《解析》の本領
『……なあ、どうするよ?』
『どうしよっかー………』
その日も、公爵家の屋敷で飯を貰ったのだが、このままだと大変だろう。いつか追い出されるか、ここに仕えるのを願われるか。どちらにせよ、問題解決はできない。エレナと少し話をして、自身の部屋へと引き上げていこうとする公爵の後ろ姿を見る。こんなことをしたところで、何の意味もない。けれど、手掛かりが無い以上、やれることもないと言っていいのだ。勿論聞き込みもしてみたが、どれも役に立ちそうもないものばかり。公爵本人に聞くわけにもいかず、聞いたところでわかりもしないだろう。まさに八方塞がりという言葉が正しい。
(せめて、その日に誰がいたかわかりゃあな……それだけでも特定はできるもんなんだが)
その場でため息をつき、せっかくだから部屋からいなくなるまでは見送るか、と思った。そして、そのまま見ていると……
『……!?なんだこりゃ!』
『どったの、レオン?』
シルフィが俺を見てくるが、そっちに意識を向けている余裕はなかった。なぜなら、俺の目の前にはとある情景が流れてきていたからだった。
『……シルフィ。催眠を掛けた相手がわかった。動くぞ』
『なんだかよくわからないけど……りょーかい!バシッと決めよ!』
『ああ』
思いがけぬ幸運に感謝しながら、俺は明日に向けて準備にかかるのであった。
※ ※ ※
「そうかい……それなら仕方ないね」
「はい。ですが、お願いできるでしょうか?たった一人の妹ですし、もう一人も大切な仲間なのです」
「それに関しては問題ないよ。きちんとこちらで面倒を見よう。そして、不自由もないようにすることを約束するよ」
「何から何までありがとうございます。もし私にできることがあれば、指名依頼をしてください。優先してお引き受けします」
俺が頭を下げて感謝の意を示すと、公爵は気にするなと手を振った。まあ、将来有望な冒険者と関係が持てて、ラッキーだと思っているのかもしれない。
昨日のうちに支度を整えた俺は、今日から事態を解決するために動くのだ。公爵の屋敷を出るにはそれなりの理由が必要だったが、それは指名依頼が入った、ということで納得させた。実際、あのじーさんから受けているのだから、嘘は言っていない。で、俺が逃げるわけではないことを示すために、ニーナとアカネは置いていく。勿論、こちらには精霊をつけておいた。リース?あいつは別にどうでもいいよ。
「それはありがたいね。これからもいい付き合いができることを祈っているよ」
「はい。こちらもそうできればと思っています」
あとは手短に別れを終え、屋敷を出た。屋敷を出た後、人がいなくなったところから屋根の上を走るという荒業で移動を始めた。こちらの方が早いしな。
『で、侯爵家までだっけ?案内すれば大丈夫?』
『ああ、頼む』
走っている間に喋れば体力を消費する。そのため、移動中のシルフィとの会話は念話が基本となる。今は肩にシルフィを乗せ、シルフィにナビしてもらっている状況だ。
『着くまでの時間は?』
『おおよそ半日かなー。むこうでのことも考えると、帰るのは明日以降だろうね』
『わかった。それにしても近いな?』
『単にレオンの移動速度が速いだけでしょ』
軽口を叩きながら、屋根から屋根へと飛び移る。確かによく見ていれば、景色はかなりの速度で流れていく。少なくとも、走りやチャリから見える速度ではない。この世界の無茶苦茶さを思い知った今日この頃である。
『それにしてもさー、どうしてわかったの?公爵を催眠状態にしたやつなんてさー』
『……勘違いをしていたからだ』
『勘違い?』
『そうだ。俺は《解析》を《鑑定》と変わらないものとして認識していた。でも、そうじゃない。この2つは似ているようでまったく異なる』
俺らしくもない、単純なミスだった。よくよく考えれば、すぐに気付きそうなことだったというのに。
『んー、いまいちよくわかんないんだけど……どこが違うの?』
『《鑑定》、ってのは物体。あるいは生物を調べるために使うものだ。簡単に言えば、インターネットや辞書と同じさ。それがどういったものなのかを知るためのスキルだ』
いまだによくわかっていないシルフィを見て、さらに噛み砕いた説明をする。道中はまだ長い、これくらい説明している時間はあるだろう。
『ふーん。じゃあ、《解析》は?』
『《解析》はより深く理解する、って意味合いを持つ。要は文献のようなもののことだな』
『もっとわかりやすくー』
『早い話が、すべてがわかるのさ。例えば建物をその2つのスキルで調べるとする。《鑑定》はその建物の名前、その建物を構成している物質のことまでしかわからない。一方で、《解析》はそう言った基本情報は当たり前として、その建物がどうやって造られたのか、誰が造ったのかまでもがわかる。今回なら何故催眠を掛けて、どんなふうに掛けたのか、までな』
自分で言っておいてなんだが、凄まじい効果である。その気になれば、物体ならば何でも創り放題、ということに等しいからだ。シルフィもそのことに気付いたのか、苦笑いしている。
『あはは……なんていうか………チートスキルだったね』
『ほんとにな………』
そして俺は、盛大にため息をつくのだった。




