怒り
「なんだこりゃ………」
目に入ったのは異常な光景。魔族がいるはずと言われていたのに、蓋を開けてみれば魔族などどこにもいないのだ。いるのは、ただ息絶えてしまっただけの龍。元々は美しかったであろう蒼鱗も、すすけて台無しになってしまっている。そして、無数の傷が魔族がどんな風に倒したのかを物語っている。本来、傷つけなくてもいいであろう場所まで傷ついているのだ。確実に、性格が最悪な魔族と考えるべきだ。また、この龍を見て気付いたことがある。
「……こいつ、子供なのか?」
「うん、間違いないと思う」
聞いていた話よりも、体のサイズはかなり小さい。恐らく、子龍がたまたま魔族にあってしまったのだろう。そして、徹底的なまでにいたぶられ、殺されたのだ。ぎりり、と知らず知らずのうちに、拳を握っていた。俺は一体何に怒っている?簡単だ。このやり口が気に入らないのだ。このやり口はあの世界とまったく同じと言ってもいいくらいなのだから。
龍に近づき、今は何を映していたのかわからなくなってしまった、その目を閉じてやった。
「……悪い。助けてやれなかった」
こんなことは言っても仕方がない。なぜなら、俺にできることなど限られているのだから。それでも、他者を平然と陥れ、傷つけ、殺せるようなやつらを許せるはずもなかった。額なのであろう部分に触れ、祈りの言葉を紡いだ。所詮は真似事でしかないが、何もせず、誰からも気付かれないよりはマシだろう。
シルフィを振り返ったとき、俺にもう迷いなどはなかった。
「シルフィ。魔族はどこへ消えた?」
「……ちょうどいいことに、1体近づいてきてるよ」
シルフィの視線の方へと目を向ければ、茂みからガサゴソと音がする。そこから現れた黒い人影は見紛うことなき種族だった。
「ああ?人間じゃねえか!置いてかれたときは最悪かと思ったが、何があるかわかんねえもんだな!」
ゲラゲラと笑う魔族。プレッシャーから見て、こいつは中級魔族だろう。銃を抜くその前に、俺は口を開いていた。
「おい、聞きたいことがあるんだが」
「んん?殺さないでくれってか?そいつは無理な相談だなあ?俺の趣味のためにも、ここで死ねよ」
「そうじゃない。これをやったのはお前か?」
俺が指さしたのは先ほどの子龍。そちらを胡乱気に見た魔族は、子龍の姿を見るとまた笑った。
「ああ、その雑魚のことか!ブハハ、聞いて笑うなよ?そいつはなあ、我らが王に殺されたんだよ」
「我らが王?」
「そうさ!燃える剣を持った王は、こいつを圧倒的な力でねじ伏せた!こいつもなあ、最初は頑張ってはいたが、勝てないとわかってからは逃げ出したんだよ。なっさけねえよな~」
馬鹿にしたように笑う魔族。勝利の快感にでも、酔っているのかもしれない。
「……れ」
「それによお。逃げ出すくせして、王に従えば命は助けてやるって言われたのに、誇りを捨てるような真似はしねえとか言うんだぜ?どの口で誇りとか言うんだ?笑えるよな~?」
心底おかしそうに笑う。その龍に向けて。格下のものが、つまらないことを言ったかのように。
雨が降り始めた。とうとう、嵐がここまでやってきたのだ。
「で、結局殺されてやがるんだよなあ。だっせえ龍だよなあ、ほんとに………」
「黙れっつってんだよ」
自分が出したとは思えないほど、また誰かがいれば恐怖を覚えていただろうほどの、低い声。ああ、今俺は怒っている。命を平然と奪えるクソ共に。子供が死んで当たり前のような世界に。誰かが苦しむことが当然のような運命に。
「……おい?あんまり生意気を言ってるとなあ?殺しちまうぞ?一番苦しむような方法でな?」
にやついた表情で俺を見てくる魔族。大方、俺をどう殺してやろうかとでも考えているのだろう。
「お前たちが屑なのはよくわかった。それに、お前たちのようなやつらが生きていること自体が有害だということにもな」
そう言ったときには、すでに相手の懐へと飛び込んでいた。魔族は驚いたような顔をしているが、今さら遅い。掌底を腹に叩き込んだ。魔族は腹を抱え込み、その場に蹲る。
「ま、待て!お前、何を………」
「うるさい」
俺が発砲するのと、雷鳴がするのは同時だった。また一体、魔族を殺したのだ。そのことについて、何ら思うことなどなかった。それだけこいつの、いや、こいつらのやったことが許せなかったのだ。龍へと再び近づき、独り言を言うかのように話しかけた。
「悪いけど、お前を埋葬できそうにない。許してくれ」
龍に向かって頭を下げた。こんなことはただの自己満足にしか過ぎない。だが、これは俺なりのけじめなのだ。再び、銃を取って戦うことへの。この先も俺は理不尽と戦わなければならないのだろう。だからこそ、ここで誓うのだ。俺は逃げることなどしない、と。
「レオン!大変!」
「どうした?」
血相を変えたシルフィを見て、まずは落ち着かせる。何があったのかわからなければ、対処しようがないからだ。
「村から、そこの精霊から、連絡が来たんだよ!結界が破られた、って!」
「急ぐぞ!」
シルフィを肩に乗せ、走り出した。早くも訪れた理不尽に顔をしかめながら。




