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無印の呪い  作者: J佐助
開拓編
21/59

第1章19節:お母様

私のことをお母様と呼んだの?

言いようのない不気味さで震える。

今の私は11歳で、もちろん誰かを生んだような記憶も一切ない。

まるで私を前から知っているかのようだが、こんな声を持つ人は知り合いにはいない。


「お母様、不安がってますね?この姿なら当然ですね。大丈夫、今は訳があって面をつけてますが、家に帰れば顔を晒しましょう。」


面を被っていると言う女性はぺらぺらと聞いていないことを話し出す。 

全身黒い、タイツのような装いをしており、すらりとしたフォルムの美しい体のラインが強調されていた。

腰まである真っ白な髪が後ろで一本に縛られており、素顔は見えないながらも成人している女性だろうということは見て取れる。

体を注意深く観察しても、思い当たる人がいない。

改めてその事実に突き当たると、さらに気味の悪さを感じる。


「お母様、体がすごく熱いわ。顔色も悪そう。どうされたのですか?」


面の女性は、バッカス達の方に顔を向ける。

バッカスは面の女性に嫌悪を表すかのように顔をしかめていた。


「抵抗してきたからお前達が渡してきた粉を使った。粉を撒いた部屋に長くいても魔法が使えてたようだから量も増やしてある。」


「まぁ!にしても適量ってものがありますからね。この具合の悪さは……袋いっぱいの量をお母様に与えましたね?」


「だからどうした。効き目のない粉を渡すお前らが悪い。」


「お前…調子に乗るなよ!この量を解毒することができるとでも?無傷でって条件だったよな?」


面の女性が低くどすの効いた声を出す。

先ほどの丁寧な口調とは打って変わって乱暴な口調に、バッカスの眉がぴくりとうごいた。

豹変した様子に警戒したのか、バッカスは腰に下げている剣に手を伸ばした。

後ろに控えていた、恐らく先ほどビスと呼ばれていたスキンヘッドの大柄の男も立ち上がり、バッカスの隣に並んだ。

すると、奇妙なことに面の女性の背後に、もう二人女性が出てきたのが見えた。

不気味なのが、その二人とも面の女性と同じ面を被り、スタイルも、髪の色も縛り方もまったく一緒だった。

面の女性が3人に増えたかのような錯覚を覚える。


場が緊迫してきているが、私はただただ苦しい。

体が沸騰するくらい熱く、雨を浴びたかのように汗が地面へ滴り落ちているのがわかる。

面の女性の様子から、私の体は手遅れなほど弱っているのだろうか…。

寒くて鳥肌が先ほどから止まらない。

何とかこの体の拘束を解き、隙を見て逃げて……逃げて、どうすればいいのだろうか。

体に入った粉の成分も分からない、回復する手段が分からない。

辺りを見回すと、木が生い茂り、森の中にいるようだった。

仮に逃げ切れても、森の中を彷徨い続けるのではないのだろうか、この体で。

森に棲んでいる魔物に襲われる危険性だってある。

どんどん逃げる手段がなくなってきているのを感じ、絶望を味わう。

馬車の中であれだけ強く決意を固めた気持ちも、体が弱っているせいか思考がどんどん悪い方に向いていく。

このまま、死んでしまうんだろうか。

睨み合ったまま対立しているバッカスと面の女性達を見ながら弱気になる。

ただ、幸せになりたくて、今ある幸せを何とか守りたかっただけなのに……。

口を開こうにも、麻痺していて動かせないうえに、声が出せない。


助けて……。

状況を打破できるのは自分だけなはずなのに、そう弱く思ってしまった。



だが、その瞬間、目の前で閃光が走った。

魔統文字が爆発するかのように四方に飛んでいくのが見えた。

目を刺すような眩しさに少しばかり残っている感覚で目を細める。


「うあぁぁぁぁああ!」


吼えるような叫び声が聞こえ、ちかちかとする目を瞬きで落ち着け、様子を探る。

地面に倒れている人が3人……よく見ると、ビス、そして面の女性が2人うつ伏せで倒れ、頭から血を流していた。

バッカスは、両手で結界を張り、片足をついて今にも倒れそうなところを踏ん張っていた。

恐らく私に話しかけていた方の面の女性も、地面に這いくばっているが、立とうと必死だ。

二人共、目線を向けている先が一緒だった。

辿っていくように目を向けると、そこに一人の少年が立っていた。

ふわふわと柔らかそうで軽くウェーブのかかった烏の羽の色のような髪。

前髪が長いせいで目元は見えないが、短い髪が彼が纏う風をうけて揺れている。

彼の口元まで覆うどこかの民族が着るような黒い装束には、幾何学的な白い模様が入っていた。

よく分からないけれども、神秘的とも言える雰囲気に目が奪われる。

3人に攻撃を仕掛けたのはこの少年なのだろうか…。

一瞬の出来事過ぎて何が起こったのか、頭が追い付かなくなった。


「き、貴様は何者だ!?」


バッカスが柄から剣を抜き、その剣に魔統文字が纏わりついていくのが見て取れる。

炎の魔法で威力を付与しようとしているのだろう。

少年の返事を待たずして、面の女性がさっと動いたのが分かった。

電撃を作り出す魔統文字がさっと過り、気が付くと面の女性が少年のすぐ傍で腕を振り上げていた。

当たるかと思ったその腕は宙をかすり、少年はすでにその場にいない。


「あぁっ!」


消えた少年が、いつの間に面の女性の背後に回り、素手で彼女を背中から突き刺していた。

一突きを浴びせた際に、火と風の複合魔法で威力が強化されている魔統文字が飛んだ。

突かれた場所から血が勢いよく飛び散り、面の女性は大きく体制を崩して、地面に倒れた。

大量に流れる血に、冷や汗が流れる。

一瞬で相手の戦闘力を奪う少年の存在に驚くような、恐ろしいような……よく分からない感情だ。

右手に血を滴らせながら、少年はその場を飛び、バッカスに向かう。


「死ねぇ!」


炎を纏った剣が、少年の喉を貫かんとして突かれる。

炎が生きているかのように少年を覆うが、少年は体を水球で覆い、片手で剣を難なく払った。

少年は片手だけを水球から出し、まだ宙を舞っている炎を指で摘まみ、バッカスに勢いよく投げつけた。

一連の動作に無駄はなく、すべて流れるようで目が奪われる。


「っがぁぁあ!」


目に投げられた炎を受けながらも、バッカスは呻きながら剣を構えなおし、さらに突きにかかる。

だが、それを予想していたかのように、少年は剣を蹴り上げ、火と風の複合魔法を纏った右手をふらりと動かし、バッカスの胸を貫いた。

バッカスの肩を蹴りながら後方に少年が飛んだかと思えば、左手にはすでに電撃を纏った球体が出来上がっている。

それを前に突き刺し、電撃砲のような魔法がバッカスを襲った。

バッカスは逃げる間もなく、その攻撃を一身に浴びる。


体が動くわけでもなく、私はその一連をただ見ていることしかできなかった。

彼は敵なのか、味方なのか……どっちなのだろうか。

私は拘束されているから後で処理できると考えられたのか…。

でも、例え私が自由に動け、魔法を補充していた状況だったとしても、少年に敵うかと言えば、一切敵わないだろう。

相手の動きや自分の動きを計算しつくしたような攻撃。

打撃を右手で与えているのであれば、左手はすでに魔法を作り出している。

右足は相手の攻撃を見ており、時折体に風を纏い、スピードを強化している。

一つの動きで魔法を何度も織り交ぜ、全く隙が無い。

瞬殺されるであろうことを思うと、先ほどの血しぶきが脳裏をよぎり、震えた。


バッカスがいた場に目を向けたが、跡形が一切ない。

まるで最初からそこにバッカスがいなかったかのような錯覚を受けるが、周りの木々がへし折られていることから、強烈な攻撃だったことが分かる。

少年は4人の体が倒れている中で、ただそこに立っていた。

肩で息をしている様子もなく、平然と立っているように見えた。

そんな彼を見つめていたのに気が付いたのか、彼の顔がちらりとこちらを向いた。

漆黒の目が私を捉える。

見られて、いる。

射抜くような視線に、吐息一つ漏らせないような緊迫感が走った。

大きく、はっきりとした目に、青白いような肌が見え、まるで人形のような印象を受けた。

そのまま私をその目で捉えながら、少年は一歩ずつ私に近づいてくる。

拘束されていて、身動きが取れない上に、ほぼ全身に痺れが回ってきている。

心臓の音も途切れ途切れになる頻度が上がってきている。

虚ろな目で彼を見ていると、彼が指を捻るように動かした。

風切りの魔法がすっと私に向かった。

当たってしまうっ……そう思って目をつぶったが……痛みはない。

その代わり、手が自由になっていた。

次に足、そして猿轡が外れ、私を拘束していたものがなくなった。


「大丈夫か?」


私の傍に腰を下ろした少年が、そっと私の頬に触れた。

声変りを迎えたばかりのような、少年のような高い声と、青年の低い声を混ぜた、掠れた心地よい声がした。


更新が空いてしまってすみません。

PCとスマホが見事に壊れ、更新手段を失っていました…。

最近忙しくなっているため、3日に1回ぐらいの更新ペースになるかもしれません。

ただ、書き溜めているので、タイミングができたらなるべく早く更新できるようにします…!

引き続きよろしくお願いします。


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