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7 無期限

 ヒューリとサドリは、会議のために使われる部屋で向かい合って座っていた。


「またマグナ・マテルの精霊が来ているそうですね」


 サドリは窓から見える象を一瞥した。


「ああ。ツァイさまと仲が良くていらっしゃるからな」


 今は司祭と着付け師という立場の違いはあるが。元はヒューリもサドリも中等学校の同級生だ。

 四年間の初等学校で読み書き計算、その後は中等学校で数学や地理、天文学に音楽の韻律いんりつを学んだ。


 当時は体が小さく病弱だったサドリは、よく早退していた。その彼を迎えに来ていたのが、姉だ。

 名前はリリ。今、リリを見かけることがないのは、きっと嫁入りして子育てにでも追われているのだろう。

 子どもだったヒューリから見ても、綺麗な人だった。おっとりとして温厚で。いい母親になっているに違いない。


「そうそう。あなたにもお話しておきましょう。ツァイさまのことですが」


 サドリの声で、ヒューリの心は過去から引き戻された。


「なんだ?」

「今後も聖女を続けて頂くことになりました」

「は?」

「聞こえませんでしたか? 次の聖女がいまだ見つかりませんから、このままツァイさまが聖女で居続けることとなります」

「なんでだよ!」


 ヒューリは立ち上がり、思わず机をバンッと叩いていた。手袋をはめていないヒューリの手は、古い傷痕だらけだ。


「彼女は、聖女を辞めるその日を心待ちにしているんだ。最初は十年、さらに一年。また一年延ばす気なのか?」

「無期限ですよ」

「なんだと?」


 冷淡なサドリの口調に、ヒューリは眉をしかめた。


 何を言ってるんだ、こいつは。無期限? ありえないだろ。いつまでもツァイさまは血を搾り取られるというのか。それを傍で見続けろと?

 ふざけるな。お前は何様だ。


 罵りの言葉が次々と浮かんでくる。かろうじて耐えることができたのは、ここが神殿で部屋の外には参拝者がいるからだ。 

 普段は口数の少ないヒューリだが、元は無口というわけではない。


「ご存じのとおり、今のサラーマは景気が良いですからね。娘をキュベレー神殿に売り飛ばすよりも、働かせた方が収入が良いと世間の親は考えているのでしょう。ですから聖女になるべき少女もいない」

「……そういうもんなのか」

「ヒューリ。あなたには理解できないでしょうね」

「したくもない」

「そうですね。あなたはまっすぐでいた方がいい」


 含むような言い方をして、サドリは立ち上がった。

 窓辺へとゆっくりと歩いて行くと、中庭につながれたままの象に目を向ける。


 ゆうべ双子はキュベレー神殿から帰らなかった。どこにも彼らの姿はないのだが。巫女が部屋を用意したのだろうか。


「象は何を食べるんでしょうね」

「果物じゃないのか? よくは知らないが」

「マグナ・マテルは宝石を愛で、その子らは自由奔放。そして女神の使いである象は甘い果実を食す。あちらは、血を求めるこちらとは大違いですね」


 今日のサドリは妙だ。元々、アメトリンの双子を歓迎しているわけでもなく、どちらかといえば無視していたのに。


「ヒューリ。あなたはなぜキュベレー神殿で着付け師となったのですか? 着付けの仕事は多いでしょうに」

「あの頃は景気が悪かったからな」


 他に選択肢がなかったと言えば、それまでだが。自分の職業選択が、ツァイの親が彼女を育てることを放棄したのと同じ理由だと考えると、気が重くなる。


「サドリ。お前は?」


 ふっ……と寂しげな笑みをサドリは浮かべた。それはヒューリの知っている冷淡な司祭ではなかった。


「司祭になる以外に選択肢はありませんでしたよ」


 窓から見える象に背中を向けたサドリの顔は逆光になり、影に沈んでいる。


「キュベレーさまの決定事項を伝えます。聖女ツァイの任期は無期限、そして祭儀は今後月に四回となります」

「なっ……」


 あまりのことにヒューリは言葉を失った。


 気づいた時には、サドリを殴り飛ばしていた。よろけたサドリが、壁に背をつく。口の中が切れたのか、彼の薄い唇の端から血が流れていた。


「無駄なんですよ。私を殴ろうが、怒ろうが。ツァイさまは血を搾り取られ、傷だらけのボロ雑巾になって捨てられるんです」

「そんなことはさせない」


 関節が白くなるほど、掌に触れた爪が皮膚に食い込むほどにヒューリは拳を握りしめた。


「ヒューリ。あなたはキュベレー神殿の着付け師なんですよ」

「俺は、ツァイさまの着付け師だ。女神の着付け師は、別にいる」


 混沌とした古い時代、原初の女神は苛烈でなければなかったかもしれない。だが今はもう時代が変わっている。神の在り様も変化すべきだ。


「ツァイさまのことを、嫌っているのではなかったのですか?」

「ああ、別に好きではない」


 自分でも嫌になる。

 嘘がスラスラと口から出てくるのだから。

 だが、秘めた気持ちをサドリに知られたら、ツァイの傍にいることも叶わなくなるに違いない。


「ならば、なぜ彼女に同情するのです? 普段から冷たく接しているくせに」

「理解してもらおうとは思わん。守りたい者がいないお前には、どうせ伝わらない」


 口の中が切れたのだろう。血がにじむ唇を、サドリは手で拭った。


「守りたい者がいても、どうせ守り切れないんですよ」


 皮肉な言葉。なのにサドリの表情は自嘲しているかのように、冷めていた。


「ツァイさまには、私からお伝えします」

「いや、いい。俺が言う」

「……何を企んでいるのです?」

「別に、何も」


 ヒューリはサドリに背中を向けると、部屋を出ていった。


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