飴
「ていうか、なんで外に出てきたの?片付けとか、掃除とかやらなくていいの?」
「……まあ、それは後で話す。それより、外に出た理由だったな?簡単な話だ、飯を取ってこなきゃいけねえだろ?」
結界の近くまで歩きながら、シルフィと会話する。空を見上げれば、まだ晴れてはいる。が、時間の問題だろう。せっかくだから、二日分の食料を確保しておきたいところなんだが。嵐の中狩りとか、考えただけでもぞっとするし。
「あー、そっか。他の子に任せるわけにもいかないしねえ」
「そ。けど、問題なのが………」
後ろを振り返る。そこにあるのは、今出てきたばかりのリースの家だった。シルフィは俺の考えがわかったらしく、一つ頷いた。
「ニーナちゃんかー、確かに心配だよねー。ここ、半分敵地みたいなもんだし」
「そうなんだよな。どうしたもんか………」
俺が考え込んでいると、シルフィが何やらぶつぶつと呟き始めた。頭がアレになってしまったのか、と思ったが、そうではないらしい。くるりと回って、俺の前へと移動してきた。
「よーし、大丈夫みたい!」
「何がだ?」
「レオンさー、自分の周りに精霊たちが住み着いてるのって知ってる?」
「まあな」
リースの言葉を信じるのなら、精霊たちがいるのは確かなようだ。どれくらいいるのかまではわからないが。そのことをシルフィに伝えると、ケラケラと笑い始めた。
「うんうん、その精霊なんだけどさ。協力してくれるみたいよ?」
「協力?どんな風に?」
俺の言葉に得意げな顔で、指を立てるシルフィ。……うぜえ。
「まずはニーナちゃんたちを見守ること。これはわかるだろうから置いておいて。で、次に何かあったら止めてくれるって。具体的には精霊魔法使うなり、なんなりしてさ」
「それはまあ、ありがたいな」
俺がいない間は、精霊たちが守ってくれる。それはかなりありがたみがあるのだ。精霊は人間よりも感知能力が高い。それに、下手な人間の兵士よりもよっぽど強いのだ。特に、エルフに対しては最も有効な手だろう。けれど、まだ不安は残るんだよな。そんな俺の考えがわかっているのか、シルフィは笑う。
「最後にねー。なんとかしてる間に、あたしたちに報告してくれるって。時間稼ぎしてるうちに、戻ってくれば大丈夫だろうって」
「なるほどな。それなら、頼んでもいいか」
そこまでしてくれるなら、無下にするわけにもいかないだろう。精霊たちの厚意に甘えさせてもらうとしよう。そう思ってたのだが、シルフィが何故か手のひらを出しているのを見て、嫌な予感がした。
「おい、なんだ、その手は?」
「みんながねー、飴ちょうだいって!あたしも交渉したわけだし、ちょうだい!」
……俺の感心を返せ。ため息をつきながら、天を仰ぐのだった。
※ ※ ※
「で?どんだけ必要なんだ?」
現実に意識を引き戻し、シルフィに問いかける。シルフィは考え込むようにしたが、すぐに俺の方を向いてきた。
「どれだけ必要かはレオンが決めてよ。その数分だけ、精霊を残してけるから」
「ちなみに上限とかあるのか?」
なるべく多く残しておきたい。少なくとも、2桁は欲しいところなんだが。ついてきた精霊を全部置いてくことになるかもな、と思いつつ、シルフィの返答を待つ。だが、返ってきたのは予想外の答えだった。
「んーとね。確か……2、3百くらいはいるんじゃない?レオンのことだから、半分くらいは置いてきそうだけどさ」
なんてこった。3桁に届いているらしい。とんでもない人徳である。いや、精霊だから実際は人徳ではないけどさ。半ば唖然とするが、とりあえず飴を創る。あんまり多いとこぼれ落ちるだろうから、今創ったのは30個までだ。
「ん?30?少ないね-」
「いや、違う。10回に分けて創るから、300置いてく」
今度はシルフィが唖然とする番だった。そりゃもう、見事なまでにポカンとしていた。
「まさか、全員置いてくとはねー。やることが違うねー」
「ニーナに何かあっても困るしな。最善を尽くすまでだ」
飴はどんどん減っていき、あっという間に300個が消えてしまった。あんなもの、何がいいんだか。一回、自分で創った飴を食ったことがあった。だが、あやふやな、なんちゃってのものが出来上がってしまったので、甘ったるいことこの上なかった。それなのに、精霊たちにはウケてるようなのだ。甘いものが好きなんだろうか?まあ、どうでもいいことか。
「あれ?あたしのは?」
「外に出たらな。今出しても、取られるだけだろ」
「うーん、確かに。じゃあ、それでいっか」
シルフィを伴い、結界の外へと出る。どうやら、この結界も精霊の力を借りて張っているらしい。そのため、シルフィの力を使えば外に出れるのだ。
(さてと。ちゃんと取れればいいんだけどな)
※ ※ ※
駆ける。駆ける。嵐の中を。風を切るように。止まれば、やつらが来てしまう。追いつかれれば、殺されてしまう。死にたくない一心で、駆け続ける。だが、そんな自分をあざ笑うかのように、そいつは現れた。
「おいおい、逃げないでくれよぉ?お前みたいな、試し斬りにちょうどよさそうなやつはいないんだからさぁ」
真っ黒な体に、真っ黒な翼。それだけ見れば、ただの魔族と思ってしまうかもしれない。けれど、違うのだ。それだけなら、自分がここまでぼろぼろになるはずがないのだ。
次々と増えていく魔族たち。そして、指揮しているらしき魔族の手には……赤く燃える剣が握られていた。
……どうやらもう、助からないらしい。




