みがあった。

ただ、私を掴む手が震えていることが、痛み以上に気になる。


「父上も母上も同じだよ。」


「けれども、私はこうするしか道がないと思います。それに、フォーカルド家全員が打ち首にされるのは、領民にとって最善のことでしょうか。」


フォーカルド一家がいなくなれば、別の貴族がこの地を領地にする。

その新たな領主が善良であればいいけれども、そうとは限らない。

領民は自分の道具として考えている領主も少なくはないのだ。


「私は、父上様、そして、兄上様がフォーカルド領にとって最善の領主であると考えております。領民たちからの信頼も厚く、その信頼に応えるだけのお力があるからです。ですからどうか、領民の幸せを考えてここは一番良い選択をしましょう。」


これは本心。

兄を諦めさせるためだけに吐いた言葉ではない。

私たちは、私たち家族のことだけを考えていい身分にはいないのだ。

私の言葉で理解したのか、そっと腕から手が離れた。

次期領主として、耳に痛い言葉をかけてしまったかもしれないけれど、必要な言葉だった。

私は何も言わず、そっと兄から離れ、「おやすみなさいませ」と言葉をかけた。

今度は引き止められずに、部屋を出た。

兄の項垂れたような姿がひどく痛々しかった。



翌日には、王家宛と父親に手紙を書き、屋敷の鳥の印(トリのイン)持ちに届けるように手配した。

父親には、王家に命を受け、すでに王家にはその旨を伝えたとの内容を、そして、王家には、命を理解し、すぐに従うための行動をとることを伝える内容を書いた。

すぐに帰ってきた父親には強く怒鳴られ、この世に生まれて初めて頬を叩かれた。

けれども、その顔は泣いていた。


心の痛みが引かぬまま、王家から喜びの返事を受け取った。


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