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元死神は異世界を旅行中  作者: 佐藤優馬
第3章 学園道中編
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精霊信仰

 「はあ、仕方ねえか。あんまり使いたくはねえが、どうせ他にいいとこはねえんだろ?」

 「そだよー」

 「わかった。そいつに案内してやってくれ。俺は少し休む」


 シルフィにそう言い残し、馬車の中へと戻る。座席で横になり、目を閉じた。かと言って、眠れそうにはなかったので、目を閉じているだけだ。そうしていると、誰かが近づいてくる気配があった。目を開けてそちらを見ると、そこにいたのはニーナだった。


 「レオン君?どうしたんですか?」

 「どうしたって何がだよ?」


 別に変なことをしちゃいないんだが。そんなことを思いながら、よっこらせと体を起こし、ニーナを真っ正面から見る。けれど、ニーナは俺をじっと見ているだけだ。何をするわけでもなく、ただ見ているだけ。つまらなくはないのだろうか?


 「……レオン君?」


 することもないので、また横になろうとしたとき、ニーナから声を掛けられた。眉は吊り上がっており、どうやら怒っているようだ。


 「どうした?俺はまだ何もしてねえぞ?」


 一応、自己申告はしておく。何もしないと、また面倒になりそうだったしな。なだめるのは大変なんだ、これが。と思っていたのだが、そうではないらしかった。俺に顔を近づけて問いただしてくる。


 「何も言ってないのが問題なんです!レオン君、隠し事をしてるじゃないですか!」


 その言葉に心臓が跳ね上がる。それが顔に出ないようにしつつ、内心では考えを張り巡らせていた。


 (なんだ?どうしてばれた?前世のことはシルフィにしか話していないはず……だが、あいつはそんなことはしそうにないし、仮にしたとしても俺に一言くらい言ってくるはずだ。クソ、ばれないようにしていたっつーのに!)


 迂闊に何かを言うことはしない。動揺したり、何か言ったりすれば、そこから言質を取られることもあり得るからだ。だからこそ、ニーナの次の反応を待つことにする。ニーナはじーっと俺を見つめ、唐突に俺の目に手を当てた。


 「……?おい、何をする気だ?」

 「いいから動かないでください」


 ぶすっとした表情で俺を見てくるニーナ。こうなったら梃子でも動かないのがわかっているし、好きにさせてやることにした。いきなり目を抉ってくるわけはないだろうし。しばらく動かずにいると、聖属性魔法が発動する。それは俺の目に向けて放たれたもので、使い終わったときには先程の目を襲った、激痛の後遺症のような鈍い痛みがなくなっていた。


 「これで大丈夫だと思うんですけど……目に違和感とかはないですか?あったらちゃんと言ってくださいね?」


 ふう、と一安心しているニーナだが、俺は問いたださずにはいられなかった。肩を掴み、無理矢理俺の方を向かせる。


 「おい、どういうことだ?なんで俺の目のことを知っている?」

 「え?それは……その、いつもよりも目を気にしてそうだったので。それに、いつもよりもちょっと瞬きしてることが多いようでしたし」


 まったく気付かなかった。というか、誰もわかっていなかったはずだ。エレナも気付いたのなら、ニーナに見せるように言うだろうしな。それにしても、なんでこいつは俺の瞬きをするペースを知ってるんだろうか。見るのは構わんが、他のやつにはやめといた方がいいと思うぞ。怖いとか言われそうだし。半分感心、半分呆れの表情でニーナを見ていると、何故か顔を赤くしている。

 なんでだ?と思ったが、すぐに気付く。まだ俺が肩を掴んだままだったのだ。そりゃ恥ずかしくもなるか。12ともなれば、反抗期とも言える。家族にどうこうされるのが恥ずかしかったり、鬱陶しく感じたりするだろう。


 「と、悪かったな」


 そう言って、肩から手を離す。そんなニーナの反応はというと、少し残念そうな顔だった。……うーん、年頃の女心は難しい。もうわからなくなったので、考えることを放棄した。面倒だったし。


 「そうだ、少し進路を変更するぞ」

 「変更、ですか?どうしていきなり?」


 残念そうな顔から一転し、不思議そうに首を傾げるニーナ。少しは表情を隠すことを教えた方がいいんかね?たぶん、エレナに関わるなら、確実に貴族との対面は避けられんし。まあ、あとで考えておくとするか。


 「嵐が近くに来てんだよ。どうやらこっちに向かってるみたいでな。どっかで凌いだ方がいいだろう、ってことだ」

 「そうなんですか……そういうことなら仕方ないですね。でも、どこに行くんですか?」

 「シルフィに先導させて、エルフの村にな。たぶん、いや確実に面倒事になるだろうが」


 そう言って、ため息をつく。そう、そこが問題なのだ。エルフは通常、人間とあまり関係を持とうとしない。サラみたいなのが例外なのだ。エルフは人間を下に見ているし、人間も人間でエルフを奴隷にしていた過去を持つ。用途は性奴隷として、だ。見目麗しいエルフは、女も男も貴族を楽しませる道具として使われていたそうだ。それを受けて、元々あった溝がさらに深まった。今じゃ、見つけ次第殺し合いが始まる可能性だってある。そんなことを説明してやると、ニーナは顔を青くしていた。


 「そ、それって大丈夫なんですか?どう考えても、大変なことになるとしか思えないんですけど」

 「まあ、なるだろうな。だからこそ、シルフィが必要なんだよ」

 「シルフィちゃんが?」

 「ああ」


 一つ頷き、その理由を教える。

 エルフは神様なんてものを信仰しない。代わりに、崇めているのが精霊なのだ。エルフは精霊を使役している、と言われているが実際は違う。使役しているのではなく、力を貸してもらっているのだ。だからこそ、言うことを聞いてくれないこともざらにあるらしい。それでも、精霊の力を借りて発動させる精霊魔法はそれだけの価値がある。下位の精霊魔法でさえ、人間が使う同属性の魔法の中級魔法以上の威力を持つ。上位ともなれば、人間で対抗できるのは数えるほどしかいないだろう。なので、エルフは精霊を大切にする。そうしなければ、人間に対抗することなどできないからだ。


 「ということは………」

 「そう。エルフたちも流石に、シルフィのことを無下にはできんだろうということだ」


 ニーナが納得したような表情になる。こいつは俺を信用し過ぎだよな、と思いながらも、遠くの景色に意識を向ける。シルフィは強力な精霊だ。下位の精霊を従えることができるのだから。だが、どうしてか胸のモヤモヤが晴れない。これはエルフの村で無事に過ごせるのか、という不安なのか?それとも………?

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