完全憑依(フル・トランス)
『シルフィ。一つだけ聞いておきたいことがある』
『な、何?てか、やばいよ!傷を治さないと!』
『そんな暇はねえ。流石にあいつらもその間ずっと突っ立ってるほど、間抜けじゃねえだろう』
視線で示すのは、警戒度を上げたらしい魔族たち。治療はあいつらを殺してからでなければ、不可能と言ってもいいだろう。
『で、でも………』
『そんなことよりだ。精霊魔法には決まった形はあるのか?』
『決まった形って?』
『要はこういう魔法しか使えない、みたいなのだ。俺が勝手に弄くれるのか、と言い換えてもいい』
シルフィは少し考え込んだが、すぐに答えた。
『普通は無理。でも、レオンならいけるかもしれない。この世界の常識に縛られていないから』
『そうか。それだけ聞ければ十分だ』
ホッと一息つき、目の前の魔族に向き直る。血はいまだに止まらないし、雨に打たれているせいでとても寒い。それでも守りたいものがあって、この程度の傷で諦めるわけにはいかなかった。
『……シルフィ。何かあったら、止めてくれ。いざとなったら、殺すことになってもだ』
『え、それって………』
『頼んだ』
俺は駆け出し、目を閉じる。意識を心の奥底へと持っていく。まるで、暗い夜に海の中へと潜っていく。そんなイメージだ。上下左右も、進んでいる方向が正しいかもわからない闇の中。俺はぽつりと呟いた。
「完全憑依」
そして、俺は意識を失った。
※ ※ ※
「ああ?目を閉じて突っ込んでくるたあ、随分な余裕じゃねえか!」
剣を持った個体が、剣を振り上げて迫る。まずはあの剣をどうにかするのが先決だろう。
下にあったものを蹴り上げる。ソレを掴み、剣の方へ投げつける。魔族はその行動に戸惑ったのか、まともにソレとぶつかった。
「お、お前、正気か!?」
投げつけたソレは魔族が殺したエルフの死体だった。まだ生きているのなら躊躇するのかもしれないが、これはもう死んでいる。別にどう使おうと構わないだろう。体勢を崩した魔族に近づく。懐に潜られた魔族はあまりにも近い距離にあるため、剣を振るうことができなかった。その隙を見逃さず、手首を手刀で打つ。魔族は痛みと反射により、剣を取り落とした。
「てめえ!」
空中に浮いた剣を取ろうとしたが、取ることはできなかった。その前に金的を行っていたからだ。この魔族にも金的は効いたようで、その場で蹲った。その間に、剣の破壊へと移る。
「『弾丸』」
精霊魔法を唱え、剣を攻撃する。ただ、この一撃で壊すことはできず、剣は原型を残している。
「『弾丸』、『弾丸』、『弾丸』」
魔法で連射を行う。それと同時に、ピースメーカーでも発砲しておいた。剣は最初は耐えていたものの、物量には勝てなかったようだ。だんだんとひびが入っていき、ついには壊れた。まるで、ガラスのように。
「お、俺のレーヴァテインが………」
気の抜けている上級魔族には銃弾を叩きこんだ。リロードは生成魔法による、シリンダー交換だ。死んだかどうかの確認はせず、次の目標へと銃を向ける。次の目標は、一直線に突っ込んできた魔族。ちょうど盾があるので、魔族へと蹴りつける。盾にされた上級魔族はボールのように吹っ飛び、突っ込んできた魔族とぶつかる。何か言う前に発砲し、殺しておいた。
「『弾丸・十』」
その後は面倒だったので、まだ性行為を続けていた魔族に魔法を撃ちこむ。頭がはじけ飛び、エルフの女たちに血が飛び散る。悲鳴を上げてはいたが、そんなものに気を払いはしなかった。悲鳴に振り向いた魔族たちの脳天に、銃弾を叩きこんでいく。続けざまに5発。これで、魔族は半分以下になった。
「『小銃』」
続けて、ちょうど並んでいた魔族の頭を撃ち抜く。またもや血が噴き出た。そこで危機感を覚え始めたのか、魔族たちが一斉に向かってきた。魔法を撃ち、爪で引き裂こうとし、そこいらにあった剣で切り捨てようとしてくる。けれど、俺の周りには盾となるものがたくさんある。向かってくる3体にエルフの死体を投げつけ、爪を伸ばしてきたものには隣にいた魔族を蹴りつけて盾とする。同族を手にかけた魔族は戸惑ったが、その少しの躊躇を見逃すはずもなく、発砲する。エルフの死体に剣や爪を突き立てた魔族にも、ピースメーカーで命を奪っていく。ついでに、同じ魔族に傷つけられた魔族にも落ちていた剣を拾い、突き立てておいた。
魔法を撃ってきた魔族には、『弾丸』を撃ち、殺していく。気付けば、残っていたのは1体の魔族しかいなかった。それも、どうやら下級のようだ。ブルブルと震え、腰を抜かしている。ピースメーカーをリロードし、そいつに向けて………
「う、動くな!」
下級魔族が唐突に叫ぶ。そいつの手には、今しがた犯されていたのであろうエルフの女がいた。その女に爪を突き付け、人質にしている。下種な笑いを顔に張り付けたそいつは、俺に向かって再び叫んでくる。
「いいか!動くなよ?ここまでのことをしてくれたんだ、相応の報いを………」
「『小銃』」
言葉を待つことなく、魔法を撃っていた。狙いは寸分違わずに………
「……え?」
エルフの胸と魔族の胸に吸い込まれていった。どさりと倒れる。どちらの瞳孔も開いている、確実に死んだのだろう。
「シルフィ。敵はまだいるか?」
「う、ううん……もう、いないよ?」
俺が振り返ったときに、びくりと肩を震わせたシルフィ。が、すぐに首を横に振り、俺の懸念を否定した。
「そうか」
やるべきことを完遂させた。それを自覚した瞬間、意識をふっと失った。
「レオン君!」
今、叫んでいるのは誰だ……?今、近づいてきているのは………?




