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無印の呪い  作者: J佐助
開拓編
18/59

第1章16節:商談

親睦会に参加している招待客に挨拶を終えてからイグスレー伯爵と話をすることになった。

招待主が最初で、次に爵位の高い招待客から順に挨拶をしていくのがこういった場でのルール。

自身の爵位より相手が高い場合は、一度高位の者にする礼をし、相手が話すのを待ってから自身が話す。

同等以下の場合は、省略した礼の後に、礼をした側から話しかける。

マナーの教育の時に教えてもらったことを、ここで発揮していく。

幼い時から繰り返し受けているものであるからか、流れるように行動できる。

私たち2人の開発を噂で聞き、褒め称えてくれる者や、開発までにどういった経緯があったのか聞きたがる者が大半であった。

ただ、私に印がないことをどこで聞いたのか、興味深く聞いてくる者も多くいた。


「フォーカルド家のあのお方が……まぁ。」


「どうやって生きていくのかしらねぇ。私だったら生きていくのも辛いわ。どこをどう間違ったら印を持たずに生まれるのかしら。」


くすくすとそういった話を背後でされているのがわかる。

まぁ、女性特有の足の引っ張り合いだろう。

前世でもよく見かけた行為だ。

同類の人間と集まってこそこそされたり、こちらを見て笑われたり――何がそんなにおかしいのかとは思うが、彼女らの日常における蜜のような瞬間なのだろう。

そういったことがなければ潤いを感じないのだろう、悲しい人たちと思うだけだ。

ただ、イルドレッドはそう思わなかったようで、背後で聞こえる私への内容に顔をしかめていた。


「イルドレッド、見られてはまずいよ。もう少し穏やかな顔で。」


「何も知らない奴らにお嬢さんのこと、あんな風に言われるのはムカつく。何か言ってやりてぇ。」


「やめて。気持ちは嬉しいけど、さすがに何か起こった時の対処が難しい。ぐっと堪えて。」


「お嬢さんがそう言うなら耐えるけどさぁ…。」


私としては、そう思ってくれるだけで嬉しい。

何かを他人から言われることは何とも思わない、というより一種の諦めみたいなのがあるけれど、味方がいると何だか強くなれる気がした。


一通り招待客に挨拶を終えたところで、イグスレー伯爵の側近に案内され、庭園の近くにある別邸に通された。

ルネサンス様式を彷彿とさせる別邸が、華麗でありながらも上品さがあり、イグスレー伯爵のこだわりを感じられた。

一室に通されると、そこにはすでにイグスレー伯爵がいた。

伯爵は窓の外を眺めていたが、私たちが来たことを知ると穏やかな笑みを顔に貼り付け、腰掛けるように誘導される。

私たちが腰掛けるのを見ると、伯爵は向かい合うようにして正面に座ったかと思えば、少し前のめりになり厳しく面持ちで私たちに向かう。


「私は細々としたやり取りが苦手でね…はっきり言って不誠実に思うのですよ。この場では狸の化かしあいは止めにしましょう。」


「わかりました。私どもも思ったことを誠意を持って述べますわ。」


それを聞き、納得したように頷くと、獣が獲物を仕留める前かのように伯爵が目を光らせる。


「あなた方が開発した、魔道具に非常に興味がありましてな。あれは革命的な発明ですわ。どの人間も等しい結果が得られ、かつそこまで意識を割かなくとも、必要なことをなし得ることができる。今後王国中に需要が広がっていくでしょうな。」


「恐れ多いお言葉です。」


「よって、イグスレー商会でもぜひとも取り扱いたいと思っておる。商会が錬成屋イルヤンカの支援を永久的にすることを確約するうえに、このエクスティアで店舗を出す支援も全面的にしよう。」


想像していたよりも好条件ではあると思う。

現に、隣にいるイルドレッドが少し震えたのが伝わった。

イグスレー商会の支援で店を出せることは夢のような話であり、しかも永久支援を確約されている。

これはイルドレッドの家族が永久的に立場を約束されたようなものだ。

ただ、例えば、魔道具の開発の技術を何も対策をとらずに渡してしまえば、イグスレー商会独自に別の魔道具の開発を行い、販売することだって可能である。

その独自の開発は、支援しなければならない錬成屋イルヤンカに渡す必要があるわけではない。

自分たちにとって一番利益の高い店で魔道具を広めていけば、潤うだろう。

永久的な支援を受けているとはいえ、別の店で魔道具を販売され、かつ改良化されたものや値段が低いものが売られてしまえば、イルヤンカの売り上げも落ちていく。

売上が低迷したイルヤンカは支援されているだろうが、このエクスティアで売れない店でやっていくのは精神的に辛いだろう。

その時に自主的に支援を断るように持っていかれるように操作されてしまうのが想像できる。

それを私としても何とか防ぎたい。

激励するようにイルドレッドの腕に触れた。

ただ、この後の話を進めるのは私の役ではない。後継者であるイルドレッドがするべきだ。

イグスレー商会からしては、フォーカルド家から話を聞きたいのではなく、錬成屋イルヤンカの話を聞きたいはずだから。


「頂戴した条件、イルヤンカにとっても決して悪くないものです。ただ、恐れ多いですが、条件を設けたいのです。この条件が通れば取引きをしたく存じます。」


「その条件、聞こう。」


表情を一切変えずに、イグスレー伯爵はイルドレッドに体を向ける。

条件を設けられるのは想定内らしく、少し安心した。

こんな好条件を平民が突っぱねるなと強引に言ってくるのであれば、非常にやりづらい。

抜け道は用意はしているが、可能な限り平和に進めたい思いはもちろんある。


「技術はお教えしますが、その技術を用いたいかなる販売においてもイルヤンカが携わり、利益を得るよう取り計らっていただきたく存じます。私たちが生み出した技術を発展させる行為においても、同様です。また、この技術が別の商会に漏れることがないよう、とれる対策をすべて取ってほしいです。」


「それを断るとどうなるかね。」


「残念ながら、支援は辞退させていただくことになります。それに、魔道具の原料は、フォーカルド領から格安で取り寄せています。この安さはイルヤンカであるからと言われており、別ルートではこうもいかないでしょう。イルヤンカのみに格安で原料を提供いただけている証明はこの書類に目を通していただければ分かるかと。」


そう言って、イルドレッドは傍に控えていた護衛のヤーコンから書類を受け取り、イグスレー伯爵に手渡す。

私が父親に頼んでイルヤンカ以外の取引は、私の提示した価格設定で取引するようにお願いしておいた。

イルヤンカは、フォーカルド領の店であり、魔道具への貢献が高い、そういった理由からも格安で原料を提供するのは当たり前だ。

特に反対されるわけでもなく、その証明書も作ってもらえた。

イグスレー伯爵は受け取ると、注意深くその書類に目を通した。


先ほどイグスレー伯爵と話す時とは違い、はっきりと条件を伝えることができたイルドレッド。

彼の目を見ると、イグスレー伯爵を射抜くように見ており、やり遂げる意思の強さが見て取れた。

イルドレッドには、イルヤンカの将来に深くかかわることだから、どんなに好条件であっても妥協すべきでないところ妥協しないように強く伝えていた。

イルドレッド自身もそうだが、彼の弟たちと、自分の将来の子供たちのためにも。

伯爵はイルドレッドを見つめ、そして私に目をやり、しばし目をつむり、考えた様子を見せたが、少し表情を緩めた。

心なしか笑っているようにも見える。


「その条件、通そう。商会としても悪い条件ではない。」


「ありがとうございます。生意気ながらも条件を提示しましたが、イルヤンカとしてもイグスレー商会の支援を受けることができるのは、光栄に思っております。今後もよろしくお願いします。」


思ったよりもあっさり話が通り、少し拍子抜けした。

一応、話が少しでも通りやすくなるように、フォーカルド領で得た利益の詳細と、エクスティアで仮にフォーカルド領と同様に魔道具が普及した際の予想される利益を出し、イグスレー伯爵に書類を予め送っておいてはいた。

ただ、渋られることを想像してやって来たこともあり、、この結果には少し驚いた。


その後も、伯爵と店舗を開店するまでの大まかな流れと、細かい利益配分の話をできるだけ詰め、後は後日イルヤンカの現店主も交えた上で話をすることになった。

たまにイルドレッドにアドバイスをしながら、イルヤンカが特別不利にならないように話を進めたから、安心だと思う。

それに、イグスレー伯爵は、思っていたよりも誠実な人で、私たちの話に耳を傾け、私たちの要望もできる限り通すような形で話を進めてくれた。

魔道具という、唯一の技術を持っているからということもあると思うが、イグスレー伯爵のもともとの性格ということもあるのだろう。

相変わらず油断できない空気を出す方だけれども、商会の力を無駄に振りかざさず、私たちの声を聴きながら善処してくれる姿を見ると、やはり商会を動かす方は器の大きさが違うのだと実感した。


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