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元死神は異世界を旅行中  作者: 佐藤優馬
第3章 学園道中編
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思い人の苦悩

 嫌われた!嫌われてしまった!その思いだけが胸に広がります。それがわかった瞬間、私は走り出していました。リースさんの家を飛び出し、行く当てもどこに行こうとしているかも、わからないままに走ります。いつもみたいに笑って許してくれるんじゃないかとか、頑張って看病し続けたのにとかいう感情はまったくありませんでした。あっても、今の私じゃ気付かなかったと思います。今思うのは、レオン君のいるところから一刻も早く遠ざかりたい。それだけでした。


 どれくらい走ったでしょうか。周りには鬱蒼とした森が広がるだけになったところで、私は息が切れてしまって立ち止まってしまいます。それでも、前にレオン君に言われ続けていたので、立ち止まる前に少し歩きます。辺りを見渡せば、どっちに行けばいいのかわかりません。完全に迷子です。こういうときはいつもレオン君が仕方ないなあ、といった様子で迎えに来てくれました。でも、今日からは来てくれません。絶対に。嫌われてしまったという事実に、再び泣き出しそうになります。必死に堪えているつもりでも、あとからあとからこぼれ落ちていきます。


 「あー、いたいた。やっと追いついたよー」


 唐突な声に顔を上げると、疲れた様子のシルフィちゃんがいました。たぶん、ここまで追ってきてくれたんでしょう。シルフィちゃんは意外と面倒見はいい方ですから。レオン君に似たのかもしれません。


 「ふー、ちょっと休憩ー。ちゃんと追いついたわけだし、レオンも文句言わないだろうしねー」

 「文句?」


 どうして文句を言うんでしょう?レオン君は私のことを嫌ったはずなのに。私の顔を見たシルフィちゃんは、頭から肩に移動します。


 「あのね、ニーナ。レオンはニーナのことを嫌ってないよ?」

 「嘘です!」


 咄嗟に叫んでいました。シルフィちゃんは驚いた顔をしていますが、そうとしか思えませんでした。今回、私はそれだけのことをしちゃったんですから。


 「うーん、これは根が深いかー。でもさ、ニーナ。気付いてる?」

 「何をですか?」


 若干しゃくりあげながら、聞き返します。思い出しただけで、涙が出そうになるんです。そんな私に、シルフィちゃんは笑いかけてきます。


 「ニーナさー、阿呆!って言われたことある?」


 その言葉を記憶から探っていきます。阿呆、という言葉はよく言うので、聞かないことはないんです。でも、そこで変な事に気付きました。


 「私に言ったことは、一度もない、です」


 そうなんです。馬鹿、と言われたことはあっても、阿呆と言われたことはありません。さっきも大馬鹿、と言われただけで、やはり阿呆ではありませんでした。その言葉に、シルフィちゃんは頷きます。


 「でしょ?レオンはさ、無意識なのかもしれないけど、本当に守りたいものと諦めるしかないもの。ちゃんと区別してるんだと思うよ?それが馬鹿と阿呆の使い方の違いだと思うわけ」

 「……それはどういうことなんでしょう?」

 「要はさ。馬鹿、って言われている人はまだ守りたいと思ってる人なわけ。ニーナはちゃんと大事に思われてるよ」

 「そんなの……証拠がないじゃないですか」


 シルフィちゃんの言葉を信じたい気持ちはあります。でも、信じきれはしないんです。レオン君に殴られたことなんて今回を除いて、一回しかなかったからです。私の言葉に、シルフィちゃんは首を横に振ります。


 「証拠ならあるって。あたし自体が証拠のようなもんだしねー」

 「え………?」

 「あたしさー、出合った当初はウザがられる……まあ、迷惑に思われてたみたいなんだよねー。いつも、阿呆だのド阿呆だの言われてたよ。態度もどこか突き放してたような感じだったしさ。たぶん、あたしの性格とかみ合わなかったんだと思う」


 それは……なんとなくわかります。レオン君はシルフィちゃんみたいに、常にはしゃいでる子は苦手だと思いますし。私の思考をよそに、シルフィちゃんは話を続けます。


 「でもさー、魔族が来て、いろいろあってさ。それからかな、ちゃんと見てくれるようになったの。阿呆も馬鹿に変わったし、いつもあたしのこと悪いように言うけど、本心からそう思ってるわけじゃないっていうかさ」

 「……でも………」


 やっぱり、戻る勇気が出ません。また怒られたらどうしよう。愛想を尽かされていたらどうしよう。そんな思いが胸に残っているからです。俯いたままの私を見たのか、シルフィちゃんは大きな声を上げます。


 「そんなに気になるなら、自分で確認する!わからないことをわからないままにしないの!」

 「は、はい!」


 シルフィちゃんのその声に背中を押され、来た道を引き返すのでした。


※               ※               ※

 「うう、やっぱり無理です………」


 リースさんの家に戻ってきたまではよかったんですが、中に入る勇気は出ませんでした。やっぱり怖いものは怖いです。扉の前に立ったまま、ウロウロしているだけでした。


 「んー、まあここまで来たならいいか。ニーナ、ちゃんと聞いてなさいよ?」


 シルフィちゃんが私を見て、言い聞かせてきます。私は意味がわからず、首を傾げます。


 『……ふざけているの?あの女を何も言わずに放っておけって言うの?』


 今にも怒り出しそうな声。知らない人の声でしたから、エルフの人なのかもしれません。


 『あいつのせいで、どれだけの被害が出たと思っているの!?あいつが戦えなんていうから………!』


 その言葉で、ぺたんと座り込んでしまいます。怒られているのは誰かがわかったからです。今怒られているのは、私です。私のせいでたくさんの人が死んでしまったから。耳を塞いで、何も聞こえないようにしたい。そんな気持ちが過ります。けれど、顔を上げることができたのは知っている声のおかげでした。


 『……あいつはもう俺が責めた。これ以上、責める必要はねえよ。大人数で責め立てたところで、あいつが苦しむだけだ』

 「レオン君………」


 先ほどまでとは打って変わって、穏やかな声でした。その声だけで気付きます。レオン君は私を嫌っているわけじゃないんだ、と。


 『あんなやつ、どうなったって………!』

 『そもそもだが。お前らにあいつを責める資格なんかあるのか?』


 え、と声を漏らしてしまいます。どう考えても、責められて当たり前だと思ってたからです。


 『お前たちは何をしていた?ニーナを魔族に突き出して、自分らだけ助かろうとしたんだってな?それなのに、いざとなったら責め立てる?随分とまあ、都合がいいな?』

 『うっ………』

 『それにな。お前たちは俺たちが来る前までに、一度でも魔族が来たときのことを考えたことはあったのか?』


 レオン君の声がだんだんと怒り交じりのものへと変化していきます。


 『必要なときに力が不足している。そんな可能性も考えられない。そのために、努力すらできない。なのに、あいつだけが悪い?ふざけるな。てめえらが最悪の事態も予想できなかっただけの話だ。そんなやつらに、あいつをどうこう言う資格なんざあるわけねえだろうが!』


 レオン君は間違いなく怒っていました。静寂が場を支配しています。でも、さっきの声で少しだけ違和感を感じました。隣にいるシルフィちゃんに声を掛けました。


 「あの、シルフィちゃん。どうしてレオン君は怒ってるんでしょう?」

 「え、そりゃあ、ニーナのことを悪く言われたからじゃないの?」

 「いえ、そうではなくて……何というか、その、レオン君は今自分に対して(、、、、、、)怒っていません?」


 そう、レオン君はその場にいるエルフの人たちを責めてるようにも聞こえます。けれど、どうしてか自分を責めてるようにも感じるんです。正しいかどうかはわかりませんが………


 「……あー、これは確かによく見てるなー」

 「え?」

 「んー、いや、なんでもないー。なんで怒ってるかって?自分を許せないんだよ、レオンは。自分には一番厳しいからさー」

 「でも、悪いことなんかしてないじゃないですか?」


 今回、レオン君は別に助けようとしなかったわけじゃないです。それに、いつもみたいに怠けようともしてませんでした。めんどくさそうにしてるのはいつものことなので、入らないと思いますし……ですが、シルフィちゃんは首を横に振りました。


 「ニーナが一番大変なときにそばに居れなかったでしょ?それで自分を責めてるんだと思う」

 「そんな!だって、仕方ないじゃないですか!」


 あのときは食料を取るために、わざわざ一人で出掛けていたんです。あんなに天気が悪い中に、たった一人で。シルフィちゃんはいましたけど、それでも二人です。それに、私を助けるために頑張って、ぼろぼろになって、本当に死にかけて………


 「それでもね。自分が許せないんだよ。ニーナに辛い思いをさせたくない、そう思ってるからさ」


 ま、それだけじゃないんだけど。と続けましたが、それを聞くことはどうも憚られるような気がしました。レオン君が抱えている、想像以上に大変なことにどうすればいいんだろう、と思います。私にできることなんて、何もないですから。落ち込んでいる私の前に、シルフィちゃんが滑り込んできました。


 「あのさ、これからもレオンのそばに居てあげてね?」

 「え、ど、どうしてですか?」


 さっきまでの話を聞くと、どう考えてもそばに居ない方がいいと思います。私がそばに居る限り、レオン君は休むこともできないでしょうから。けれど、シルフィちゃんは真剣な表情でした。


 「レオンはさ。あんな性格だし、素性もわからないし、挙句の果てに殺しにも慣れてるからさ。周りからは拒絶され続けると思うんだ。だから、誰かにそばに居てもらってほしいわけ。あたしだと、その役割はできないしね」

 「…………」

 「その点、ニーナは安心できるわけじゃん?魔族を殺しても、真っ先に駆け寄るくらいだしさ。頼める?」

 「そ、それは大丈夫ですけど………」


 やっぱり、それで償えるとも思えないですし、ちゃんと役に立ててるかもわかりません。それを正直にシルフィちゃんに伝えると、呆れた様な顔をしていました。


 「それはさ、ニーナが孤独でいることを知らないからだよ。一人で居続けるのって、どれだけ辛いのかがさ」

 「一人で居ること?」

 「そう。もしも一人で居続けたら、たぶんレオンは壊れちゃうと思うよ。今みたいに優しいレオンじゃなくてさ、何を見ても何も感じなくなる、そんな人になっちゃうと思う」


 血の気が失せる気がしました。レオン君が壊れちゃう?そんなのは嫌だ!そう思ったんです。


 「……私、ちゃんとレオン君に謝ってきます。それで、ずっとそばに居れるように頑張ります」

 「うん、お願い」 


 私はレオン君に謝るために、家の中に入っていくのでした。 

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