偵察
(レオン)
「な……これは!?」
ピンク髪はそう言うのが精一杯だったようで、何度も目をこすっては目の前の光景を否定しようとしている。あの女の方もだ。こっちは声も出ないようだな。
「あまり大きな声は出すなよ?向こうに気付かれる」
小声で釘をさしておく。俺はある意味予想通りとも言えたので、そこまで驚いちゃいなかった。せいぜいが向こうの動きは速いな、程度でしかない。
「あ、あんなにたくさん……勝てるの?」
「あわわわわわ……れ、レオン君……」
こっちの二人もあんまり使い物になりそうもねえや。相手に呑まれてるよ。驚いて、今にもパニック状態になりそうな二人を見てそう思った。
「勝てる?あなたなら」
エレナにそう言われた。こいつはあまり驚いても、呑まれてもいないな。ちらりとそちらを見て、もう一度魔族たちの方へと視線を戻した。
「そうだな。真正面からぶつかりゃ、無理だろう」
「そうなの?」
驚いたような顔で見上げてくる。が、俺としてはその感想はいただけなかった。渋い顔でそっちを睨む。
「お前は俺をなんだと思ってんだ?」
「異常な戦闘能力を持った人間?」
「疑問符を付けるんじゃねえよ……いくらなんでも、無理だっての」
どいつもこいつも、無理言いやがって。俺は超人か何かか?そんなことを思いながら、ため息をついた。
「真正面からじゃなければ?」
「そうだな。ゲリラ戦に持ち込めば勝てるだろう。後は状況次第でもな」
「げりらせん?」
「数の上では劣っている集団が、優っている集団に勝つためによく使う戦法さ。詳しくは街に戻ってから話す。どうせ今回も使うことになりそうだからな」
疑問符を浮かべたエレナに向かって、簡単に説明してやる。そう、あまりにも今回は準備する期間が短すぎる。まともな下準備などできやしないだろう。となると、あの街の地形をどれだけ活かせるかにかかっている。上手くいけばいいんだがな……
「くっ……まさかお前の話が正しかったなんて………」
「正しい、ってわかっただけでも十分だろ?とっとと街に戻るぞ」
「わかった……」
ピンク髪が悔しそうな顔をしながら、歩き始める。現実をちゃんと見てるあたり、まあまともな方なのだろう。ここで騒ぎ出しでもすれば、面倒なことになるところだった。
(……まあ、そう簡単にはへし折れないか)
ため息を一つこぼし、後ろを振り返る。こうやってため息ばかりついてるから幸せ、ってものが逃げていくのかもしれないけれど。俺が足を止めたのに気づいたらしく、ニーナが俺を振り返る。
「レオン君?どうしたんですか?」
「ニーナ、俺の手と足にエンチャントしてくれないか?」
「え?どうしてですか?」
「時間稼ぐためだよ。いいから早く」
「は、はい……」
戸惑いながらも言われた通りに、聖属性の光をエンチャントしてくれた。これで少しは楽になるだろう。ピンク髪を呼び止める。
「おい、そこのピンク髪」
「……俺のことか?」
「他に誰がいんだよ?いいか、合図したら全速力で都市内まで戻れ。いいな?」
「何故俺が命令されなければ……!」
喚いてくるが、ここは譲れん。厳しい声で叱責する。
「いいから言う通りにしろ。死にたいのか?それとも、お前が代わってくれるのか?俺としては楽できるからいいんだが」
「それはどういう……?」
怪訝そうな顔をするが、いつまでも問答をしている暇はない。ニーナたち三人の方へと、体を向ける。
「ニーナ、アカネ、エレナ。お前らもだ。なるべく早く逃げてくれよ?」
「ええと、あのいったいどういう……?」
「ニーナ、ヘカルトンまで戻ったらすぐにこれを打ち上げろ。じゃないと、流石に死ぬしな。使い方はわかるだろ?」
そう言って、あるものを手渡す。
「え?あ、はい、わかりますけど……」
「アカネ、エレナ。こいつのこと頼むわ」
特にアカネをしっかりと見ながら、言い聞かせた。こいつなら気付いてくれるだろうしな。
「どういうこと?」
「レオン様、もしかして一人で何とかしようと……!?」
「なわけないだろ?それは無理だっての。そうじゃなくてだな……」
アカネの言葉を否定して、無数の木々の中の一つを注視する。そして……
「出てこい。もう気付いてんだろ?ばれてる、ってことくらい」
「……何故気付いた?」
注視していた木の裏から黒い人影が現れる。見紛うことなきそれは……
「ま、魔族!?」
「つけられてたんだよ、ずっとな。油断したところを襲おうと思ってたんだろう」
「その男のせいでできなかったがな……」
魔族が憎々し気にそう毒づく。ま、こんな子供が気付いてるんだったらプライドを傷つけられるよな。俺は鼻で笑い、種明かしをしてやった。
「簡単なからくりだよ、足音が人数分より多かった。それだけのことさ」
「たったそれだけで気付いたとでもいうのか!?」
「まあな」
逆にそれで気付けなければ、俺は前世であの年まで生きちゃいないさ。内心自嘲するように呟いた。
「ばれたからには仕方がない……ここで死んでもらう!」
「今だ!行け!」
そう叫び、やつに殴りかかる。やっぱりフラグはしっかりと建った上に、戦う羽目になった。本当に不幸だよ。
※ ※ ※
(ニーナ)
「まさかこんなことだったなんて……戻って加勢した方がいいんじゃ!?」
「馬鹿を言うな!魔族がどれだけの力を持っていると思っている!?やつは情報を持って帰ることを優先させたんだ!それに気付け!」
「そ、そんな……なら、私だけでも!」
「お前が行って何になる!?死体が一つ増えるだけだろうが!」
「でも!」
アカネさんと知らない男の人が言い争っています。アカネさんはレオン君が心配なんでしょう。男の人の方はレオン君が嫌いなのかもしれないですけど……理屈では正しいんだと思います。
「ニーナ、どうするの?このままじゃ……」
エレナさんも、心なしか不安そうな顔をしている気がします。表情をあまり変化させないから、少し驚いてしまいました。それでも止まることなく走り続けます。
「一刻も早くヘカルトンに戻ります」
「なっ……!ニーナちゃん、レオン様が心配じゃないの!?」
「レオン君なら心配ないです。ちゃんと帰って来てくれますよ。ただ……早く帰らないと」
「どうしてそう思うの?」
「これを渡してくれたからです」
見せたのは私の持った銃によく似たもの。信号拳銃というらしいです。これを撃てば信号弾、というものを発射できるそうなんです。
「それがどうして早く戻らなければいけない理由に?」
「だって言ってたじゃないですか。街に戻ったらすぐにこれを打ち上げろ、って」
「……まさか」
アカネさんも何かに気付いたような顔をします。私は頷いて、みんなに説明します。
「たぶんですけど、レオン君は今時間稼ぎに徹してると思うんです。そしてこれを打ち上げたとき……」
「街に向かって逃げ始めることができる、と?」
「はい。だから急がなきゃいけないんです」
「そういうことなら、急がないとだね。ニーナちゃん、エレナちゃん。ちょっとごめんね!」
そう言って、アカネさんは私たちを抱え上げ走り始めます。足に風属性魔法をエンチャントしているアカネさんは、私たちが走るよりもずっと速く駆け抜けていきます。行きは10分くらいかかったのに、帰りはわずか数分で帰ることができました。
「皆さんいますか!?」
「はあ……はあ……ああ、こっちは二人ともいる」
「私たちも大丈夫!」
「だったら……!」
皆さんがいるのを確認して、空に向け信号弾を打ち上げます。私が頑張れるのはここまで。後は……
(無事に帰って来てください……レオン君………)