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無印の呪い  作者: J佐助
開拓編
17/59

第1章15節:クリストフ・E・イグスレー

旅立ちの日――――と言っても、鳥の印(トリのイン)持ちのマーカスと行動を共にするから、そんな大袈裟な話でもないのだけれども、快晴で、それだけで多少あった不安な気持ちが和らいだ。

都市、エクスティアには、護衛のヤーコンや、マークスなど、護衛数名、そして侍女数名、イルドレッドと共に向かう。

フォーカルド家の屋敷の前で私の家族と、イルヤンカの店主が見送ってくれることになった。

数日で戻ってくるのに、大袈裟だなと思うところはあったが、心配してくれているからこその行動だと思うと、悪くないなと思う。


「イルドレッド……本当に心の底から思います……お嬢様には決してご迷惑をおかけしないようにと。」


「わかってるよ。何年お嬢様と一緒にいると思ってるんだよ…。」


「そういうところです。お嬢様の前で何て言葉遣いなのですか!育て直さないといけないといけないようですね。」


「まぁまぁ……イルドレッド氏にはいつも娘も世話になってますから。」


父親が店主を宥めるように笑いかける。

久しぶりに店主に会ったけれども、相変わらずのイルドレッドへの厳しさで笑ってしまう。

イルドレッドはそんな店主を見ながら困ったように息をつく。


「それじゃ、アーリア、そろそろ行ってきなさい。」


そっと私の方に手を置き、父親がそう言ってくれる。


「行って参ります。父上様、母上様、そして兄上様。」


「気を付けていってくるのですよ。一緒に行けずにごめんなさいね。」


「いえ、むしろ忙しいこの時期に領を離れることとなり申し訳ございません。」


涙ぐむ母親から別れを惜しむように頭を撫でられながら、マーカスの傍につく。


「それでは参ります。」


マークスが両手を本を開くかのように構える。

すると周囲からぽつぽつと淡い光が現れはじめ、彼の手元に光が集まるかのような動きを見せる。


実は、この世界に来て、鳥の印(トリのイン)の能力の発動を目にしたのは、これが初めてだった。

父親と視察に行くことも何度かあったが、どれも近場だったこともあり、帰りに何かあった時のために備えて馬車で移動していた。

父親と私がサイリヤ山脈に視察に行った帰りに鳥の印(トリのイン)で帰宅したことはあったが、目の交換の影響か意識を失っていた私は能力が発動する瞬間を見ることができなかった。

ただ、この一連の動きは転生時に見たことがある。

あの白い魔女が私をこの世界に送り出すときにやっていた動作と似ていた。

あの魔女も鳥の印(トリのイン)持ちなのだろうか……というより、元はこの世界の人間だったのだろうか。

そう思ううちに、私と一行の体が光に包まれ、目の前が真っ白になり、見送っていた家族の姿が見えなくなった。



エクスティアは、クリストフ・E・イグスレー伯爵の治める地であり、王の住まう王都市に次ぎ、発展した都市である。

イグスレー商会が拠点を構えていることもあり、ここでの商会の力は絶大である。

定期的に商会側が、都市内の店を見て回っているようで、一定の基準を満たさない場合は、閉店へと追い込むらしい。

そして、可能性のある新たな店を開店することで、常に質の部分で進化しているのだそうだ。

閉店を免れたい店は、基準を満たすよう努力するわけで、その結果がこの都市のような繁栄を生んだのだ。

規則性があるように見受けられる町並みは、洗練されており、きっと景観にもすごく気を遣っているのだろう。

フォーカルド領のように緑に溢れた資源豊かな土地も好きだけど、私はどちらかというと、エクスティアのような都市が好みに合う。

新しいものを見ていると好奇心を刺激されてわくわくする。


イグスレー伯爵は、丁寧に宿泊する宿まで確保してくれており、それはもう素晴らしいところだった。

体が包まれるようなベッドに、不快感を感じない白で統一された部屋。

侍女並みに配慮ができる従業員もおり、出される食事も申し分ない。

特にステーキは絶品だった。

口に肉を入れると、噛みしめる前に舌の上で溶けていく。

ニンニクと少し酸味のある濃厚なソースが後を引き、妙にマッチしていて、感動した。

この世界でこんなに質の高い肉を食べれるなんて!

イルドレッドに関しては、卒倒しそうな勢いで味に動揺していた。

小鳥が食べるようなサイズを口に運び、最後の晩餐かと言いたくなるように時間をかけてゆっくりと味わっていた。

最後に、耳打ちで家に持って帰れるか私に聞いていたが…お願いすれば断られはしないかもしれないけれども、さすがに品性を疑われそうなので止めておいた。


そんな最高なおもてなしを受けた翌日に、イグスレー伯爵の庭園で親睦会があった。

蔦と淡い桃色の薔薇に覆われたアーチを抜けると、整えられた芝生に、所々にカサブランカが咲き乱れている見事な景観が広がっていた。

ターコイズブルーのテーブルに宝石のようなお菓子が並べられ、シャンパングラスを手に持つ貴婦人が談笑していた。

計算された美しさが見て取れる。

イグスレー伯爵は、やはりストイックな人物で、妥協を許さないのだろうということを察することができた。

私をエスコートしているイルドレッドは、完全に目の前の景色に目を奪われていた。

彼の腕に私の腕を絡めているのだけれども、そこから彼が若干震えているのが伝わった。

無理もないだろう…幼い頃から教育を受けている私と違い、イルドレッドは親睦会への招待を受けてから作法やマナーなど、こういった場面でどのような動きをとるのか教えられたのだ。

安心させるように、そっと彼の腕を撫で、耳に口を寄せる。


「大丈夫だよ。私が伯爵家の娘だから、同伴しているイルドレッドも私と一緒にいる限り、同等の位として見られる。伯爵家だから、まずは招待主に挨拶をして、次に公爵様から順に挨拶巡りしていけばいいよ。」

「わかってるけど…ど、どこにイグスレー伯爵様がいるのか…帰りてぇよ。何なんだこの茶番。」


いつもの彼からは想像もつかない慌てっぷりに、少し胸が痛んだ。

できる限り早くやることを済ませて帰った方がいいのかもしれない。


「大丈夫。私が色々教えるから安心して。あちらにいらっしゃる方がイグスレー伯爵様だから、行こう。イルドレッドがエスコートしているように見せることだけ意識して。」

「わかった。」


小声でそう言ったやり取りをしながら、端で談笑しているイグスレー伯爵の元に向かう。

イグスレー伯爵は、体格がよく特に胸筋が鍛え抜かれていることが洋服の上からでも分かるほどだった。

顔つきも険しく、眉間には深い皺が入っており、鼻の下の立派なグレーの髭がよく似合っていた。

貴族というようりかは、武人のような印象を受ける。

今年でどうやら70歳を迎えるようだが、年齢よりかなり若く見える。

イグスレー伯爵の元に向かう私たちに気づいたのか、話していた相手に礼をすると、私たちの方に向かってきてくれる。

敬いの気持ちを表すように、私とイルドレッドが高位のものにする礼をする。


「フォーカルド領からよく来てくださいました、レディ・アーリア・フォーカルド、そしてイルドレッド氏。」


「お招きいただき光栄に存じます。昨夜はイグスレー伯爵様のおかげで、夢のような夜を過ごすことができました。」


「それは安心いたしました。自慢をするようで恥ずかしいのですが、あれは素晴らしい宿で……私も帰る家がこの地にありながら宿泊することがあるのですよ。」


「まぁ……。」


手にもつ扇子を少し広げながら口元をそっと隠し、笑った。

同等以上の爵位を持つ者に女性は口元を見せて笑ってはいけない。

そっと伯爵の目を見ると、優しさを含みつつも、私たちの一挙一動に目を光らせているようだった。

かなり警戒しているのだろう…本当に武人のようなお方だ。気が抜けない。


「イルドレッド氏の噂も、この地エクスティアまで大きく届いておりますぞよ。」


「私には勿体ないお言葉です。こうしてお招きいただけて恐縮です。」


話しかけられ、少し動揺したイルドレッドの腕が震えたのが分かった。

さっと伯爵の目が動いたことからも、今の動揺は気づかれただろう。

こちらから叩き込んでいった方がいいかもしれない。


「素晴らしい庭園ですわ。私、先ほどから見惚れておりまして、イグスレー伯爵様の元にある物たちは、すべてこうして生まれ変わっていくのかと思いますと、敬服いたします。」


相手のすべてに賛同するような姿勢を見せつつ、伯爵の動きを見る。


「敬服、ですか…身に余る言葉ですな。ただ、レディ・フォーカルドは、確固たる意志をお持ちのようにお見受けいたします。生まれ変わってはくれないでしょうな。」


つまりは、伯爵は、私たちを自分の物にすることは確定ではあるが、自分に染まらなければきっと枯れていくだろうと言いたいのだと思う。

先に仕掛けてきた私を挑発し、様子を見るつもりなのかもしれない。

商会の後ろ盾はあったらいいなとは思っているが、枯れていくつもりは一切ない。


「それは、この後の話次第だと勝手ながらに考えておりますの。」


再び口元を扇子で隠し、目を細めて伯爵に笑い返した。


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