老人
「……おい、こんなところに入って大丈夫なのか?」
エレナに連れて来られたのは、どこからどう見ても牢屋だった。一つ一つの独房は空ではあったが、正直俺が入るのは場違いな気もする。それに、見て回ってもいいと言われた場所ではないため、見られたら大変だろう。俺の言葉にエレナが振り返ることはなかった。
「大丈夫。私が許可した」
「それがどこまで通用するのか、怪しいところじゃあるがな………」
ため息をつきつつ、遅れることはなくついていく。それにしても、公爵ともなれば自分の屋敷に牢屋まで付けるのか?それとも、貴族の屋敷じゃこれが普通なのだろうか?ふとそんなことを考えるが、どうせ聞いたところで俺には関係のないことだろう。貴族の屋敷なんて買うことはないだろうし。そもそも、貴族になること自体が嫌なのだ。絶対に変なことはしないようにしよう。
くだらないことを考えていると、エレナが立ち止まる。目的の人物がいたのだろうか?軽くのぞき込んでみると、白髪交じりの壮年の男がいた。優し気な風貌で、この場にいることに違和感を覚えるような老人だ。だが……
「師匠?」
気付けば、ガンホルスターから銃を引き抜いていた。体もいつでも動くようになっており、何かあれば即座に発砲できる構えだ。エレナは驚いていたが、俺の方が驚いている。
「おい、エレナ」
「師匠、どうしたの?この人は悪い人じゃ………」
「どうしてこんな化け物がいる?」
「え?」
ツー、っと冷や汗が垂れるのを感じる。ここまで緊張したのは、今世ではあの魔王を目の前にしたときだけだ。前世でも数えるほどしかないだろう。俺のその様子を見て、老人は破顔する。
「おやおや、そこまで緊張されずとも大丈夫ですよ。ワシのような老いぼれでは、あなたのような若者をどうこうできるわけもないでしょう?」
「……よく言うぜ。俺が現れたとき、俺にだけわかるように威圧してきただろうが」
「え………?」
チッと舌打ちして、銃をホルスターにしまう。それでも、警戒を解いたわけではなかった。
「いえいえ、軽く試しただけですよ。それに、ただの威圧でしょう?実力があるとは限りますまい?」
「それはないな。ここに来るまで、まったくあんたの気配を感じなかった。その気になれば、暗殺するくらいわけもないはずだろう。加えて、あんたの筋肉は普通の老人のそれじゃねえ。恐らくだが、剣でも使ってたんじゃねえのか?」
「ふむ……鋭い方ですな」
そうして、また笑う。エレナはそれを見て、目を白黒させていた。
「どういうこと?戦うことなんかできないって前に………」
「お嬢様はもう少し人を疑うべきですな。あれは嘘でございますよ。お嬢様の護衛も兼ねてそばにおりましたゆえ」
「食えねえじーさんだな。あの威圧は俺が信用に足るやつかの確認か?」
「そうですな。お嬢様が素性のしれない者と共にいれば不安にもなります」
このじーさんは微笑んではいるが、俺にはわかる。もし変な真似をすれば、この牢屋を破壊し、俺に襲い掛かってくることを。それくらいこのじーさんは強い。ここまで強い人間など、師匠しか知らない俺にとっては驚きでしかなかった。
「まあ、いい。それでエレナ。こいつに何の用なんだよ?」
「捕まったって聞いた。大丈夫?」
「ええ。何も問題はありませんよ」
それからはエレナがぽつぽつと話しかけ、老人がそれに答えていくといった状況であった。俺はいらないんじゃないかとは思ったが、言わぬが花であろうと口には出さなかった。にしても、傍から見るとこいつら孫とじーさんにしか見えんな。護衛も兼ねて、という言葉があったのだから、そうではないのだろうが。だが、エレナが信頼しているのはよくわかるし、じーさんもじーさんでとても優しい目をしている。なるほど、何となく状況は読めた。
「おい、じーさん」
「なんですかな?」
会話の途中で割り込んだ俺の方を向く。俺はエレナを軽く見て、じーさんへと視線を戻した。
「エレナを逃がしたのはあんたか?そのせいで、ここに閉じ込められたのか?」
「察しがいいですなあ。その通りです。お嬢様が嫌がっているようでしたので、遠くに行くように促したのですよ。そして、捕まってしまいましたな。結婚の邪魔をするとは何事だ、と」
「そうか……相手はひどいもんなのか?」
「ええ、それはもう。少し調べてみれば、なんとまあ多くの裏があるのですよ。それに、性格もよろしくはないですしな」
老人は表情を変えることはなかった。けれど、本当に怒っているのはわかる。
「一つ、お願いしてもよろしいですかな?」
「なんだよ?」
「この結婚。取り潰していただけませんかな?」
「はあ?」
老人の顔を見るが、そこに冗談の類はまったくない。本気で潰してもらえないかと思っているらしい。
「勿論、ただでとは言いませぬ。責任はワシが取りますし、報酬も財産から渡しましょう。そうですな……金貨で50枚。これでどうですかな?」
「金貨50って………」
日本円に換算すれば、約1億から1億5000万。すさまじいまでの大金である。けれど、俺としては不可解なことがあった。
「どうしてあんたはそこまでする?」
「当たり前でしょう。エレナお嬢様は、ワシが生きるための希望なのです。この老いぼれ一つの身で自由となれるのなら、ワシも本望ですからな」
老人は終始穏やかな目だった。本気でエレナのことを考え、エレナのためなら死んでもよいと考えているのだ。その目を俺はよく知っていた。
「どうして……!?駄目、そんなことは………!」
「……わかった。その依頼、引き受けよう」
「師匠!?」
「そうですか。それはよかった」
牢屋を去るとき。老人は本当に満足そうな顔をしていた。まるで……自分の夢がかなったかのような、そんな表情で。
※ ※ ※
(とは言ったものの、どうするべきか………)
結婚式をぶち壊すこと自体は簡単だ。だが、それは最終手段としたい。リスクが高すぎるのだ。一番楽なのは、あの催眠状態をどうにかすること。尚且つ、その侯爵の息子とやらがひどいやつであることを知らしめること。そうすれば、なんとかなるのだが……
(現状、手掛かりが無さすぎるんだよな………)
そもそも、侯爵のうちのどっちが催眠を掛けたのか、術者は誰なのか。もしくは、マジックアイテムなのか。何もわからない。これではお手上げにもなる。
ベンチに背中を預け、ぼんやりと空を見上げる。何かいい考えはないか、と考えながら。そんなことをしていると、シルフィが俺の顔を覗き込んできた。
『どうした?』
今は姿を消しているので、念話で話す。シルフィも俺に合わせ、念話で会話することにしたようだ。
『いやさー、どうして受けたのかな、って』
『今回の依頼か?』
『そう』
確かにこんな面倒事。普段なら受けないだろう。だが、今回は引き受けなければいけない理由があった。
『似てるんだよ、あいつ』
『誰に?』
『俺に、さ。生きる理由を他人に頼っている。自分の大切なやつの幸せが自分の幸せなのさ』
そう、あいつはエレナの。俺はニーナの幸せを願った。立場が逆なら、俺も同じことをしていただろう。今回この依頼を引き受けなければ、自身の思想すらも否定することにつながるのだ。その説明にシルフィは納得していた。
『そっかー、それじゃ仕方ないね』
『ああ。今回もよろしく頼むぞ、シルフィ』
それから空を見上げながら、二人で考えていった。けれど、時間は無慈悲に流れ、何も解決策がないままに部屋へと引き上げることとなった。




