プロローグ 魔女の思惑
「本当に馬鹿ね、あなた。」
目の前の真っ白な魔女のような女性に苦笑いされた。
髪、まつ毛、眉毛、肌、爪と、見るところ全てが真っ白な女性が、私の目の前に座っていた。
真四角の、まるで取調室のような、薄暗い部屋で、私と彼女は灰色のテーブルを挟んで座っていた。
「仕方なかったんです。近所で良くしてくれたお爺ちゃんでしたし、見殺しにするわけにはいかなかったんです。」
そう言って肩をすくめてみる。
「そうは言ってもね?緊急停止ボタンを押すとか、何か手段はあったでしょう?」
困ったように目尻をたらして哀れな目を向けられる。
私は、遮断棒が下りている踏切に飛び出したお爺ちゃんを助けようとして死んだ。
たしかに緊急停止ボタンはあったのかもしれないが、電車がすぐそこまで迫っていて慌てたのだ。
ボタンを押すとか一切考えていなかった。
私も踏切に飛び出し、助けようともたもたしている時に轢かれた。
強い衝撃を受け、一瞬の強烈な痛みを感じたところまでは覚えていたが、その後は死んだらしい。
兄弟もいなく、両親もお金を家に置いていくだけで、一緒に過ごすことはないに等しいくらいだった。
家政婦さんと言葉を少し交わすくらいで、家で家族と一緒に過ごした記憶がほとんどない。
育っていく中で家族の温かみを感じなかった私。
そんな私を気にかけ、近所に住んでいた親族でもなんでもないお爺ちゃんが、夕食を持ってきてくれたり、話を聞いてくれたりと、色々なことをしてくれた。
お爺ちゃん曰く、亡くなった孫に似ているのだと。
お爺ちゃんは、数年前に息子一家を交通事故で亡くしたとのことだった。
そんな私もお爺ちゃんに良くしてもらいながら育ち、独り立ちし、都会に住み始めた。
お爺ちゃんとは会えない距離にいたが、文通はしていた。
ただ、手紙がだんだん来なくなり、遂には途絶えた。
心配だった私は、地元に帰ってきたわけだが、その良くしてくれたお爺ちゃんが、踏切に入ろうとしていたのだ。
「本人談だけど、踏切に出たのはボケてたそうよ、認知症で。あなたがせっかく独り立ちをしたのに、命を奪ってしまったと嘆いていたわ……。」
そんな……。だから、手紙が途絶えてしまったのか。
死んだ後に悲しませてしまった。暗く感情が塗り潰される。
私は、何もしてあげることができずに、死んでしまったのだ。
「だから、私がいるのよ。あんたに幸せになるチャンスを与えてほしいとお爺ちゃんに頼まれたの。それを叶えるわ。」
嬉しそうに彼女が笑った。
「あなた、何者なんですか?」
さっきから気になっていたけれども、死後の世界に会えているということは、人間ではないはず。
神様のようなものだろうか――――にしても、なんだか妖艶な雰囲気があって怪しい。
「色んな力を持っているもの、と言ったほうがいいかしら?」
得意げに笑う彼女に不信感しか湧かない。色んな力って何……怪しすぎる。
疑う視線を投げる私に構わず彼女が話し進める。
「あなたは、今とは異なる世界で生まれて、生きてほしいの。私に縁がある世界でね……すごく気がかりな世界。」
「怪しさ満点ですね。」
「そうかしら?」
いたずらっぽく笑われる。
彼女が一体誰なのかは分からないけれども、何だか強そうって雰囲気だけは、武道経験の一切ない私でも伝わってくる。
反抗したら殺されたりするんだろうか……でも、一回死んでるし……。
何されればやばいのかも分からないけれども……彼女に逆らっても、私に行くところはあるのだろうか。
「怪しいと思っても、私は今はあなたしか頼る人がいないんですよね?きっと。」
「それは分からないけど、あなたの魂を普通の循環から引っ張りだしたからねぇ。きっと魂自体が消滅するのかしらねぇ。この話に乗らないなら、その後どうなるか興味ないけど。」
魂の循環から引っ張り出した!?というか、魂自体の消滅!?
何それ、怖い。どういうこと。もう生きてどこかで過ごせないってこと!?
途端に彼女が恐ろしい女に見えてきた。
魂をどこからか引っ張り出せる力があるし、彼女の話を断っても何かしてくれるわけでもなさそうだ。
お爺ちゃんの頼みを叶えるのではなかったのか……簡単に言えば、彼女の気分次第で状況を変えてくるということだ。
大きく深いため息をつき、彼女を睨む。
「あなたが恐ろしいことはわかりましたが、選択肢がないようですね。そのあなたの気がかりな世界とやらに行きましょう。」
私の言葉を聞いて、手を合わせて跳ねるように彼女が喜ぶ。
魂自体の消滅よりかはマシなはずだ。
そもそも消滅の話も本当かどうかは分からないけれども、今は情報が少ないゆえに、判断できないから仕方ない。
強制的にどこかの世界に飛ばすのではなく、こういった場を一応設けている彼女の姿勢を見て判断するしかない。
「あたなの判断力、好きだわぁ。ってことで、よろしくね。興味深い世界だし、あなたのいた世界よりも、不思議なことがいっぱいあるわよ。」
そう言いながら、両手を本を開くように構える彼女。
彼女の手元に優しく淡い白い光が集まっていくのがわかる。
綺麗だった……。
蛍が部屋のあちこちから集まってきているようだった。
今まで見たことのないような不思議な現象に意識を奪われる。
「私は悪くはないのよ?あなたに幸せになってほしい気持ちはあるわ。あなたのいた世界は、あなたにとって灰色だったみたいだからね。」
「本当に悪くない人はそのように言わないと思うんですが。」
優しい光の中で彼女はふっと笑う。色んな笑い方をする女の人だ。
謎の現象を操り、妖しい美しさを放つ彼女を魔女と呼びたくなる。
私の体も光に包まれ、だんだんと眠たくなってくる。
「行ってらっしゃいね。今度こそ幸せになってね。そして……よろしくね。」
何によろしくされているんだと思いながら、私の意識はそこで途絶えた。
リリアナ佐助です。
なるべく毎日更新できるように頑張りますので、どうぞ無印の呪いをよろしくお願いいたします。