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無印の呪い  作者: J佐助
開拓編
26/59

第1章24節:帰還

午後は、仕事のためにリツさんが自室に篭り、シーア様が小屋を離れていた。


「リツ、僕がいないからって好き勝手するんじゃないよ?」


外出する前に、シーア様がからかいの意味を込めてか、リツさんにそう警告していた時の恥ずかしさと言ったら……。

リツさんは煩わしそうに顔をしかめていたけれど、私はシーア様の顔が見れなかった。


与えられた自由な時間で、私は小屋中の掃除に取り掛かる。

感謝の気持ちをこめて、部屋の隅々まで磨いていく。

見た感じは綺麗にされている小屋だったため、普段掃除しづらそうな場所を念入りにやっていく。

ベッドの下や、キッチンの壁、天井の照明器具の裏側も抜かりなくやった。

こうして掃除をして体を動かすことも、リハビリ効果があるみたいで、体中が痺れていたことを忘れさせるくらい元の体に戻っていた。

すべての掃除を終えた後でリツさんとシーア様が顔を出し、二人共照れてしまうくらいに驚いていた。

少しでも二人への感謝の気持ちが伝わっていればいいけれども…。

悔しいのが、私の魔力があまり残っていなかったため、料理まではできなかった。

誘拐された時に胸元に入れていた魔封石が奪われていたようで、どこを探しても見当たらなかったため、魔力の補充もできなかった。

リツさんの作ってくれたグラタンを3人で食べ、夜寝る前にリツさんに体の経過を見てもらってから眠りにつく。

ベッドに入り、意識が眠さで飛ぶ前に、ふと午前中にリツさんに触れられたことを思い出した。

安心するような包まれた感触に、首筋に走る甘い痺れ。

それを思い出すだけで、甘さに酔いしれてしまいそうだった。

リツさんの願いは、あれでよかったのだろうか……。

そう思いながら、私の意識は沈んでいった。



「シーア様、本当に願いはないのでしょうか。私にできることがあれば、感謝の意を示したいのですが…。」


「本当はアーリアの体の一部がほしいところではあるけれど、君との契約で他は求めないと決めてるからねぇ。それに、今回の件はリツから頼まれたことだ。そのリツからは契約時に相応の対価をもらってるから大丈夫だよ。それよりも、掃除ありがとう。おかげで僕の精霊たちも集まりやすくなったよ。」


翌朝の出発前に、シーア様に問うたけれど、何もいらないと返ってきた。

今の私にできることはないのが悔しいけれど、家に帰ったらシーア様のために何かを作ってサイリア山脈に捧げにいこう。


「流れは忘れていないか?」


リツさんから確認され、それに頷いて返す。

私はリツさんの能力で、フォーカルド家の屋敷近くまで移動する。

フォーカルド家の屋敷はシーア様の加護があり、何かあっても守りやすいとの判断からだ。

フォーカルド家の人間に接触するまでは、リツさんとシーア様が人の目に触れない場所で身を隠して見守ってくれる。

危険がないと判断したら二人はその場から離れるそう……。

そして、リツさんとシーア様の存在は伏せてほしいと言われている。

よって、今回の件は、私が一人で逃げきったことにする話になった。

鳥の印(トリのイン)で連れ去られたこと、連れ去った人が何やら取引をしている間に決裂し、その隙をついて逃げたこと、そして、近くの町に助けを求め、家の近くまでの移動手段を確保したことで私の家族に説明する。

バッカスや面の女性たちの死体と馬車と、そして戦闘の痕跡は、シーア様が片づけたらしい。

そのため、探そうと思っても痕跡は探せない。


「今回の事件のことは、国のとある機関にうまく伝えているから、そこは安心して。」


そう言ってリツさんは私の頭を撫でた。

私が攫われた以上、攫われた事実をフォーカルド家だけに留めておくことはできない。

私の家族は、私が失踪したことを騎士団に伝えているはずだし、すでに捜索のために人が動いている可能性があった。

事件のことを認めつつ、そこでリツさんと私に関りがあったことがばれないように、うまく立ち回らなければならない。


「あ、リツ、アーリアの首筋のやつ、消しちゃって。変なところで疑われるのは嫌だから。」


「……分かってる。」


首筋のやつ……?

少し考えて、昨日リツさんが唇で首筋に触れていたことを思い出した。

思わぬところで思い出してしまい、顔が赤くなっていくのが自分でも分かった。


「ちょっと触るよ。」


リツさんがそう断ってから、私の首筋に指で触れる。

じわりと温かさが首元に集まるのを感じた。

リツさんの黒い目からは何も読み取れず、無表情のままで治癒をしていた。

彼は今、何を考えているんだろう。


彼らと過ごした記憶がじわじわと一緒に消えていきそうで、少しだけ切なかった。

貰った笛を吹けば会えるのかもしれないけれど、必要に迫られない限りは極力使いたくない。

リツさんの立場を考えると、もう会うこともないんだろうか。

そう思うと、言いようのない寂しさが込みあげてくる。

終わったのか、そっとリツさんの指が離れていった。


「じゃぁ、行こうか。」


掠れたリツさんの声を合図に、私たちはフォーカルド家の屋敷に向かう準備をする。



数刻後には、三人でフォーカルド家の屋敷のすぐ傍まで移動していた。

フォーカルド家の屋敷の傍には丘のように盛り上がっている森があり、屋敷がよく見える位置に私たちは到着した。

身を隠しながら屋敷の様子を見やる。

何人かの使用人が庭を駆けているのが分かる。

表情までは見えないが、動きが慌ただしく緊急事態であるということが見受けられる。

まぁ……当たり前だろう。私が誘拐されたのだから。

様子を見ていると、兄のウィルカスにいつもついている使用人が通り過ぎたのが見えた。


「兄の使用人が通りました。兄が屋敷にいる可能性が高いです。」


「信用できる人か?」


「えぇ。」


リツさんの質問に強く頷く。

その私を見て、リツさんが顔を近づけ、そっと私の耳打ちする。


「ここの道をまっすぐ走って屋敷に入って。できれば一番最初に兄に接触してほしい。仮に使用人にまだ敵が潜んでいるのならば、安心できないから。俺たちはここで君に結界を張ってる。無事だと思ったら離脱する。」


「わかりました。」


私の頭を撫で、リツさんが離れていく。

これで、彼に会えるのは最後かもしれない。

そう思うと、胸の奥が押しつぶれそうな感じがする。

不思議だ……彼にはついこの間会ったばかりなのに。

その胸の痛みをそっと胸の奥に押し込め、リツさんとシーア様に向き合う。


「本当に、ありがとうございました。心からの感謝を申し上げます。また会えることを願って。」


私は精一杯の笑顔で礼を告げた。


「あぁ。決して振り返るな。そのまま走り抜け。」


「アーリア、無事に過ごしてね。」


リツさんは控えめに、シーア様が楽しそうに笑って手を振ってくれた。

やっぱり寂しいけど、私には帰る場所がある――――。



彼らに背を向け、私は走り出した。

リツさんに言われた通り、振り返らずに駆けていく。

魔力のない私は、今は無力。

ただ、リツさんが後ろで守ってくれるのが分かっているからか、不安はない。

私の体に結界の魔統文字が並ぶのを見る。

気配を消す結界と、攻撃から身を守る結果。

姿を隠すこともできたけれども、屋敷の中までは見えないリツさんが、家族に見つかったタイミングで魔法を解くことができないし、姿を現す瞬間を誰かに見られたら第三者が介入していることがばれてしまう恐れがある。

森を抜け、木の陰に隠れて通り過ぎる使用人をやり過ごす。

兄がいるならば、どこにいるだろう…きっと私関連のことを処理しているのならば、兄の執務室。

もしくは、執務室に向かう通り抜けの道だろうか……一先ずはそこを目指そう。

庭に置かれている茂みや像の陰に隠れながら屋敷に近づいていく。


「まだ証拠のかけらもないだって!?ヤーコンは何と言っている!?」


運がいいことに、兄の声が大きく聞こえた。

珍しく怒りを含んだ声で、いつもは優雅な兄が冷静でないのが分かる。

方角的に執務室に向かう道にいるようだった。

屋敷の壁を伝いながら、私もそこに向かう。

人の気配がしたため、近くの物陰に身を潜めると、使用人が慌ただしく通り過ぎていく。

人がいなくなったことを確認し、また慎重に、でも急いで兄の元に向かう。


「あぁ……こうなるんであれば、私が一緒に行けばよかった!」


その声が聞こえ、胸が苦しくなる。

こんなに悲しみに暮れる兄の声は聞いたことがない。

心配をかけて、ごめんなさい。

申し訳なさで潰れそうになる心を強く持つ。

一つ角を曲がり、右手に目を向けると兄の後ろ姿が見えた。

数人の使用人を周りに従えているが、ここまで来れば、もう大丈夫だろう。

プラチナブロンドのいつもは柔らかい髪が、今はぐちゃぐちゃにかき乱されている。

いつもは余裕そうな兄がこんなにも取り乱しているなんて…。


「兄上様…!」


ぴたりと兄が止まり、プラチナブロンドの髪を荒く揺らしながら振り返った。

私の姿を目にとめると、澄んだ青い目が大きく見開かれる。


「アーリア…なのかい?」


「アーリアでございます。ただいま戻りました、兄上様。」


そう言って礼をとり、前を向くと、兄はすでに私に向かって走り出していた。

人目を気にせず、優雅になることも忘れ、私に手を伸ばす。

半ば突進を身に受けるように荒く抱き着かれ、私の体は包まれていた。


「アーリア…!無事で、よかった…!」


いつもは余裕そうな兄の声が、弱々しかった。

私を包む体も、小刻みに震えている。

安心させるように、兄の頭を撫で、強く私からも抱きしめた。


「私も戻って来れてよかったです。」


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