第1章9節:得たもの
私の身が自由になったのは、視察に行ってから3か月後であった。
娘が行方不明になり、帰ってきたら目の色が変わっていたのだ。
当たり前だけれども、帰ってきてからの行動は、かなり制限されてしまった。
外出は原則禁止。父親から受けていた鍛錬も室内で行われた。
毎日医者の診察を受ける必要があり、目が変わったことでの経過観察をされた。
私の目が何らかの魔力が帯びていることは分かっているようだが、その効果は医者にも分からなかった。
実は魔統文字が見えます……何てことは言えずに私は黙って診察を受けた。
この3か月ははっきり言って窮屈だったが、家族からの愛ゆえの制限だと知っていたから何だか心地よかった。
前世で私がどう行動するかを制限した人はいなかった。
家には何時までに帰らないといけない、こんな行動をとってはいけない、なんてことはなくて、完全に自由だった。
その自由も時にはいいものなのかもしれないが、誰も自分の行動を気にしないなんてことは、ひどく孤独なことであることをここに来てから知った。
無関心……それは好き、そして嫌いの感情からかけ離れたものだと思った。
私はこの世界の家族が好き……いや、かなり好きになっていた。
いつだって温かさがこの家には溢れていて、私の前世の渇ききった心はどんどん満たされていく。
私は、この温かさだけで幸せだ。
ただ、この幼少期の温かさに溺れているだけでは、未来の幸せを逃してしまうことは知っている。
家を出るべき……というのは理解しているのだが、家族のこの温かさを思うと、家を出る時は、家族に納得してもらう形を用意した上で同意を得る必要があると、私の行方不明事件の一連を経て感じた。
何も言わずに家を去るのは、さすがに私の勝手が過ぎるだろう。
何をすれば納得が得れるのかは難問だが、家族に迷惑をかけずに生きていくには模索する必要のあることだ。
取りあえずは今あること、できることを取り組むしかないだろう。
その、今の私にあること……魔封石と魔統文字だ。どう組み合わせようと考える。
シーア様は私に多くのことを与えてくれた。魔統文字、そしてこの目もそうだが、私の体の仕組みを教えてもらったのも大きいだろう。
私は、魔力を体内にとどめる器と、仮に魔力があった場合に扱える枝、そして魔法を発動するための魔統文字が体の中にある。
後は魔力を足すだけでいいのだ。
貰った魔封石に入っている魔力を私の体内に入れたいのだが、どうしようか……。
単純に持っているだけで何とかなるかもしれないと考え、自由になれなかった3か月は石を身に着けて過ごしていたが、変化はない。
多少石が私の体温で変形したぐらい。
石に穴をあけて魔力を逃せばいいのかもしれないと、鉱石場で貰った道具で穴をあけるが、穴をあけると同時に魔力がすぐ外に逃げてしまう。
魔力の塊に魔統文字を突っ込めば魔法が発動しそうな気がするが、魔力が逃げるようじゃ難しいだろう。
それに、この魔封石、やはり扱いが難しい。
私の体温で変形してしまっているし、小型の魔封石だと握っているだけで粘土のように形を変えるのだ。
無理に切断すると石全体が砕けてしまう。
やっぱり、私のなけなしの知識ではどうにもならないか……。
せっかく自由の身になったし、近くの村の錬成屋に行ってみようか。
錬成屋は、鉱石などを加工し、武器や生活用品などを始めとする物を作り、販売する店のことだ。
鉱石の取り扱いには詳しいだろうし、魔封石が取り扱いの難しい鉱石といえど、何かしらのヒントを得ることができるかもしれない。
突破口があるかもしれないと思うといてもたってもいられなくなる。
さっそく外出する旨を家族に伝え、家からもっとも近い錬成屋に要件と来店することを伝達するよう侍女に頼む。
いくら自由の身であるとはいえ、私はこれでも伯爵家の人間。
誰にも何も言わずに勝手に外を出回ることはできないし、来店するのにも事前に伝えなければかえって迷惑をかけてしまう。
家族から私の外出を渋られたが、ヤーコンを始めとする護衛を複数名連れていくことで同意が得れた。
兄が付いていくと言い出したが、さすがに村の錬成屋に次期領主とその妹が押しかけていくのは負担が大きすぎると思う。
断るとまるで女に振られたかのような落胆っぷりに、大げさすぎて少し不安になったが。
◇
錬成屋、イルヤンカは、店主とその息子3人で回している店だ。
小さな錬成屋ではあるが、売っている品はたしかなようで、他の錬成屋からも一目置かれているそうだ。
一番上の子供は15歳で、その下は7歳と5つであると聞いている。母親は最後の子供を産んだ直後に衰弱死したらしい。
一番上の子供――――イルドレッドは、加工能力に優れており、特に彼に作った武器は、騎士団の上層部がわざわざこの村に足を運んで買い求めるほどの品であるとのことだ。
ただ、加工能力が優れているものの、気難しいようで……近所の子供たちとは一切かかわりがなく、興味本位で近づいていく子供も泣いて帰ってくるそうだ。
泣いて帰ってくるとは……一体何をしたんだろうか。
護衛のヤーコンから貰った報告書を読み終え、彼に返す。
私は、複数の護衛を連れて、今まさにその錬成屋、イルヤンカに向かっていた。
この世界は、長距離であれば、鳥の印持ちと移動するのが普通だが、そんな距離でもないため、家の馬車で向かっている。
ある程度は自分でも調べた情報があったものの、さらに詳細な情報をヤーコンは自主的に調べてきてくれていた。
「ありがとうございます。」
「いえ、他にも必要なものがあれば何なりとお申しつけください。」
「その言葉は嬉しいのだけれども……護衛は通常ここまでするのでしょうか。」
「申し訳ございません。出過ぎた真似をしました。」
「いえ、謝ってほしいのではなくて、すごく疑問に思っただけでして……。」
護衛は、私の身を守ってくれる仕事であって、こうして先回りして情報を提供するのが仕事ではない。
私の行方不明の事件以来、どうもヤーコンが本来の仕事以上のことをやっている気がするのだ。
私が欲しいと思う情報を前もって調べていてくれたり、侍女のように私の身の回りの世話もやってくれていることもある。
もしかして、私が行方不明になったことに責任を感じているのだろうか……。
そう思うと、私が事実を何も言わない現状に申し訳なくなってくる。
「通常は、護衛はここまでしませんが、私がアーリア様に真にお仕えしたいと思っているからでございます。もしご不快な思いをさせてしまったのであれば、控えます。」
「不快など、悪い気持ちは一切持っていません。ただ……その、もし……私の行動で気に病むようなことをさせてしまったのならば……申し訳なく思っているだけです。」
行方不明の事件について直接触れるのは、何だか彼のプライドを傷つけるような気がした。
回りくどい言い方になってしまったが、気に病む必要のないことは伝わっただろうか。
彼と目を合わせてみるものの、まっすぐな眼差しからは何も読み取れない。
いつもと同様に一瞬の隙も見逃すつもりはないような精悍な顔立ちで私の前にあるだけだった。
「アーリア様が申し訳なく思うことは何一つございません。そう思わせてしまっていること自体が私の力不足でございます。」
そう言って彼は頭を下げた。
すべてを自分のせいにする必要なんかないのに……。
これ以上私から何か言っても、今は自分を責めるだけだと思い、その後の言葉は控えた。
ただ、これは時間をかけて彼の気持ちを変えていく必要があるなと思う。
「アーリア様、もう到着するようです。」
もう到着するのか。
窓に目を向けると、少し離れた位置にレンガ造りのしっかりと構えた建物が見えていた。




