山から来た木乃伊
妹の話に寒気が背筋を駆け上る。それも無理ない。刻音は俺に事実とその印象を口にしたに過ぎないが、怪談でもあった。それはたった今本当にあった怖い話という訳だ。
人には、直視したくない状況にぶち当たる機会がままある。そういった類のタスクに対しては――――
「……まぁ、怖い話は置いておこう」
「え、えぇそうしましょう。お兄ちゃん」
――――とりあえずプライオリティを下げてしまうのが一番だよな。
「ところでさ刻音? さっきから隣にいる方はお知り合い?」
気持ちを改め、目下の懸案事項を話題に出す。質問を受けた刻音も一転、顔を綻ばせ、手のひらで隣を指し示す。
「ええ! 紹介しましょう。刻音のお師匠様です」
……あぁ……マジかぁ
いやね、別に妹が俺の知らない人間関係を築いている事そのものにケチを付ける程、お兄ちゃんは過保護ではないつもりだよ。
でもさ件の人物が、ボロ布でグルグルのミイラみたいな奴だったら嫌な顔になるのも仕方ない。なんつーかホラ、兄として?
「何度も言うが、刻音よ。君は拙者の妹分であれど弟子ではない。拙者達に師がいるとすれば、それは共に鍛えたあの山であろうよ」
兄妹感動の再会の時から所在無げに立っていたミイラは、くぐもって聞き取りにくい声で刻音を諭す様に訂正する。
つーか拙者ってまたコッテコテな。中二病最盛期の刻音がなつくのも頷ける。
訝しげに見つめるこちらの視線に気付いたのか、彼は俺の方に向き直った
「初めましてだ、兄者殿。そしてすまなかった。拙者が君の妹を一ヶ月も借りていたせいで、さぞや心配されたことだろう」
予想外の常識的対応に面を食らう。でも、ここはあくまで強気で詰問しないと。
「いえ、貴方が愚妹の面倒見ていてくれてたのは大体分かります。それに関してはありがとうございました。ですが、兄としては見知らぬ男と妹が一月も寝食を共にした事実には激オコと言いますか……」
ボロ布越しでも分かるほどにキョトンとした表情を見せるミイラ。直後、穏やかな眼差しで笑みを作る。
「フフッ、成程。妹思いの良き兄者殿だ。しかし拙者のような山猿も男扱いは流石に傷付く」
言うと、砂埃まみれのフードを脱ぎ、顔にかかった布を解いて見せる。
まず最初に移ったのは日に透けるような金色の長髪だった。それに見惚れていると、悪戯な碧眼が俺を射抜く。笑みを浮かべた口元をが見えた時には思わず声を出していた。
「まさかのブロンド美人っ!」
「美人とは些か照れるが、これで拙者への不信感を減らしてくれるとありがたい」
困ったように頬を掻く美女。その表情は確かに同年代の女性のもので、小汚い服装とその一人称とは余りに不似合いだ。それになにより日本人離れの髪と瞳………
俺の視線を受け、元ミイラは続ける。
「そろそろ名乗っておこうか。拙者は杏子・シルヴィア。刻音が迷い込んだ山でたまたま修行していた女剣士だ」
そう冗談めかして笑う
「あ、はい。とんだ失礼を。俺は凛吾です。え~と、ハーフの方?」
「いえ、目はカラコンですし、髪は昨日私が染めました。名前も源氏名ですよね?」
口を挟んでくる刻音。明らかに突っ込んではいけないポイントだとは思うが、杏子さんは動じてはいないようで、色々あるのさと笑ってみせる。
「馬鹿な妹ですみません」
「いいさ。拙者はこの子の無遠慮で素直な所を好いている。それにこの子の世話をしていたのも意図があってのことだ」
「意図?」
「左様。この大会では妹君を拙者の駒として使わせて頂く」
「なっ!」
予想外の発言に目を見開くが、隣の刻音が縦に頷くの見て、双方の合意があるものだと理解する。
「刻音は修行の中で目標を、剣聖になることから、より長く試合を見物する事にシフトしたそうだ。それなら拙者と協力した方が互いに都合がいい。凛吾殿もどうだ? 見たところ剣聖を目指している訳でもあるまい?」
正々堂々戦って勝ち目がない俺にとって共闘の申し出はありがたい。いや、俺は別に勝ちたい訳じゃないか……。まぁやっと見つけた妹と別行動をとる必要も感じないか。
なら気になるのは――
「俺にとっては願ってもないけど、あなたはそれでいいんですか。そんなやり方で剣聖になって……」
その問いに可笑しそうに笑った杏子さんは答える。
「その点は問題ない。拙者の目的も剣聖とは別にあるからな」
なるほど。この人と俺達が敵対する場合はよっぽどないと考えていいのだろう。
「なら、俺も仲間に入ります。ですからその目的聞きましょう」
杏子さんは満足そうに頷く。
「懐に入ってから目的を訊くか……凛吾殿はなかなかわきまえているな。良い拾い物だったやもしれん。ならばこちらの目的を明かそう」
駒だの拾い物だのこの人も大概素直だ。ここで嘘を吐くこともないだろうと構えていた俺は、彼女の言葉に瞠目する事になる。なんせ
「拙者は幽霊退治がしたいのだ」
大真面目な顔でそんなことを言うのだから。




