学園へ
「それにしても、初めてですね。馬車に乗って移動なんて」
「まあな。いろいろと経験もしておきてえし、乗ってみたかったんだろ?」
「あ……はい!ちょっと憧れてたんです!」
「そか。それならいいや」
どこか寂し気だった顔に、少しだけ喜色が混じる。まあ、突然の別れだろうからな。これくらいはしてやってもいいだろう。
「そういえばあのバイク、ってものはどうするんですか?」
「昨日のうちに隠しておいたさ。あそこに乗り捨てておいて大丈夫だろ」
心配そうなニーナを安心させるように言ってやった。いくら人工物とはいえ、大部分が金属だ。自然に還るだろう。……プラスチック以外は。少し心配にはなる。意識を戻すと、ニーナは懐かしむような表情をしていた。
「この1年いろいろありましたね……冒険者としても頑張ったと思いますし………」
「まあ、頑張っちゃいたな。うん………」
ニーナの呟きに遠い目をする。野宿を経験したんだが、これが困ったのだ。実はあの面子。まともに飯を作れるやつがいなかったのである。アカネは素人に毛が生えたレベル。俺は適当なので焼く、煮るくらいしかできない。エレナはしたことがないとか言い出すし、ニーナに至っては……思い出したくもない。まさか前世での携帯食料が可愛いと思えるほどの味が存在するとは、とだけ言っておこう。
「ああ、あと先に言っておくが。ただ馬車に乗っておくなよ?一応馬車の護衛、っつー名目で乗ってんだから」
「そうなんですか?」
「そ。ギルドマスターに確認して、ちょうど行く方面の護衛依頼があったから受けたんだよ。急に出発を決めたのはこれも理由の一つだな」
「わかりました!じゃあ、私も頑張ります!」
「ほどほどにな」
意気込むニーナにそう声をかけておく。そう、何故なら無理をすることなどないのだから……
「そーそー!あたしにかかれば、万事解決だって!大船に乗った気でいなさいな!」
「うわ、心配だ……泥船の間違いじゃねえのか?」
「ちょっ!?そんなラノベに出てきそうな返ししてこないでよ!」
シルフィがいきなり声を掛けてきたので、すぐさま切り返す。
ああ、後から知ったことなのだが。契約した精霊と契約者はお互いの記憶をある程度共有できるらしい。なので、ラノベやらオーケーやら冷蔵庫やらスマホやらが言葉として通じるのだ。嬉しい誤算だった。こいつとの会話にはいちいち言葉を選ばなくてもいい、ということなのだから。ニーナはシルフィの姿を見て、安心するように笑った。
「そういえば、シルフィちゃんも一緒でしたよね。よろしくお願いしますね」
「ニーナ、優しい!レオンとは大違いだよ!」
「へー、握りつぶされたいみたいだな?」
ふざけた言葉に拳を握るそぶりを見せると、シルフィはニーナの後ろに隠れた。
「ギャー!ニーナ助けてー!ヘルプー!」
「もう、レオン君?あんまりからかっちゃだめですよ?」
「いや、おもしれえからついな……わからないか?」
「わかりません!まったくもう………」
残念。傍観者になりゃあわかるかと思ったんだが。ニーナの膨れた顔を見ながらそう思う。
「そういえばさー、これってどこに向かってるの?」
「ああ、これはな……」
「学園。正しい地名はフォルトニア」
「フォルトニアですかー。ってことは学園に入るんですか?」
「まあ、それもありではあるな」
情報がかなり集まるところらしいし。ニーナのワクワクするような顔を見て、それもありかと思った。
「ぜひそうした方がいい。学園にはたくさんの書物もある。師匠も調べ物があるなら重宝するはず」
「あ、行ってみたいですね!せっかくだから行きませんか!?」
「はいはい。確かに調べ物はあるからちょうどいいしな」
「やったー!やりましたよ、エレナさん!……あれ?エレナさん?」
「ねえ、レオン。これって………」
「ああ、あれだな」
ニーナの反応に二人してワクワクする。そして。
「ええぇぇぇぇ!?なんでエレナさんがここに!?」
「「見事なノリツッコミだ!」」
もはや感動すら覚えたね。まさか俺の目の前で天然物が見れるとは……横を見やると、シルフィも似たようなものだった。
「あたし、なんだかすっごい興奮したよー!天然ちゃんって実在するんだねー」
「だろ?だからいじりたくなるわけで」
「なんかわかった気がする!」
「レオン君!?シルフィちゃん!?」
いやあ、理解者が増えて嬉しいな。やっぱりこれはやめられないんだよ。ニーナの怒った姿を横目に、そう思った。すると、御者台から誰かが入ってくる。
「あはは、にぎやかだね」
「私にとっては疲れるだけですよ……って、アカネさん!?」
「「おおー!」」
二度目のノリツッコミに、二人して拍手すらしちゃったね。これほどの天然は、世界広しと言えどもなかなかいないんじゃなかろうか?
「おおー!じゃないです!どういうことか説明してください!」
「ん?しなきゃいけねえのか?」
「当たり前です!」
「しゃーねえな。まあ、エレナの方は依頼だよ」
怒るニーナに、仕方なく説明する。エレナの昨日の内緒話の内容。それは俺に対しての依頼だったのだ。曰く、『私を学園まで護衛してほしい。報酬は払う』とのことだった。
「まあ報酬さえちゃんと払ってくれるんなら、別に構わねえさ。この程度の依頼ならな」
「ニーナに独占させない」
「むむむ……じゃあ、アカネさんはどうしてですか?前にダメ、って言ってたじゃないですか!」
「ああ、言ったな」
そう言って、昨日のことを思い出す。俺たちはこんな会話をしたのだった。
※ ※ ※
「それじゃ……元気でね?」
あまりにも悲し気に別れを告げてくる。……やっぱり俺はお人好しなのかもな。悲し気な後ろ姿に、独白するように声を掛けた。
「……これはあくまで俺の独り言だ。誰もいないからこぼすだけだ」
「え?」
「俺がアカネを助ける、ってのが問題なのであって、別についてくること自体が問題なわけじゃない」
「それって………?」
アカネが不思議そうな顔をする。
「大体、俺が問題視してるのは俺がお前を無条件で助けること。無条件じゃなかったり、助けるわけじゃなかったり。もしくは偶々一緒になるのは別に問題じゃねえな」
「…………」
「ただ、それを決めるのはあくまでもそいつの意思だ。どうするかはそいつが決めるべきだし、俺は口を挟まねえさ」
「私が………?」
「あとはせいぜい後悔するとしてもましだと思う方を選ぶんだな」
そう言って、背を向ける。ヒントは与えてやった。この先あいつがどうするかまでは知らない。ただ、あの様子だときっと……
※ ※ ※
「……それについちゃ、自分で話すだろうさ」
「うん。今までレオン様に助けてもらってばかりだったからね。少しはそのお返しになればな、と思って」
その理由を使ったか。アカネの戦闘技術はかなりのものだから確かにお返しにはなる。そう思いながら、空いてるスペースに腰を下ろした。
「ええっと、じゃあ……」
「しばらくはまた4人で動くことになるな。いや、シルフィ入れれば4人と1匹か?」
「ええー?あたしは人って数えないのー!?」
シルフィが不満そうな顔をする。
「お前は微妙だしなあ………」
「ひっどい!ニーナも何か言ってあげてよ!」
「あ、ええと、はい。匹じゃ虫みたいで可哀そうですよ?」
ニーナが苦笑しながら、俺に言ってきた。その顔は、出発前よりもいくらか晴れやかなものだった。
「なんで?がついたの、?が!」
「虫みたいだから?」
「うわ、この子ひどい!」
「エレナさん、いくらなんでもそれはひどいんじゃ………?」
三人でがやがやと騒ぎ始める。俺は騒々しいな、と苦笑しながらその様子を見守っている。
「一気に騒がしくなったな………」
「そうだね。でも、これはこれでありなんじゃないかな?」
アカネが隣に来て、そう言う。アカネの顔もほほえましいものを見るかのようだ。
「……そうかもな」
「……ありがとね、レオン様」
「お前が行動した結果だろ?礼を言われる筋合いはねえよ」
「そっか。うん、でもありがとう」
軽く手を挙げることで応えてやる。にぎやかで、騒々しくなった俺の旅。けれど、人数が増えて嫌な気はしない。わりかし、このメンバーを気に入っているのかもな。そんなことを考えながら、いまだに言い争っているニーナとエレナを見て、また苦笑するのだった。
本来金稼ぎのためだけに寄ったはずの貿易都市、ヘカルトン。そこで新しい仲間を得た俺だったが……このときの俺はまだ知るよしもなかった。この先にも新たなトラブルが待っていることを。トーラの言葉の意味にも。そして、再び前世でのことに直面するとはやはり知らないのだった。
2章終了です。考えもなしに続きを書き始めたときは「やばい、誰も読んでくれなかったらどうしよう?」とか考えていましたが、こんなに多くの方に読んでいただいて嬉しかったです。3章はタイトル未定の方が一区切りついたら、もしくは2章開始と同じように詰まったら書き始めると思います。引き続き読んでいただけると幸いです。あとはリクエストがあれば番外編的なのも書くかもしれません。
最後になりますが、2章まで付き合ってくれた方々。本当にありがとうございました!




