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6 双子神の剣

 その日は、朝から重い雲が垂れこめていた。蒸し暑さに、ツァイは手で顔を仰いだ。

 着付けのために部屋を訪れていたヒューリが、扇であおいでくれる。


「お姫さまみたい」


 特に感動もなく、ツァイは呟いた。

 好きでもない、むしろ嫌いな娘に仕えて、汗をかかないようにしないといけない。着付け以外の余分な仕事だ。


「この間はごめんなさい。食事を食べさせてほしいなんて、無理を言って。もう我儘は言わないから」


 そう謝っても、ヒューリは頭を下げるだけで、無言であおぎ続けている。

 沈黙が重い。ともすればため息をつきそうになって、ツァイは瞼を閉じた。


 二人きりでいるのが、つらい。きっとヒューリは一月後を心待ちにしていることだろう。迷惑を考えずに、自分の気持ちだけを押しつけるツァイのことを重荷に感じているはずだ。


 ふと、象の鳴き声が耳に届いた。

 窓に目を向けると、ドス……ドスン、という音が聞こえてくる。


「アメトリン達だわ」


 ツァイは椅子から立ち上がり、柱廊へと出た。

 むっとする湿気の中をやってくる象が、地面を踏みしめて近づいてくる。一歩進むごとに、体に振動が伝わってくるほどだ。


「来たわよー」

「出迎え、ご苦労」


 双子はひらりと身軽に象の背から、飛び降りた。かなりの高さがあるのに、まるで気にする様子もない。


 ツァイが彼らを部屋に招き入れると、すでにヒューリが飲み物を用意してくれていた。

 器に入っているのはテーフルトゥムだ。果汁を煮詰めたシロップを、水や酢で割って飲む。


「ああ、済まぬな。わざわざ。だが我らは今、潔斎をしておるのだ。何も食わぬし、飲まぬ」


 アメシストとシトリンは、窮屈だろうに二人で一つの椅子に腰かけた。


「暑いのに、喉が渇かないんですか?」

「んー、平気かな?」

「さよう。我らは、この体を脱ぎ捨てるのでな。口にするのは大気のみよ」

「それにあたしたちは不完全だから、食べたり飲んだりもするけど。のちの世に生まれる精霊は飲食物は必要じゃなくなるかもね」

「愛情と信頼が糧になるようにと、マグナ・マテルは仰っていたからな」


 ツァイの疑問はさらに深まってしまった。

 きょとんとしているのが分かったのだろう。シトリンが兄の腕を、つんつんとつつく。


「話を戻そっか」

「ああ。ツァイ、そなたに頼みがあって参ったのだ。その前にそこの着付け師、席を外すがよい」


 アメシストに命じられたヒューリは一礼して、部屋を辞した。


 きっとこの間の返事についてだ。女神キュベレーを殺せ、との。

 ツァイは息を呑んだ。


 多神教のこの国では、神同士の交流もあれば、戦いもある。

 サラーマ建国以前にも神々の戦いで滅びたり、信仰が薄れて消えていった神がいた。古い時代の朽ち果てた神殿が、郊外にはあるらしい。


 信仰が失われ、神はその姿を保つことすらできずに消失したのだそうだ。


「今の我らは精霊であるが。ツァイ、そなたの協力により神に召し上げられることができる。その条件として、我らがマグナ・マテルはキュベレーの排除をお命じになった」

「あたし達を使って、女神を殺してねってこと」


 シトリンのあまりにも軽い口調に、ツァイは唖然とした。しかもここは、そのキュベレーの神殿内だ。たとえ人払いをしても、堂々と話すような内容ではない。

 キュベレーの知る所となれば、この二人とて無事で済むはずがない。


 そもそも今のように、他の女神の精霊が好き勝手に神殿内に入ってくること自体が、理解できないのだから。


 元々この地に住んでいた人たちが信仰していたマグナ・マテル。東の地から伝わったキュベレー。サラーマは西と東の神々が混在している。

 マグナ・マテルもキュベレーも太母神という同じ女神だ。母なる神は、二人もいらないというのだろうか。


 結局、夜になっても双子は帰らず、ツァイは困惑の朝を迎えることとなった。


 一睡もできぬままに、夜が明けた。


 窓から差し込む光が強烈すぎて、目を開けるのも辛い。

 だが、朝日に照らされた物を何度も確認せずにはいられない。


「理解できない」


 寝間着姿のままのツァイは、机の上に二本並んだ長剣と短剣を見下ろした。

 柄の部分が水晶になっている。正確には紫と淡い黄色が混じったアメトリンだ。


『よいか。アメシストもシトリンも日光に弱い。いずれ時を経れば、我らは色褪せてしまうやも知れぬが。まぁ、できれば美しさを保ってほしいものよ』

「なんで長剣がしゃべるんですか」

『あ、あたしはツァイが使ってね。あの手袋おじさんは、嫌だな。だって不愛想なんだもん』

「はい。この短剣がシトリンね。でも、ヒューリは不愛想ではないわ。確かに口数は少ないけれど」


 ああ、今問題なのはそこではない。

 ツァイは頭を抱えてしゃがみこんだ。


 今でも信じられない。

 両手の指を互いに絡ませて向かい合う双子が、まばゆい光を放ったと思うと二本の剣になったことが。


『何を悩むことがある。我らは魂を剣に封じることで、単なる精霊ではなく神に昇格できるのだぞ』

『そうそう。双子神ディオスクリだよ。かっこいいでしょ』


 軽い。軽すぎる。あなた達は、神殺しの剣になったのでしょう。

 文句を言いたくなったが、なんだか通じそうにないのでやめた。


『まぁ冗談はともかくとしてだな。最近のキュベレーはおかしいのだ。ただむやみに血と狂乱を求めておる気がする。ツァイ、そなたは神殿から出ぬから知らぬだろう。街では何人もが、キュベレーにその身を捧げて命を落としておる』

「信者は祭儀で己の体を鞭打ったり、刃物で傷つけたりしますが。それが行き過ぎているのですか?」

『ふん。そんな可愛らしいものではないわ』


 すでに宝石に姿を変えたアメシストの表情は分からないが。その口調に、忌々しさが浮かんでいる。


『このサラーマは建国して間がない。いまはまだ神と人が共存しておるが、まずは神が腐っていくようじゃの。熟しすぎた果実が、徐々に腐敗するようにな。せめて人が巻き込まれんように、神の子の精霊である我らと、神の聖女であるそなたが動くべきではないか』


 つまり覚悟を決めろということだ。

 ツァイは息を呑んだ。


 たったあと一月。聖女としての苦しい務めを我慢して、その後は自由でいられると思ったのに。

 ただ恋をしたいと願っただけなのに。


 それがいかに甘い考えであるか、思い知らされた。


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