終息
「なんだ、お前は……?」
「な、なんでこんなやつがここにいるわけ………?」
俺とあの上級魔族の攻撃を止めたのはたった一人の女の子だった。大体10歳くらいではないだろうか?銀色の髪が風になびいている。華奢な体格で思わず守りたくなるくらいだろう。顔だちも非常に可愛らしい。だが、だ。
「れ、レオン君?その子がどうかしたんですか?」
「……ニーナ」
「は、はい?どうしたんですか?」
「今すぐここから逃げろ。こいつはやばい」
「えっ!?」
少女から目を離さずに、そう告げた。外見だけ見れば、ただの可愛らしい幼女だろう。さして気にも留めないくらいに違いない。けれど、何故か目の前のこいつからは危険を感じる。こいつはやばい、すぐに逃げろ。全身の細胞がそう警鐘を鳴らしているのだ。
『シルフィ。こいつはどんだけやばい?』
『……滅茶苦茶やばい。女の上級魔族いたでしょ?あれより遥かにやばいやつだよ』
『おいおい、勘弁してくれよ………』
こいつの声からして、本当にやばいのがわかる。なんだって、こう不幸ってのは俺ばっかに降りかかってくんだ。幻想を殺すもんを持っている人の気持ちがわかるってもんだ。冷や汗が背中を流れ落ちる。
「ほう、妾の実力に気付くか。そして精霊との契約。なかなか面白い子供じゃのう。ヴィルナの報告は正しかったわけじゃな」
「……実年齢はともかく、てめえも見た目は子供じゃねえか」
そう皮肉を返すくらいしかできそうにない。それほどまでに余裕がないのだ。皮肉を返すだけ、まだ余裕があるとも言えるが。
「ふむ?何故そう思う?」
「……ただのガキがこんなに力を持っているとは思えない。舌足らずなわけでもねえ。あとは勘だ」
「面白いのう。実に面白い。のう、ヴィルナ?」
「はい、そうですわね」
さらには、あの女魔族まで来ている。即発砲できる体勢になる。
「お主が気にいるのもわかるところじゃ。そこの主。名を何といったかの?」
「……レオンだが」
「そうかそうか。レオンと申すのか。どうじゃ?妾のものにならんかの?」
「は……?」
言葉に詰まる。こいつもか?つーか、ヴィルナってあの女の方の上級魔族だったのかよ。少し考えたが、即座に首を振った。
「断る」
「それがお主の答えか?この街程度、妾の手にかかれば一瞬で消せるぞ?」
「だろうな。それが嘘じゃないってのもわかるさ。けどな、俺がお前のものになったから、街を見逃すのか?」
それが疑問だった。案の定だが、こう返してくる。
「それはどうじゃろうなあ?気分次第かの?」
「その可能性があるからなしだ。それにそもそもだが……あんたはそんなこと望んじゃいねえだろ?」
「どういうことかの?」
少女は首を傾げているが、俺としては確信があった。
「あんたは興味があるから、俺に目を付けたんじゃねえのか?なら、簡単に従ったら興味を失うだろうよ」
「……本当に面白い子供じゃのう」
やつの目の色が変わった。今まではちょっとした興味だったようだが、あれは本気で俺を狙ってる。………なんか貞操の危機を感じる。
「大体、お前は何なんだ?他の魔族とは明らかに違うだろ」
「そうじゃのう、お主は面白いからそれくらいには答えてやろう。妾は魔王じゃよ」
「……魔王は死んだはずだろ?勇者が倒したかなんかで」
そう思ったが、違うらしい。少女は首を振り、その言葉を否定した。
「まあの。あやつは好戦的だったらしいからのう」
ん?つまり……その言葉を元に推測を立てる。
「……魔王は上級魔族よりも上。複数人いる、ってことか?」
「そういうことじゃ。頭の回転もいいようじゃな。一つ補足すれば、誰でも魔王は名乗れはするぞ?」
「力のねえやつは勝手に死んでいく、か?正しくは周りに殺される、かもしれねえが」
「そうじゃの。その認識で間違いないの」
「お前は人間をそこまで殺したがってるわけじゃねえのか?」
ふと、そう思った。少女はなぜか笑った。俺と言葉を交わすのが面白い、というように。
「何故そう思う?」
「そうなら、そっちの上級魔族みたいに話聞こうともしねえだろ」
そう言って、男の方の上級魔族を指さす。マナーが悪いが、まああいつなら構わんだろ。推測は当たっていたようで、少女は頷く。
「それもまた当たり、じゃ。妾はもとから、そこまでこの侵攻に乗り気ではなかったしのう」
「そうかよ。ならとっとと帰ってくれ。これじゃ大したことはできねえだろ?」
「そうかの?妾がいればどうとでもなるぞ?」
「……俺がついていけば帰るか?」
そう提案してみる。もしかすると、これならいけるかもしれない。やつは俺に興味があるみたいだしな。少女は考え込むような仕草をした。
「そうじゃのう、それは……」
「れ、レオン君!そんなの駄目です!」
「そ、そうだよ!そんなの絶対に駄目!」
「師匠、そんなの許さない」
……あいつらは何言ってんだ?俺はこめかみを抑えて、なんか言ってやろうと口を開き………
「やめとくかの。今回はこれで帰ってやろう」
「ああ?いいのかよ?」
「どうせお主は隙あらば、寝首でもかこうとしてくるじゃろう?なら、連れ帰っても意味がないじゃろうて」
チッ、ばれたか。飛びついてくるかと思ったが、そこまで馬鹿じゃないらしい。あらかさまに舌打ちをしておく。
「まあ、また会えることを祈っておるよ。そのときまで死んでくれるなよ?」
「……こっちは二度と会いたかねえよ」
最後の最後まで皮肉を返しておいた。それが今俺にできる精一杯の仕返しだった。
やつが指を鳴らすと、黒い穴のようなものが現れた。たぶん門みたいなものなのだろう。
「ほれ、帰るぞ。収穫はあったしの」
こちらを見てそう言う。収穫って俺かよ?それでいいのか?
「……次に会ったときもこうなるとは思うなよ」
そう吐き捨てて、男の魔族が黒い穴の向こう側へと消えていく。知るかそんなこと。
「じゃあね、レオンちゃん?また会いましょう?」
「二度と会うか、ボケ」
そう悪態をついて、女魔族が消えるのを見送る。その後も魔族が次々と消えていく。残ったのはあの魔王だけだった。
「気が向いたら妾のところに来るとよい。妾の名を呼べば来れるぞ?」
「向かねえよ、何言ってんだ」
「つれないのう。そんな様子では女から嫌われるぞ?」
「知るか」
「まあ、よい。じゃあの」
そう言って、やつは背を向け……
「なっ……!?」
一瞬で俺の目の前に移動してきた。銃を構えようとするも、この距離では間に合わない。
「油断せずともこうなることとてある。気を付けるのじゃな」
そう言って、その唇を押し付けてきた。軽くではあったが、間違えることのない感触。レオンとしての人生どころか、転生する前にも経験したことのない出来事に戸惑ってしまう。そのままやつは俺の耳へと口を近づけ……
「妾の名はトーラじゃ。お主がどうなるか……見物じゃのう、同族となりうるものよ?」
「………?おい、それはどういう…………」
「知りたくば妾を訪ねるがよい。ではさらばじゃ」
そして黒い穴の向こうへと消えていった。最後まで無茶苦茶なやつだったな……
(にしても、同属となりうる……?どういう意味だ?)
あいつ、絶対に狙ってやってるだろ。あいつを訪ねるしかなくなったのだから。ため息を一つつく。
(まあ、今は……あっちだな)
俺が後ろを振り返ると、そこには………
「ちょっとレオン君!なんであの子とキスしてたんですか!」
「そうだよ!ずるいよ!私にもして!」
「アカネ、黙って。うっとうしい」
当面の危機は去ったことだし、あいつらの誤解を解いとかねえと、面倒なことになりそうだ。一難去ってまた一難、その言葉が頭をかすめ、ため息をつきながらニーナたちのもとに向かうのだった。




