15 芝居
アメトリンも剣も炎に包まれても、それ自体が燃えることはないかもしれない。
だが、その中にいる精霊たちは? 熱くないはずがない。苦しくないはずがない。死んでしまうかもしれない。
ツァイは素手で地面に突き立てられた剣を握ろうとした。
だがとっさにヒューリに肩を掴まれ、動きを封じられてしまう。
「離して! アメシストが。シトリンが」
目の前で燃え盛る炎に、頬が焼けるように熱くなる。どんなにヒューリの腕から逃れようとしても、無理だった。
「そのままでお聞きください」
炎の音に紛れるほどの小さい声。ヒューリはツァイの耳元で呟いた。
「その場に泣き崩れてくださって結構です。ですが、火傷を負わぬよう先にはお進みになりませんように」
「……なっ」
思わぬ指示に、ツァイは頭の芯がカッと熱くなった。だが見上げたヒューリの表情は、あくまでも冷静だ。
おかしい。
その違和感は、ツァイの昂る気持ちを静めた。
「お泣きになりますか?」
それは泣けということだ。
ツァイは訳も分からぬままに地面にしゃがみ込んで、両手で顔を覆った。
だが涙は出てこなかった。
ヒューリはツァイの肩に手を添えたまま、自分を見つめている。サドリは松明と化した二本の剣を眺めている。
そしてツァイが指の隙間から見たのは、神殿から出てくる女性だった。大柄ではない、ツァイより少し背が高いくらいだ。
なのに宵闇の中でも、さらに深く濃い闇をまとっているように思える。
松明を眺めるその姿が、前かがみになった。
彼女は腹を抱えて笑っているのだと、ツァイは気付いた。
「火傷をなさったようですね。手当てをするなら私の部屋が近い。ツァイさまをお連れしましょう」
「俺が……」
サドリの申し出を受けて、ヒューリはツァイを軽々と抱えて、立ち上がった。
当たり前のような一連の行動に、サドリは苦いものを飲みこんだように、顔をしかめる。
「罪作りですね」
「なんのことだ? 聖女に触れるなという決まりを破っているからか?」
「いえ、あなたには一生分からないことでしょう。気にしないでください」
そう言いつつも、サドリは神殿の方へと視線を流した。ツァイもつられて見ると、さっきまで笑っていた女性と視線が合った。
神殿の灯にぼうっと浮かび上がる彼女の瞳は、どこまでも陰鬱だった。
火傷はたいしたことはなかったが、ヒューリがつきっきりで手当てをしてくれた。
水に浸した布を、ヒューリがツァイの頬に当てた。
ひんやりとした冷たさに、冷静さを取り戻していく。
「明かせぬこととはいえ、勝手に部屋に入り申し訳ないことをしました」
サドリが布に包まれた長いものを持ってくる。
丁寧な手つきで布をめくると、中から今一番会いたかった友人たちが現れた。
「アメシスト! シトリン!」
紫と檸檬色がまじりあう美しい水晶の柄。傷一つついていない。
「よかった。無事だったんですね」
『んー、もう朝なのか?』
『いい布団だよねー、柔らかくって。もらって帰ろうよ』
明らかに寝起きの声で、双子がしゃべりだす。
「……馬鹿」
『おい、シトリン。そなた、ツァイに叱られておるぞ』
『馬鹿なのはアメシストでしょ』
「二人ともです。なんでそんな簡単にさらわれてるんですか? どうしてのんびりと寝ていられるんですか? 下手をすれば、あなた達が燃やされていたんですよ」
ツァイは身を乗りだして、まくし立てた。
あれが精霊の宿らぬただの剣であったと分かっていても、炎に包まれた様子を思い出すだけで身震いする。
『なぁ、ツァイよ。我らは燃やされはせぬぞ』
「そんなの分かりません」
『だって、あたし達を匿ったのもサドリだし、偽物を燃やしたのもサドリよ。ね?』
双子の剣に諭されて、ツァイはサドリを見上げた。司祭は、いつものように澄ました顔をしている。
そういえば、これまでサドリともあまり話をしたことがないことに、ツァイは気付いた。
「アメトリンを燃やすように命じたのは、女神ですよね。どうして司祭であるあなたが、彼らを助けてくれたんですか?」
「燃やす理由がありません」
だが、それはおかしいと自分で気づいたのか、サドリは眉間を指で押さえた。まるで困っているかのように。
「理由がないことはありませんね。その精霊の剣は、キュベレーを殺すための剣。司祭である私が排除するのは当然のこと。なのに、私はそれをしなかった……」
サドリは言い澱んだ。そしてまるで救いを求めるかのように、ヒューリに視線を向ける。
「なんだ?」
「いえ……なんでも」
「はっきり言えよ。サドリ、お前は俺に言っただろ。自分はキュベレーに仕えていると。神殿前にいたあの女性はキュベレーなんだろ? なんでお前は女神の前で、芝居を打ったんだ? まるで彼女の望み通りに、双子の剣を燃やしたように振る舞って……お前は何がしたいんだ」
まくし立てるヒューリを目にして、ツァイは瞬きをくり返した。
こんな風にしゃべる人だったのか。自分と接している時の無口な彼しか知らなかったから。ヒューリの新たな面……いや、本来の彼自身を知って驚きを隠せない。
(わたしは、何も知らなかったんだわ)
ヒューリのことも、サドリのことも。
突然、サドリの部屋の扉が勢いよくノックされた。
「司祭。こちらにいらっしゃいますか。女神が祭儀を一刻も早く行うようにと」
扉越しに話しているのは巫女の一人だ。
「着付け師と、聖女。二人を呼ぶようにと」
「二人? なぜ」
サドリは弾かれたように踵を返して、慌てて扉を開いた。
「女神が望んでいたのはヒューリのはずです。確かにツァイさまは、自らが祭儀にお出になると用意はなさっていましたが。なぜ女神は急に」
「存じ上げません。でも、あの黒い液体を神殿に運ぶようにと言われたんです」
「タールを、ですか」
サドリの言葉を聞いたヒューリの顔が、蒼白になる。
ツァイが彼の袖を引くと、気付いたヒューリがツァイを抱き寄せた。
ただ、それだけの仕草で分かった。
女神が求めているのはヒューリで、聖女であるツァイを灯火代わりに燃やそうとしているのだと。
アメトリン達のように。
それはまるで、嫉妬だ。愚かな女が思うがままに、周囲を引っ掻きまわしているみたいだ。
次の聖女がいないからとツァイを引き留めておいて、ヒューリが代わりになると、今度は彼を求める。そしてヒューリを奪うツァイを、邪魔だと殺す。
何一つ、筋が通っていない。感情の赴くままに動いている。
神の我儘に振りまわされて、それでもなお仕える義務なんてどこにもない。これは信仰を集める神の在り様ではない。
ツァイは、ヒューリの服をぎゅっと握りしめた。
大丈夫。とうに決心はしていた。
ただ決行が今夜になっただけ。それだけのことだ。




