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無印の呪い  作者: J佐助
国立王都研究所編
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第2章1節:王家の命

私が誘拐されてから6年目を迎えようとしていた。


手元にある書類に判を押して、すでに積まれている書類の上に載せながら、別の手で違う書類を自身の前に引き寄せた。

魔道具の販売における許可だったり、新魔道具の開発に必要な素材の決算の書類だったりと、溢れんばかりの書類に囲まれている。

前世でやってた仕事にほんの少しだけ近しいものがあるから、特に苦は感じない。

けど、長時間椅子に座り続けて書類とにらめっこでは、やはり疲れてしまう。


「アーリア様、そろそろ休憩にしましょう。日が傾くまで働き詰めで心配でございます。」


イリアがティーカップとポット、そして焼き菓子を乗せたデザートワゴンを押しながら、心配そうにこちらを見ていた。

もう日が傾いているのか…思ったよりも時間が経過していたようで、自分でも少し驚く。

腰がこんなに痛いわけだ。

腕を伸ばすとぽきぽきと気持ちのいい音が聞こえてくる。


「じゃ、休憩にしますか。ありがとうございます、イリア。」


机の上にそっとティーカップを置かれと、甘い香りが鼻の奥を誘うように刺激する。

ミルクティーだ……大好きなやつだ。


「毒見は私、イリアが行っております。30分前に同じものを飲んでおります。」


「いつものことながら申し訳ないです。」


「それが私の仕事でございます。アーリア様をこれでお守りできるのであれば、本望です。」


実は、この数年で何度か私は襲撃を受けていた。

私の飲もうとしていた紅茶の中に、痺れ薬みたいなものが入っていたり、鍛錬中に薬が塗られた吹き矢が飛んできたり、視察中に領民に切りかかられたりと様々だ。

都度犯人を捕らえるのだけれども…依頼されてやっただけだと口を揃えて言うのだ。

詳しいことを吐かせようと拷問をしても、何も吐かない――というより、何も知らないような人間ばかりだった。

その依頼主とやらを追おうとしても、手がかりがなく、どこの誰だか分からない。

こんな状況から、私はほとんど屋敷を出ることができず、信用のある一部人間だけを常に傍に置いている状況だ。

正直、窮屈だし、常に狙われていることを思うと、気が滅入ってしまいそうになる。

このままでは自立どころか、一生この屋敷で過ごすことになる未来が見えてしまっている。

私を狙っている人物に未来を握られているようで、もどかしく、そして怒りがある。

こんな執拗に追って、何がしたいのだろうか。

目的がどうであれ、思い通りにはならないし、私だって何もしていないわけではない。


甘いミルクに絡む少しの苦みが舌の上を流れ、気持ちが和らぐのを感じた。

鼻から抜ける深い葉の香りが落ち着かせてくれる。

前世より確実に紅茶を飲んでいるが、この世界の紅茶はいい。繊細でありつつも、深く味わるものが多い。

それとも、私の味覚がここに来てから研ぎ澄まされてるのか――どちらか分からないけれども、私が満たされる瞬間の一つであるには違いない。


「テリア・V・ボックスの近頃の動きはどうですか?」


一息ついたところで、イリアに尋ねる。

イリアには、今は亡きバッカスの動きを追ってもらっていた。

リツさんが私の解毒の薬を作った時に、使用していた薬草を私が目で見て覚えていた。

その薬草で効果を打ち消される薬を片っ端から潰し、数年前に名もない痺れ草を見つけ、そこから辿ってもらっていた。

父親とは別のルートで探ってもらった結果、ボックス家にたどり着いたのだ。

テリア・V・ボックスは、私が約6年前に誘拐される前にバッカスと接触していたことが分かった子爵夫人だ。

今年で24歳になる若さだが…一体何の用があってバッカスと会っていたのか。

ボックス家とは、フォーカルド家は交流がないに等しい。

南部に小さな領地があり、商業で富を得ているらしいが、特に大きな話は聞かない。

一般的な子爵家といったところで、目立つわけでもなければ、地味なわけでもないといったところ…。

ボックス子爵は、気難しい性格だけれども、夫人がいつも後に下がって献身的に仕えているのだと言う。

そんな夫人がどうしてバッカスと会う必要があったのかがかなり謎で、使用人をつかせて見張っているが、今日まで尻尾を掴めていない。

何かしら関係あるのだと思うけれども…。


「特に大きな動きはございません。時折子爵が夫人を怒鳴りつけている声が漏れているそうですが、内容は子爵夫人のドレスの色が気に入らないなど、些細なことのようです。時折暴力を振るわれているのだとか。」


「そうですか……。」


子爵が時折夫人に手をあげているのは知っている。

それを周囲に気づかれないように、暴力を振るった数日間は傷が癒えるまで夫人を家に閉じ込めておくのだ。

おかげで夫人は精神状態がかなり悪いうえに、友人もあまりいないことからも、宗教にすがる毎日。

かわいそうだという同情の気持ちはあるが、私の誘拐に関わった可能性のあることを考えると、助けるつもりはない。

冷酷かもしれないけれども、私はそんな生易しくはない。

敵まで同情していれば、容易く首を討ちとられてしまう。

この世界で立っていくには、自分で自分を守るしかないのだ。

首にかけている水晶を握りしめた。

リツさんからもらった水晶の笛――一度も使ったことはない。

迷惑をかけるわけにもいかないし、困った時に頼ってばかりいては、私自身が成長しない。

会った当初のことを思い出すと、会いたい気持ちはあるのだけれども…しょうがない。

でも、今の私よりも幼いリツさんが飛び出て、一瞬の内に助けてくれたのはヒーローみたいでかっこよかったなぁ。

あの頃は自分の気持ちに鈍感だったのだけれども、今になっては分かる。

憧れ、みたいなものを持ち続けている。

思い返すと胸が少し焼けるように痛い。


そうやって昔のことに意識を飛ばしていると、遠くから怒鳴っているような声が聞こえた。


「あれは…父上様でしょうか?」


「そのようでございますね。珍しくはありますが…。」


父親は無暗に怒鳴ったりはしない。

領主としてふさわしくない行動をとれば、強い口調で諭されることはあるが、怒鳴るなんてことはほぼない。

何かあったんだろうか…私は席を立ち、ドアの前まで歩いて、そっと耳をつける。

少しでも父親の声が聞こえないか探ってみるも、やはりドア越しからは聞こえないか。


「イリア、気になるので少し聞きに言ってみましょう。」


「アーリア様、ですが…旦那様がお相手でございます。気づかれてしまいます。」


「大丈夫です。結界を張ります。」


体の奥から熱を引き出し、組まれる魔統文字をイメージしながら結界を張る。

実は、リツさんの結界を目で見て、その魔統文字の組まれ方を記憶していた。

最初は少し曖昧だったけれども、魔統文字の性格を考慮し、何度か組みなおした結果、同じものを作ることができた。

気配を消す結界。

私とイリアをその結界で包まれたことを確認し、そっと部屋から出る。

父親は元騎士団に所属していたこともあり、背をとることは簡単にできるものではないけれども、この結界の精度は高く、父親相手でも高い効果を出す。

息の音や足音、布の擦れる音など、何もかも消していくし、影も残すことはない。

こんな完璧な結界が張られるのはリツさんと行動を共にした時以外に見たことがなく、また、書物でもそういった記載は確認したことがないことからも、リツさんが改良した結界なのだと思う。

やっぱり天才の部類に入るのかな、リツさんは。

しばらく歩くと、父親の声がこちらに近づいてくることが分かり、そっとイリアと共に物陰に隠れる。

兄の声も一緒に聞こえることからも、二人が会話しているようであった。


「いくら王家の命と言っても…これは、あまりにもアーリアがかわいそうです。」


「何度も王都に足を運んでいるのだが、少しも妥協してくださらない。一体どうしたことか…。陛下はアーリアが何度も危機に晒されていることご存知であるはずなのに。」


どうやら私の話のようで、しかも、王家の話が出ている。

どういうことだろうか…。

最近父親が王都に行く頻度が高いなと思っていたけれど、所属していた騎士団に関連するものだと聞いていて、特に疑いなどはなかった。

私の知らないところで何か動いているのか。


「一週間ほどで成人の儀があるというのに、酷なことをなさる。私はこの現実が信じられない。」


「私も同感です。引き続き抗議を続けます。アーリアをこんな形で手放すなんてできません。それに、アーリアはイルヤンカに入ることが決まってるんですよ?あんなに楽しそうに仕事をしているのに…こんなことって。」


私は後一週間で成人の儀を迎える―――つまりは17歳になる。

その間に私が王家の命によって手放される出来事が起ころうとしているのか。

その事実に衝撃を受ける。

手放されるとは一体どういう意味だろう…私がフォーカルド家を去る、ということだろうか。

そう考えると背筋が凍り付くような気がした。


私は成人の儀を迎えたら、イルヤンカの支配人として経営に本腰を入れる予定だ。

危険があるからフォーカルド家を離れることができないが、私の自立への道の第一歩だ。

17歳を迎えるまでに完全なる自立ができていないことが計画とは大きく逸れるが、それでも自分の足で立って歩くためにも、ここまで前進していたのに。

意図しない不意打ちに、立ち直ることができない。

一体何が起こると言うのだろうか……全然想像ができない。


「アーリア様、お部屋に戻りましょう。顔色が優れません。休まれた方が良いです。」


父親と兄が去ったのを見て、イリアが私にそう促してくれた。

あまりの衝撃で、ずっと立ち尽くしていたようだ。

意識を引っ張り戻すためにも頭を振った。


「すみません…。動揺していたようです。イリアは……知っていましたか?今の父上様の話。」


「いえ、私は何も聞いておりません。」


泣きそうな声でそう返ってきた。

そうか……私には知られないように徹底されていたのかもしれない。

私は差し出されたイリアの手を取り、重い足取りで自室に戻っていった。


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