第1章13節:魔道具
心を落ち着け、体の奥にある熱を表面に手繰り寄せていく。
じんわりと温かさが指先まで広がっていき、さらに体に馴染んでいく。
体の中の流れを感じながら、頭の中のキャンパスに思い描く。
全身を包むように発生する風の流れ。
人の肌をも裂いてしまえるような狂気的な風が皮膚の表面を覆っていくように広がる。
地面を蹴ると、風をきる音が耳が聞こえた。
――――気持ちいい。
冷たい風が頬を掠めていくのを感じながら、そんなことを思う。
対峙していた向かいの人物の体の動きを注意を払いながら、距離を詰めていく。
相手から切りかかってくる剣をいなし、隙ができた腹に膝をのめりこませる。
それでも相手の体制を崩すことができなかったため、体制をかえ、腹を蹴りつつ相手と距離をとる。
距離を取りながらも足に忍ばせていたナイフを投げ、同時に左手に熱を込める。
投げたナイフを払い、追撃してくる相手の顔に向けて火を纏わせた拳を打ち込む。
相手の体が離れると同時に右手に持っていた剣で下から相手を切り上げた……つもりが、相手の剣で防がれた。
切り上げた際に空いた私の腹めがけて相手が切り込んでくるのが分かった。
引っかかった――――相手との距離を見ながら、予め体に纏わせていた風を1点に集中させ、風圧で相手の手元にある剣をねじり飛ばす。
見た目はなんともないように見える、私の体を覆う風の鎧は、恐ろしい破壊力を秘めている。
私の意思次第で如何様にも形を変えることができる上に、何も考えずに触れてしまえば、切り刻まれてしまう。
風の動きを1点に集中させて、相手に放ってしまえば、攻撃にも使える。
私からの押しに耐えきれなかったのか、相手の手から剣が離れ、飛んでいく。
持っている剣を振り下ろし、相手の額、数センチ前で止めた。
「私の……勝ちかしら?」
「お、お見事です。アーリア様、降参します。」
青ざめた顔で、護衛――――マーカスがそう言った。
私とマーカスが剣を交えるのを見ていた取り巻きから拍手が聞こえた。
私が魔力を取り込む手段を得てから、魔法を今のように扱えるのに5年かかった。
魔法は基本的に頭で結果をイメージし、使っていくものだ。
イメージをすること自体に問題はなかったのだけれども、私の体内で生成された魔力を使用しているわけではないためか、よくイメージ通りに魔法が作動せず、暴走することが多かった。
結果をイメージしつつ、同時に魔統文字を頭の中で描いていくこと、そして繰り返し初級魔法から練習を繰り返し慣らしていくことで、感覚を掴むことができた。
通常であれば、日常生活で魔法を使っていけるよう、3つの頃から魔法の教育を受ける子供が多い。
ただ、私が魔力を得ることができたのは、6歳の時であり、3年もの差が同世代とついていた。
その差を埋めるためにも、定期的に魔封石から魔力を補充し、魔法を扱う訓練を重ね続けた。
毎日父親とする鍛錬に、魔法を織り交ぜた戦闘を取り入れ、魔法込みの戦闘に慣れる。
日常生活でも魔法を極力使用するようにし、感覚を体に覚えさせた。
定期的な魔力の補充が必要になるのは、すごく面倒くさく、また、常に自身に残っている魔力の量を気にしながらの戦いとなるため、万能になったわけではない。
ただ、魔法も使えずに無力だった5年前と比べ、少しは身を守れるようになった。
これも、イルドレッドのおかげだった。
「マーカス、相手になってくれてありがとうございます。私はこの後工房に顔を出して最終調整を進める予定ですが、ヤーコンはどうしてます?」
「ヤーコンは、アーリア様の旅の支度を進めております。戻るのは夕刻頃になりますでしょう。フォーカルド領を離れることになりますからね。彼も入念に準備を進めています。」
「そう。ありがとう。イルドレッド氏の元に行くわ。」
鍛錬用の剣を片づけ、侍女に渡された布で額の汗を拭った。
さらに渡された水を飲むと、乾いた喉に冷たい水が染みわたり、生き返った気分になる。
ここ5年で変わったことといえば、私の魔法の扱いだけではない。
イルドレッドが心血を注いで、魔道具の開発を大きく進めてくれた。
魔封石を伸ばすとゴムのような素材になることは、5年前から分かっていた。
この素材をうまく応用して、人工的に魔力を閉じ込めることができる密閉空間を彼と開発した。
魔封石を布のように薄く伸ばし、それを魔力を封じる囲いとなる対象の器に貼り付け、魔力が逃れないように密閉すれば、人工的な魔封石ができる。
この密閉空間を作り出すまでが一番時間を要し、他の鉱石を何度も混ぜ合わせやっとたどり着いた技術だった。
後は密閉空間を作り出す前に、その器に魔統文字を刻めば、自動で魔法が発動する道具の出来上がりだ。
ただ魔統文字を中に刻むだけでは、一つの結果しか生み出せないから、この問題への解決でも時間を要した。
でも、イルドレッドの技術と私の魔統文字で試行錯誤を重ねた結果……当初から開発予定であったコンロ、そして冷蔵庫まで作り上げてしまった。
出来上がった当初は、魔道具を家族に見せても首を捻るばかりであったが、一先ずフォーカルド家で1ヵ月使用してもらったところ――――これが大好評だった。
料理によく使用される火の魔法は、四属性の魔法の中でも一番魔力を消費する。
そのため、料理を作りっぱなしであると、人によっては立っていられなくなるほどの疲労感に襲われる。
また、食料を水の魔法で凍らせることは可能だが、凍らせ続けるのはかなり魔力を消耗する。
料理に関する疲労が大きく取り払われるうえに、個々人が持つ魔力に左右されることなく同様の結果を魔道具から得ることができる。
父親は、この魔道具の効果にかなり感動していた。
改革と称し、自身が治める全領土に私たちが開発した魔道具の存在を知らしめ、一般家庭でも使用するよう強く推し進めた。
私の目から見ると、個々人の消費する魔力を抑え、その節制した魔力で別の労働力を得ることを目的としていたように思う。
その影響もあり、数年で魔道具の普及率が全領土で60%までに上った。
普及率が上昇することにより、魔封石の廃棄に裂かれていた費用がなくなるどころか、魔封石の取引で収入を得ることができるようになった。
イルドレッドがいなければ、ここまで発展しなかったわけであって……。
私は父親に頼み、開発に大きく貢献してくれたイルヤンカに、魔道具の売上の7割が回るように手配した。
イルドレッドは、最初は依頼を受けただけだと、この内容を拒んでいたけれど、私からイルドレッドに対する感謝の気持ちであるということを強く訴えたことで、最終的には了承してくれた。
開発者の一人として、私の手元にも、もちろん利益は多く入ってくる。
浪費しなければ、一生暮らしていける財産くらいは得ることができていた。
開発した魔道具の継続的な購入があれば、今後も生活には困らないだろう。
17歳の成人まであと6年――――思ったよりも自立に早く近づいていた。
もはや、もう成人まで待たずに自立しても良いのではないか……むしろ、自立できるのに家に残り続けるのは甘えなのではないだろうか。
最近はそればかり考えている。
居心地が良いことに安心して、すぐに行動に移せないのは、きっと私が甘い。
「なーに辛気臭い顔してんだよ。そんなに俺のエスコートが嫌か?」
考えこんでいると、後ろから大きな手で頭をわしゃわしゃ撫でられる。
私にこんな風に接する人は、一人しかいない。
「イルドレッド……まさか、そんなことは思っていないよ。」
頭を押さえ、振り返って彼を見る。
5年前に初めて出会った時よりもさらに身長が伸び、見上げるほどにまでに成長したイルドレッド。
5年前は眉間に皺が寄っていることが多く、近寄りがたい雰囲気を纏っていた彼も、自分の好きなことに打ち込めている環境のせいか表情が明るくなり、今では爽やかな好青年の印象を与える。
この間、侍女たちがイルドレッドの話をして色めきだっていたところを見かけた。
また、度々侍女にお誘いを受けることもあるのだという。
残念なことに…ここ5年でイルドレッドの鉱石愛はますます増し、恋人は鉱石状態であるため、その手のお誘いはすべて断られているそうだが……。
私は彼がイルヤンカの跡取りを残せるのかと個人的に心配している。
「でも、ほんと、マナーとか作法とかわけわかんねぇ。貴族様はこんなのを意識して生きてんのか…ほんと、うんざりする。」
「慣れればそんな苦痛でもないよ。」
「なんか嫌味っぽく感じるのは俺の性格がひん曲がっているからか?」
この、この、と言いながら、さらに頭をわしゃわしゃとかき乱される。
実は、イルドレッドと共に、イグスレー商会という、大規模な商会の親睦会に誘われており、それに参加するため、私たちは明日から出発することが決まっていた。




