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3/8

仙人

「坊主、そりゃあないだろ!」


 俺の宣誓を聞いてか、40代くらいの男が咎めるような口調で声をかけてくる。彼の熊のような巨体のせいもあってか、その怒声に俺は瞬時に竦み上がってしまった。


「こんな辺境まで来たってのは、これがどういう集まりだか分かってるってことだよな? なら分かるはずだ。餓鬼が茶化していい場じゃねぇんだよ」


 肩を強く掴まれ、言葉をかけられる。強い語気の中にもこちらを慮る気持ちを察する事が出来、この人は心身共に成熟した立派な武人なのだと感じた。

 しかし、こちらも洒落でここにいる訳ではないんだ。意を決し、その大男を眼を睨み付ける。

 片目に刀傷を残すその隻眼の剣士と視線が交差した瞬間、死を感じた。堪らなく恐ろしい絶望の感情が俺の全身を巡り、体中が震え、涙腺はあっけなく決壊した。それでも視線は外さなかった。外す訳にはいかなかった。


 「もう良い」


 穏やかながら、よく通る声が響き、何時の間にか俺と男の間を一人の老人が隔てていた。

 齢は70をとうに超えているだろうに背筋は天を衝く様にまっすぐ伸び、傷だらけの大樹を思わせる腕はその老体が力に満ち満ちていることを示していた。


 長い白髪と着物を揺らして現れたその仙人の姿を認知した瞬間には、俺の中の絶望はパージされ、心は鮮烈で軽快な無に塗り替えられていた。


「この若人にも譲れないものがあるということ。其方の心配も尤もですが、決意に満ち満ちたあんな眼を見せられれば、もう何も言えない。そうでしょう?」


 その男性の存在はどこか現実離れしたものに感じられ、夢見心地でその言葉を聞いていた。語りかけられた大男の方もそれは同じだったようで、しばし遅れて


「……あ、ええ」


 呆けた様にそう口にし、俺の両肩から手を離した。


 満足げに頷き、仙人は俺たちに背を向けて歩き出す。その姿に大男は我に返ったように真面目な顔になり、静かに正座した後、頭を垂れて声を上げる。


「私は山村熊吉と申します。相当な使い手だとお見受けしますが、御尊名を伺っても宜しいでしょうか」


「儂は求道砥己(くどう とき)というものです」


 熊吉と名乗った男は勢いよくその顔を上げた。その顔には驚愕が浮かんでいたが、すぐに取り繕い


「ハハッ どうりで」


 そう乾いた調子で応じた。

 求道砥己という名に動揺したのはどうやら彼だけではないようで、仙人が進む先は、預言者が海を割ったように、人が道を開けていく。


 その姿を目で追いながら、礼を言えなかったと後悔していると聞きなれた声が耳に入ってくる。


「遅いですよお兄ちゃん!」


 その言葉につられて、声の方に目を向けると一ヶ月の間行方を眩ませていた妹の姿があった。


「受付時間ギリギリじゃないですか。来ないかと思っちゃいましたよ」


 俺が心配して来ることを見越していたそうな刻音の言葉それも気にせず、俺は妹の無事を喜んで抱きしめた。


「ちょ、お兄ちゃん。恥ずかしいです! って痛い痛い痛いぃ! 肘で背骨をゴリゴリするのはお仕置きにしてもトゥーマッチですよぉ」


 一ヶ月ぶりの妹の姿は記憶の中のものより随分とやせ細ってしまっていて、小汚い服装をしていたがどうやら健康体で心の底から安心する。


「さぁ、帰ろう。父さんたちが心配してる」


 両親に連絡をとろうと、携帯を手に取るが圏外の文字が目に付く。そして


「無理ですよ」


 そう刻音が口にする。


「あの門が閉じたら、どんな理由があろうと終わるまで帰れない。そういうことらしいです。自衛官さんが言ってました」


 マジかぁ、大きな溜息が出る。一応覚悟は決めてここに居る。でもなぁやだなぁ。


「まぁ前向きに楽しみましょう? 歴史の生き証人になれるんですから。それにしてもさっきの人……」


「ああ、求道砥己さんのこと? あの仙人やっぱり有名人なのか」


 刻音は真面目な顔で頷く。


「求道砥己。有名どころではないですよ。存命の剣聖の一人=芽創武久(がそう たけひさ)と共に実際の戦場で武勲を上げた英雄で、剣聖候補の筆頭と呼ばれていた方です」


「ん? 呼ばれていた?」


「三年前に亡くなった故人ですよ」


「なっ! ……じゃああの人は偽物ってことになるのか。それにしては」


「そう、只の偽物にしてはオーラがあり過ぎる。だから……」


 そこで刻音は大きく呼吸をした。顔から汗が一滴零れる。


「……だから不気味なんです。まるで本物のようで」

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