エルフの村
「……わかりました。ここまで上位の精霊様なら、無下に扱うこともできぬでしょう」
悔し気に顔を歪めながらも、頷いた村長らしきエルフ。こいつは金髪ではあったが、白髪が混ざり始めているし、老人だと思う。それでも、俺よか年はいってるだろうがな。エルフは長命で、500年くらいは余裕で生きるそうだし、もしかすると400後半かもしれん。とんでもないじーさんだな。
結界の中に入り、初めて見たエルフの村は、素朴な感じだった。別にツリーハウスなわけでもないし、エルフがいなければ普通の村だと勘違いしてしまいそうだ。畑もあるし、村の中には川も流れている。人間の俺らからしても、特別違和感を持つようなことはなかった。その証拠に、ニーナやアカネもあれ?というような顔をしている。
「ところで、どうすればよいのでしょうか。我らとしてもできること、できないことがありますゆえ」
じーさんはこちらを見もせずに、馬の精霊に向かって問いを続ける。なんかここまで徹底してると、むしろ感心しちまうな。よくもまあ、こんなことができるもんだ。あ、最初に結界から出てきたおっさんと5人組は同じ部屋にいる。今も、こちらを敵意を持った視線で睨みつけているのだ。手出しをすればどうなるのかわかったのか、何かをしてこようとは思ってないらしいが。
「あ、それはねー!」
「シルフィ、お前は黙ってろ。話がややこしくなる」
こいつに好き勝手喋らせると、どうなるかよくわかった。ここは先に封じておくのが吉だろう。不満そうな顔ではあったが。
「そんな顔すんなよ。あとで遊んでやっから、今は黙っとけ」
「え、マジで!何やるの!?」
「トランプでもやるか。暇つぶしにゃちょうどいいだろし」
「なるほどなるほど!じゃあ、あとは任せたよ、レオン!」
相変わらず扱いやすくて、非常に結構。さて、条件を提示させてもらおうか。村長らしきじーさんに体を向けた。
「まず一つ。嵐が通り過ぎるまで、ここに泊めてもらいたい。それが終わったら、出ていこう。お互いのためにも、そっちの方がいいだろう?」
「……小僧。まさかただで出れると思っているのか?」
じーさんが睨んでくる。貫禄があるからなのか、そこそこの威圧感だった。ま、怖くないが。
「口止め、か?いいだろ、別に。俺らみたいのは例外的だ。普通なら結界で詰みだろうさ。それに、ここのことを正確に伝えるのは難しいだろ?目印となるようなもんはねえしな」
じーさんが黙る。その通りだとでも思っているのかもしれない。
「なんなら、俺らが出ていくときに見送ればいい。変な印をつけて帰ってないか、とかな?」
「……ふむ。そこいらの小僧とは違うようだな。話を続けよ」
どうやら少しは興味を持ったらしい。今まで馬の精霊の方を向いていたが、俺が真正面に位置するように体勢を変えた。
「二つ目。俺らが狩りをすることの許可だ。エルフは動物とかは狩らねえんだろ?人間は動物を食わなきゃ死ぬわけだし、それくらいは許してくれ」
「ほう、なるほどな」
「三つ目。家は最低限の設備があること。ほぼ野宿と変わらんのは困る。そして、最後に一番の頼み事だ」
「一番?何を頼もうというのだ?」
警戒したように身構えるじーさん。そう構えんでも、別に変なことは言わんよ。一度間を置いて、再び口を開く。
「俺らとは不必要に干渉しないでくれ。それが最善だろうからな」
そう、それが大事だったのだ。無理に関わろうとしなければ、むこうもわざわざ突っかかっては来ないだろう。それに、余計なトラブルもなくて済む。お互いにとって、メリットがあるのだ。じーさんもどうやら問題ないようで、安堵したように息をついていた。
「確かに。我らとしても、人間と関わり合いになるなどと迷惑極まりない。それならば、不干渉が一番いいだろう」
「他の三つも構わないのか?」
俺が聞くと、じーさんはあごに手を当てて考え込んでいた。大方、変なことをされないかとでも思っているのかもしれない。
「……条件として、監視役を付けさせてもらおう。それで勘弁してやる」
「そーかい。なら、俺からも条件がある」
「なんだと?」
「あいつらが心休まらないと困るんでな。あいつらの監視をするなら、女にしろ。俺とそこの男は別に男でも構わんが」
というか、男が嫁入り前のニーナの裸を見るなどということがあれば、俺はそいつを殺して、八つ裂きにし、体は魔獣にでも食わせ、頭はこの村で晒し首にしても、まだ腹の虫が収まらない自信がある。勢い余って、この村滅ぼすかもな。あとニーナを嫁に出すとしても、ただの男は駄目だ。少なくとも人柄がよくて、性格にも問題なく、顔もよくて、尚且つどんなことがあったとしても、こいつを守れるやつじゃなければ許さん。もしもそうじゃないやつが来たら、絶望の味を教えてやる。そこで、ニーナに袖を引っ張られた。
「ん?どうした?」
「いえ、その……レオン君がひどいことを考えてるような気がして………」
なんてこった。うっすらとだが、気付かれたらしい。にやり、と笑みを向けてやった。
「よくわかってるじゃないか」
「よくわかってるじゃないか、じゃないですよ!何するつもりだったんですか!?」
「んー、ニーナの裸でも見たら、この村滅ぼそうかと思って」
真顔で答えてやったら、ニーナが怒りだした。駄目らしい。
「駄目ですよ、そんなの!ここに住んでる人たちが困るじゃないですか!」
「それなら、知らねえ男に裸見られてなんとも思わねえのか?俺にはそうは思えないが」
「そ、それは……そうですけど」
顔を赤くして、頷くニーナ。うん、こりゃ決定だ。
「よし、見た瞬間に全員殺すか。シルフィで精霊封じて、バレットで狙撃すればいけるだろ」
我ながら完璧な作戦だと思う。シルフィはエルフにとって、完全に切り札として使えるな。で、狙撃範囲なんかむこうはわからねえんだから、問題ないはずだ。
『……悪いことは言わん。あの男の条件を呑んでおけ。あれは本当に滅ぼすといえば、滅ぼすぞ』
馬の精霊がひいているように感じるのは気のせいだろうか?じーさんも顔を青くしている。
「そ、そうですな。条件は呑むことにしましょう」
慌ててこくこくと頷いていた。失礼な。別に変なことさえしなきゃ、俺だって何もせんさ。
「ところで、どこに厄介になればいいんだ?余ってる家なんかねえんだろ?」
ふと疑問に思ったので、聞いてみる。じーさんは渋い顔で俺を見てきた。
「決まっておらぬ。お前たちを泊めるやつなど、いるかどうか………」
「そうか。なら、あいつとかどうだ?」
指し示すのは、リースだった。どうやらあいつは人間に悪感情を抱いてないみたいだし、ちょうどいいのではないだろうか。じーさんも盲点だったようで、少し考えた後に、頷いた。
「よかろう。やつの家を使うといい。どうせやつには家族などおらんからな」
そんな言葉と共に、じーさんとの交渉は終わったのだった。




