公爵の屋敷
(……にしても、困ったもんだな)
ぶらぶらと手入れをされた庭を一人で歩く。肩にはシルフィがいるため、完全に一人とは言えないが。だが、辺りに人がいない、という意味でなら間違ってはいない。ニーナもアカネも、エレナもリースもいないのだ。ここのところは忙しく、なかなかプライベートな時間が確保できなかったので、これは嬉しいことである。とは言っても、異世界なので前々世のようにゲームをして、一日潰すなんてことはできないのだが。やることと言ったら、散歩と読書、自力で創れるゲームに寝ることくらいしかない。いや、今日は昼まで寝てたけどね。久々にゆっくりと眠ることができ、気分がいいところではある。で、手持無沙汰になったので、シルフィと共に散歩にでも出かけてみたのだ。幸い公爵の屋敷ともあり、広さは目を見張るものがある。退屈しのぎにぶらぶらするのには最適なのだ。
それに、見てみればこの庭とてかなり手の込んだものなのである。決して派手ではないものの、一つ一つのものが上手く調和しているため、趣味がいいとも言える。もっと簡単に言ってしまえば、元々日本で生まれ育った俺にも忌避感のようなものがない。ちゃんと楽しめるところであるのだ。
俺が困っているのは、別にこの屋敷で差別されてるとか、ここでの生活が不満だとかいうことではない。エレナの命令で丁重に扱うように言われているため、差別的なことはされていない。それどころか、陰口を叩いているところもなかなか見ない。……間抜けなやつからのものはたまに聞くが。さらに、その影響でこの屋敷ではかなりの待遇を受けている。食事は美味いものを腹いっぱい食えるし、頼めばマッサージもしてもらえる。使用人用とはいえ、きちんとした風呂にも入れる。洗濯なんかは頼めばしておいてもらえるし、昼まで寝ていても誰も文句を言わないのだ。面倒事も1つを除けば、まったくと言っていいほどにない。肉体的にちゃんと休めるのは嬉しいものだ。特に、ここのところほとんど休めていなかった。個室でゆったりできるというのは天国のようなものだろう。そう、問題はそこではない。
ちょうどいいところにあったベンチに腰掛ける。思い出すのは、昨日のここに着いたばかりのことだった。
※ ※ ※
「よかった。やっと帰って来たんだね、エレナ」
屋敷に着いた俺たちを迎えたのは、まだ若いと言ってもよさそうな柔和な表情を浮かべた男だった。着ているものの仕立てもよく、装飾品もかなりいいものをつけている。が、別にごてごてしているわけでもなく、着ているものも派手なわけではない。落ち着いていて、尚且ついいものだとわかるような、そんなものなのだ。体型も別段太っているわけでも、痩せているわけでもない。顔つきは鼻が若干高めではあるものの、それ以外には非のつけようがないようなイケメンさんである。瞳の色も、薄い金が混じったような白い髪の色に合っていて、言われる前から貴族だろうな、という雰囲気がにじみ出ているような男だった。
「……ただいま」
「うん。冒険者になると言って飛び出していってしまったときはどうしようかと思ったけれど、無事でよかったよ。お前は嫁入り前なのだから、体は大切にしなければね」
「……その話は」
「エレナ。これは大切なことなんだ。お前のために言っているんだよ?だから、もう我が儘を言うのはやめなさい。いいね?」
特に怒っているわけではなさそうだが、どこか雲行きがおかしい。この父親と思わしき男は終始笑顔なのだが、言葉を交わすにつれてエレナの方が曇り顔になっていくのだ。周りのやつらは気付いていないようだが、俺からすれば明らかにおかしいと感じる。
最初はエレナが我が儘を言って、この屋敷を出たのかと思っていた。けれど、どうやらそうではなさそうだ。これは介入するべきだろうか?そう考えていたとき、ちらりとエレナが俺を見てきた。その瞳に助けを求める色が見えたときには、俺はため息をついて、一歩前に踏み出していた。
「少し、失礼してもよろしいでしょうか?」
「君は?」
「ここまでの護衛を依頼された、レオンという冒険者です。お疑いのようでしたら、こちらにその証明もございます」
アイテムポーチから取り出しておいた、今回の依頼書を渡す。公爵は目を通すと、一つ頷いた。
「確かにそのようだね。けれど、驚いたな。君のように小さい子が、ここまで護衛をしてくるなんてね」
「その通りかもしれません。ですが、それができると判断されたようですので。この通り、実力もそこそこのものだと自負しております」
今度は青い色のギルドカードを見せた。そのギルドカードに、公爵は目を見開く。
「これは……Bランクのギルドカードかい!?ギルドカードは偽造もできないし……確かにそれなら、依頼をされてもおかしくないか」
「はい。それに加えて、正体を知らなかったとはいえ、ご息女様とは縁がありまして。それも、依頼をされた理由の一つなのかもしれません」
「いやはや、そうだったのか。ありがとう。君たちのおかげで、娘がこうして戻ってきてくれたことを嬉しく思うよ。しばらくはここで羽を休めるといい。なに、遠慮はいらないよ」
「それは……私のようなものには身に余ることではないでしょうか?」
「謙遜しなくてもいい。師匠は私を助けてくれた。歓迎をさせてもらわないと、私の気が済まない」
ここでエレナが動く。どうやら厄介事に巻き込まれるようだ。まあ、ここまで来たのだから、断ることもできそうにはないが。
「エレナ。どういうことだい?何があったんだ?」
「師匠はゴブリンの群れに襲われた私を助けてくれた。もし師匠がいなかったら、今頃死んでいたかもしれない。それに、生き残るすべも魔法についてのことも、できる範囲で力になってもらっている。これで何もしなかったら、それは恥以外の何物でもない」
「なんということだ……やはり、冒険者なんてものにはなってはいけなかったんだよ。本当に何もなかったのかい?変なことをされたとかは?」
「ない。その前に師匠が助けてくれた」
「そうか……重ね重ね礼を言おう。ありがとう。君にはぜひとも泊まっていってほしいな。その年でBランクということだ、いろんなことをしてきたんだろう?」
再び視線が俺へと向けられる。どうやら、俺のことに興味を持ったらしい。それもそうだ。まだ12なのに、Bランクというのはなかなかにいないだろう。関係を持っておきたい、というのは不自然ではないはずだ。
「そこまでおっしゃられるのでしたら」
何が潜んでいるかわからない、そんな貴族の世界へと足を踏み入れたのだった。




