進路変更
投稿が遅れてすみません。やっと落ち着いたので、投稿を再開します。またお付き合いしていただけると幸いです。
「進路を変更しろだと?」
御者の男が迷惑そうに顔をしかめる。まあ、そんな顔をされるだろうとは思っていたが。激しい痛みはひとまず引いたものの、鈍い痛みは残っているので正直問答を続けたくない。どうしたものかとため息をつくと、エレナがやってきた。
「師匠。どういうこと?」
「嵐が来るみたいなんだよ。こっちに向かってる」
端的に説明してやると、エレナはそれだけで察したらしい。理解力ならあの三人の中で一番なんだがな……頭を悩ませていると、エレナはうんうんと頷き、口を開く。
「流石師匠。厄介事に巻き込まれる確率は伊達じゃない」
「何言ってんだ!?」
それは常々思っていたことではあるが、他人に言われるとやはり腹が立つ。反射的に叫び返していた。まあ、エレナはそんなことを気にしちゃいなかった。無表情のまま、俺を見上げているだけだ。が、御者の方はそうはいかなかったらしい。青筋を立てて、俺に突っかかってくる。
「貴様、なんという口を………」
「あなたは少しは静かにしてて。師匠がまだ話してる」
声を上げかけたそいつは、エレナの冷徹な瞳の前に黙り込んだ。上下関係が顕著に出ている。ボーっとその様子を見ていると、エレナが不思議そうな顔で俺を見てくる。
「師匠?どうしたの?」
「いや、露骨に上下関係がはっきりしてるなと思ってな。やっぱり、貴族ともなればそこら辺は違うのか?」
適当にぼやいただけなのだが、エレナは誰の目から見てもわかるように動揺した。正直、珍しいと思ったほどだ。
「……師匠。それを、どこで………?」
「ただの推測だ。これだけの馬車をポンと用意できる辺り、貴族くらいしかいねえだろ。それに、お前に対して恭しい態度取ってるやつらがいれば、流石にわかるさ」
「……そう。秘密にしてたのに」
エレナが少し不安そうな顔になった。だが、はっきりと顔に出てるわけではない。普通に接しているだけなら、まったくわからないであろう、少しの変化だ。前世のことがなければ、普通に見落としていたかもしれない。こいつは表情を読ませないようにするのが得意過ぎるんだよな。それも疑う要因ではあった。
「……なあ、エレナ。お前、ニーナのことをどう思ってる?」
「……?いきなりどうしたの?」
「いいから。答えてみろよ」
手を軽く振って、先を促す。訝し気ではあったが、エレナはちゃんと答えてくれるようだ。
「ライバル……に近いと思う」
「そうか。あいつはな、お前のことをライバルって言ってたよ」
ライバル、って言葉は俺が教えたんだっけ。で、ニーナがよく使っていたのをエレナが真似し始めたのだ。うーむ、言葉を逆輸入し過ぎてるかね?そんなことを考えながら、まだ不思議そうな顔のエレナを見ながら苦笑した。
「でもな、あいつがエレナやアカネのことを話すときは楽しそうなんだよ。まるで友達のことを話してるみたいでさ」
「それは………」
「あいつはあの年で、俺についてきちまったからな。友達なんてやつがなかなかいないわけなんだよ。だから、あいつとはこれからも仲良くしてやってくれねえか?」
「……別に、構わないけれど。やっぱりニーナ優先?」
何故かまた不満そうになるエレナ。まあ、どうせ教えてくれる時間が少なくなるとか、そんな理由からだろう。
「そればっかは性分だからな、しゃあねえよ。ま、頼んだぞ」
「あ、師匠………」
エレナが再び声を掛けてくるが、何かを言う前に言葉を被せた。
「あいつが悲しむ姿は見たくねえからな。お前があいつの友達でいる限りは、ある程度なら面倒事も引き受けてやるさ。あと、この口調はどうしようもねえからな。お前相手に敬語なんざ使わん」
今度こそ驚いたような顔で、言葉を失っている。自分が何に悩んでいるのかを見透かされて、びっくりしているのだろう。経験値がそんじょそこいらのやつとは違うからな。そのくらいは余裕でわかるさ。
「……ありがとう、師匠」
少し照れたように笑ったエレナを見て、ほんの少しだけかわいいな、と思ったのは口に出さないでおこう。
※ ※ ※
「で?どこに変更しろというのだ?」
あの後、めんどくさいことにこの御者が騒ぎ立てていたのだ。なだめるのに時間がかかった。最後にはエレナに叱られて、どうしようもなくなっていたが。俺が吹き出しそうになっていたのは、秘密にしておくとしよう。ようやく落ち着き、俺の意見を聞く気になったらしい。エレナが強く言ったからだけど。そんなことを気にするような俺ではないので、普通に対応してやった。
「いや、別に決めてないが?」
「はあ!?」
今度こそ、怒髪天といった様子だ。俺はというとどこ吹く風、って感じだけどね。こんなやつより、師匠がキレてたときのがよっぽど怖いし。
「貴様、いい加減にしろ!目的地も決めていないのに、進路を変更しろなど侮辱しているのにもほどがあるだろう!」
「んじゃ、聞くが。お前、嵐の中でうまく馬を操れる自信あるか?馬が暴れ出さない保証は?疲れて、馬が途中で死んだりしないと言えるのか?俺は別に目的地に行くな、って言ってるわけじゃない。一時的に退避しろ、っつってるだけだ」
めんどくなったので、一気にまくしたてる。御者も考え得る最悪の事態を想像し、黙り込んだ。だが、プライドが邪魔するのか、やはり反論してくる。
「だが、目的地も決めてないのに、進路を変更するなどできるか!」
「……めんどくせえ。エレナ、説得頼んだ」
正直、もういい加減にしてほしい。なので、エレナに丸投げしといた。話はそれだけだと背を向け、馬車の中へと入ろうとする。と、そこでいきなりシルフィが現れた。
「んー?嵐を凌げればいいのー?なら、いいとこあるけど?」
「な、何者だ、貴様!」
「いいところ?村でもあるのか?」
シルフィを振り返り、問いかける。シルフィは頷き、自分の胸を叩いた。
「あるよー、あたしを信じなさいって!」
「……一応聞いてやるが、村ってどこにあるんだ?」
「ん?あっち」
シルフィが指さした方を見やると、間違いなく森の中へと入っていくことになるようだ。道もないし、村なんてあるはずがない。……そう、思うだろう。
「貴様、何をふざけたことを抜かしている!こんなところに村があるわけが………」
「シルフィ。一つ聞いておきたいんだが」
もう我慢ならないといった様子の御者を、強硬手段で黙らせて、シルフィに向き直る。シルフィはきょとんとした顔で俺を見上げてきた。
「なにー?」
「お前が言う村、ってのはもしかしなくても……あれか?」
俺の頭に思い浮かぶのは、人間ではない種族。地球ではまずお目にかかれないであろう種族のことだった。俺の言葉に満面の笑みで頷き、得意げになるシルフィ。うん、うぜえ。
「さっすがレオン!わかるのが早いね!」
「まあな……というか、大丈夫なのか?」
「師匠?どういうこと?」
戸惑った様子のエレナに、ため息をつき、シルフィが考えていることを教えてやった。
「こいつが行こうとしてるのはな。エルフの村だよ」




