動揺
今更ながらだけど、50話超えたんだなあ……
「……理由があると言っていましたね?その理由とは?」
サラに睨まれる。金髪の美人は綺麗なものだが、睨まれるといいもんではないな。完璧に整っているのがそれに拍車をかけている。勿論、それがいいっていうやつもいるのだろうけど。少なくとも俺はMじゃないから、そう感じはしない。
「さっきも言ったろ?ただの偶然だ。だが、その偶然を組み合わせるとお前としか考えられないんだよ」
「…………」
サラは無言になるが、俺は気にせず言葉を続ける。
「まず最初に、不自然なまでに情報が操作されていた。門番たちはおかしい、と思っているのに、冒険者たちが対応しないとかな。となると、ギルドのどこかで情報が握りつぶされていた、と考えるのが自然だ。ここから考えられるのはギルドの職員、もしくはギルドマスターが魔族だった、ということだ」
「……けれど、どう考えてもそれだけで私だとは絞れないはずです」
そう言ってくるが、理由はそれだけじゃない。頷き、一度口を閉じた。
「ああ、そうだな。だが、お前がエルフなら気付けている事に気付かなかった。これが二つ目だ」
「気付けなかったこと?」
「俺にはな、やかましい精霊がついてきてんだよ。精霊魔法を使うエルフは話せはしないものの、精霊を感知することはできるはず。現にサラというエルフはできていたみたいだしな」
そこでやつが苦々しい表情を浮かべる。すぐに直し、反論はしてきたがな。
「……あなたの言葉が嘘ということも考えられるでしょう?」
「そもそもその言葉が口をついてる時点で確定なんだがな。まあ、そう言われるとも思ってたさ」
「………?」
やつは訝し気な表情を浮かべた。これが決定打だと思っていたのだろう。
「最後の理由だ。お前はサラを殺して、なりすましたんだろう?より正確にはゴブリンたちに襲わせて、な」
「なっ……!そんなことは………!」
驚愕の表情を浮かべて、反論してくる。だが。
「これも偶然だ。俺がやかましいこいつに会わず、そこに行かなければ気付けなかったことなんだからな」
「馬鹿なことを言わないでください!」
「ここから西。徒歩で行けば半日ほど離れた場所。入口は狭くなっていて、奥は深い。ヒカリゴケがあるから中はそんなに暗くなく、奥に辿り着くまで10分ほどかかる。入口は隠れるような位置になっているため、見つけにくいところだ。そこで死んでいた。繁殖道具として扱われてな」
言葉を切り、様子を窺う。サラは黙り込んでいたが、俺の表情が揺らがないのを確認すると、いきなり笑い始めた。
「……ふ、フフフ、あははははハハハハハ!」
突然、サラが―――――いや、その顔が崩れ、別の顔が現れる。肌は白く、透明感のあるものからすべてを飲み込むような漆黒へと変化する。華奢であった体は変質し、羽が生え、爪が伸び、しなやかな体つきになる。ここまでは予想できたのだが………
「お前、女だったのか」
その魔族は女だった。少し意外に思いながらも、すぐに動けるような体勢になった。
「魔族には女はいないとでも思った?残念なのか幸運なことなのかは知らないけど、存在するのよ」
「あっそ。別にどっちでもいいがな」
「あら?淡泊なのね。それとも私に欲情でもしてるのかしら?」
まあ、確かにいい体つきではある。でもな。いつも言ってるが、そういうことはまだはええっての。ため息をつき、魔族の言葉に答える。
「いや、別に。興味がないだけだ」
「そう、変わった子ね。で?これからどうするのかしら?」
「どうする、って?」
聞き返すと、馬鹿にしたような瞳で俺を見てきた。
「ええ。あなたは一人。まあ、話を信じるなら精霊もいるのかもしれないけれど……戦えるのはあなただけでしょう?それに引き換え、私は魔族。それも上級の、よ?大人しく諦めた方がいいと思うわよ?」
「いつもと変わらないさ。戦って、勝つ。ただそれだけだ」
「勝てると思っているの?」
嘲笑しているが、そうじゃない。首を横に振る。
「それができなければ、死ぬだけだろうさ。負けて生きていられるとも思わないしな。諦めたところでもそれが変わりはしないだろう」
「……フフフ、あははははハハハハハ」
また笑い始める。今度は腹を抱えてだった。疑問に思い、問いかける。
「何がおかしい?」
「あ、あら、気に障っちゃった?ごめんなさいね。何があなたをそこまで過酷な考え方にしたのか……本当に面白いわ」
「…………」
勿論前世だよ。思ったが、口には出さない。表情も変化させずにいると、またも向こうから口を開く。
「それと諦めても同じ、って言っていたけれどそんなことはないわよ?」
「どういうことだ?」
「あなたはなぜ魔族が人間を殺すのか知ってるかしら?」
「知らん」
女の魔族は俺の言葉に頷く。
「そう、まあそれが普通よね。答えは自分より下に見てるからよ。魔族は優れた存在。人間より劣るはずがない、ってね」
「だから殺す、と?」
不愉快な考えだ。何様のつもりだ、という意味を込めて睨みつける。
「それが多くはあるわね。ただ……」
「奴隷のように扱うこともある、か?」
「あら?知っていたの?」
驚いたような顔で俺を見てくる。別に俺としては、不思議に思われるようなことはしちゃいないが。
「お前の話が本当なら、そう結論が出るだけだ。要は、人間が動物を家畜化してるようなものだろう?自らが楽しむために殺しもすれば、飼いもする。そして中には性的に楽しむやつだっているだろうし、な」
「フフフ、本当に聡い子。少しの会話でそこまで答えを出せるなんてね」
「さっきの答えを聞く限り、俺を殺すという使い方はしないわけか?」
魔族は笑いながら答える。
「使い方、ねえ……そうね、それはしないわ。私はあなたを飼いたいと願っているもの」
「飼う………?俺をか?」
少々意外に感じた。厄介者だから殺すとか言いそうだったんだがな。俺の視線に気づいたのだろう。魔族は理由を話し始めた。
「ええ。あの姿でいたときは冷たく当たっていたけど、私はあなたのことを高く評価しているのよ?大の大人を圧倒するほどの実力、迫害されつつも折れない心、頭もいいでしょう?そして何より、その異常なまでの価値観。こんなに興味の尽きない人間は初めてだわ。ねえ、私のものにならない?」
「断る」
「どうして?あなたは助かるのよ?」
不思議そうに聞いてくるが、単純なことだ。
「まず、あんたのその言葉が信用できない。嘘の可能性だってある。次にその理由だとあんたが飽きたとき、どうなるかわかったもんじゃない。最後に、一番の理由だが……それは俺の命の保証しかしていないだろう?それじゃ意味がないんだよ」
「ああ、あのいつも一緒にいる女の子のこと?優しいのねえ」
魔族は納得したような表情で手をポンと叩いた。
「交渉は決裂……とは言ってもハナから交渉なんざしてないんだがな」
「そうね。残念だわ」
すぐに動ける状態にはなっているが、いつでも銃を抜ける体勢になる。
と、いきなり後ろのドアが開く。視線を軽くそちらに向けると驚くべき光景があった。
「なっ……カイ!?それと………」
「ギルドマスターよ。魔族が私だけだと油断していたようね?上級魔族も私だけだと」
「くっ……すみません、レオン………職員のほとんどは魔族だったんです!」
「チッ……本当だったのかよ!魔族がいるっつーのは!」
「フン、馬鹿な男だ。今の今まで気付けんとは」
知らない男にカイ、そして無数の魔族たちがそこにはいた。男も、女もだ。
「仕方ないでしょう?その人間はあのエルフにベタ惚れだったのよ?何でもほいほい聞いていたわ」
「こんなのがこの街で最も強いとはな……これだから人間は」
「まあ、そう言わないの。あなたもここまでは予想していなかったのね。私の正体を暴くために職員たちを外に置いておくのはいい手だった、とは思うけど」
内心歯噛みをする。人質が取られた状態か、最悪だなオイ。
「あなたたちはその子を気に入ってたようだし、好きにしていいわよ」
「本当ですか!?」
「ありがとうございます!」
「……おい、まさか」
女の魔族たちが色めきたつ。カイを見て、思い当たる。
「ええ、あの顔がいい子はあの子たちのお気に入りだったのよ。だから生かして連れていくわ」
「頭がどうかしているな……人間は下等生物だろう」
男の魔族のうち、強力そうな個体が不愉快そうに吐き捨てる。
「あなたの考えはどうでもいいわ。でもそうね。こうなったら、ここを攻めるのは早めた方がいいかしら?」
「だろうな。3日後でいいだろう。準備とてある。最もこの様子だと俺一人でも十分かもしれんが」
男の上級魔族がそう返す。……油断しているな。ばれないように、周りを見回す。
「油断していると、痛い目を見るわよ?ああ、街攻めのとき一人生かして連れてきてちょうだい」
「何?何故だ?」
「この子が思い通りになるからよ。この子と同じくらいの、小さい子で青くて長い髪をした女の子……と言っても、私が探した方が早いかもしれないわね」
「フン、勝手にしろ」
今は俺から注意がそれている。動くとしたら、今しかない。シルフィにそっと囁く。
「……シルフィ。いつもの、やれるか?」
「りょーかーい。あたしに任せなさい!」
「今だ!」
合図とともにカイとギルドマスター、そして人間の職員に群がっていた魔族が吹き飛ぶ。それと同時に閃光弾を引き抜き、使用する。
「わっ………!」
「な、なんだ!?」
混乱のさなかに職員をドアの外へと投げ飛ばし――――勿論カイとギルドマスターも含めて、だ――――ドアを閉める。これでこの中は俺と魔族のみになった。
「動くな!こいつを助けたいのならな」
そう言って、銃を突きつけたそいつは……ギルドマスターを拘束していた魔族。投げ飛ばすついでにこちらが拘束する側に回ったのだった。
「俺を拘束したつもりか?人間如きが………」
それを聞き、足を撃ち抜く。そもそも人質になりそうなやつはもう一人いる。多少手荒に扱っても構わないだろう。
「ぐあっ!な、なんだその武器は!?」
「お前は知らなくてもいいことだ」
そっけなく答えて、次の手を考える。問題はここから。最悪の状況を覆しただけで、状況がまずいことは変わらない。中級魔族はざっと数えても10体、上級は2体。どうしたものか……
「貴様、まさか勇者か!?知らない武器を持っているということはそうなのだろう!」
はあ?こいつは何を言ってるんだ?勇者がこんなにダークなわけねえだろうが。突然の言葉に呆れる。
「そうでなければこんなことになるはずがない!この俺が負けるはずがないんだ!」
……こいつは阿呆なんだろうか?ただ自分の負けを認めたくないだけだろう。あっちの魔族の方がよっぽど面倒だな。そう思い、黙らせようとし………
「何故貴様のようなものがここに存在するのだ!」
「………え?」
その言葉を聞いて、何かが壊れるような音がした。それは俺にとっていつもささやく心の声だったから。
―――――――果たして俺は本当にこの世界にいてもいいのだろうか?と。
動揺し、腕の力が緩んだのだろう。その魔族は拘束から抜け出した。
「フン!馬鹿め!」
そう言って、襲い掛かってくる。心は動揺し続けていた。それでも、体は危機に対して勝手に動く。その魔族の腕を掴み、一本背負いをする。魔族は受け身も取れず、床に叩きつけられる。
「ガハッ!」
「ああ、あんな風にあっさりやられちゃって。ちょっと予想外だわね。みんな、一旦引くわよ」
「え?でも………」
「理由は後で話すわ。だから、ね?」
その言葉を聞き、次々と逃げていく。普段なら追撃しているのだが、今の俺には………
「レオン!大丈夫ですか!?」
入ってきたカイに返事もできず、ただただそこに立ち尽くしたのだった。




