魔族の居場所
あまりに長くなりそうだったので、二つに分けて投稿します
あいつらを教え始めて、早1ヶ月。だいぶこの街にも慣れはしたし、むこうも付き合い方を覚えたようだ。互いに最低限の会話と付き合いで切り上げ、それからは不干渉を貫いている。そっちの方が楽だから、今の状態には満足しているのだが。
変わったことと言えば、多少はあの4人が使い物になるようになった、というのもある。放っておいても、ゴブリンの群れごときに後れを取られるようなことはなくなったし、4対1ならゴブリンジェネラル?とかいうのにも勝てるようにはなった。これで依頼は達成だろ、と前に言ったことがあるんだが、却下された。なんでもまだ教わりたいことがあるから、なんだとさ。もうこっちが諦めたよ。報酬の3割を回してくれる、俺が倒したやつを換金しに行く、という理由もあるんだが。
ということで、俺は今………
「今日はここら辺か」
足元に倒れ伏した4人を見下ろしながら、そう呟いた。4人は息を荒くしながら、口々に文句をこぼす。
「や、やっと終わりか………」
「もう無理……動けねえよ………」
「諦めるのを諦めたとか前に言ってたのに……なんでまだ厳しいわけ………?」
「…………」
「お、お疲れ様です……はい、お水です」
ニーナがあいつらに水を渡していく。こいつらの訓練をするときは、大体ついてくるのだ。こいつらが心配とか、そういう理由だろうが。
「ああ、悪いな」
「ごめんね、気を使わせちゃって」
「いえ、いいんですよ。問題を起こしているのはレオン君ですし………」
「それは確かに言えてる………」
ファナと二人してこっちを見てきた。こいつらなあ。
「おい、聞こえてんぞ」
「聞かせてるんです!この1ヶ月、全く変わってないじゃないですか!」
そんな、当たってる!当ててんのよ、みたいに言わなくてもなあ……ため息をつきながら、怒っているらしいニーナをなだめた。
「っつっても、中途半端にやったところで身につきゃしねえだろ?」
「そ、それは………」
その言葉にニーナは口ごもる。正論だからな。
「まあ、確かに言えてるのかもしれないな。1ヶ月でここまで変わったし、結果も出てる」
「そうよねえ……否定できないだけに、強くやめろとは言えないし………」
「ま、休息日作ってるだけありがたく思え」
俺は納得させるようにそう言って、後ろを向いた。そろそろ帰りたいからだ。そんな俺に、ニーナから声が掛けられる。
「……それ、レオン君が休みたいだけなんじゃないですか?」
「よくわかってるじゃないか」
「またですか!」
ニーナに怒られる(まったく怖くはないが)が、いつものことだった。そうやって平和な日常を過ごせていたんだ、この1ヶ月は。
※ ※ ※
「レオン様?どこか行くの?」
家を出ようとすると、アカネに呼び止められた。別に構いやしないので、足を止めてアカネの方を向く。
「ん、まあな。ちょっとギルドに」
「ギルドに?どうして?」
「調べたいものがあるんだよ。ニーナのことは任せた。変なことは起きないとは思うが……」
次の一言を言う前に、アカネが続きを口にした。
「うん、わかった。いざとなったら、ギルドの方に向かえばいいんだね?」
「ああ、頼む。昼は適当にどっかで食ってきてくれ。俺のは必要ない」
「うん、じゃあまた後で」
手を振って、俺を見送る。何も反応しないのもどうかとも思ったし、適当に手を振っておいた。
そういえば、変わったことの一つにアカネのことがあった。今じゃこいつのことはある程度信頼しちゃいるし、強さもなかなかのもんだった。前に模擬戦をしてみたら、格闘限定とすれば俺といい勝負をするくらいだ。勿論格闘限定としても投げ技、絞め技は知らないようだったから、俺がそれを使い始めたらあっさりと劣勢になったが。使い物にはなりそうだったから、一応こいつにも技術を教えてはいる。そしたら、この前オークたちをボコボコにしてたもんだから若干引いた。それはさておき、ニーナを預けているくらいには信用しているのだった。
「じゃ、行ってくるわ」
そう言って、アカネの家を出た。外は相変わらず微妙な活気で、やはりあのときから変わっていないんだなと感じる。アカネの家からギルドまでは直線ルートで約5分。それほど遠いわけじゃないな。ん?なぜ直線ルートって付くのかだって?そりゃあ、屋根の上走っていくからだよ。こっちの方が速いし。
ギルドの屋根へと着地し、中庭に飛び降りる。衝撃を殺しながら降りると、後ろからため息が聞こえた。
「はあ、あなたは通常の方法で来れないんですか?」
「うるせえな。こっちの方が速いだろうが」
後ろを振り返ると、やはり予想通り一人のギルド職員がいた。茶色い(とは言っても、結構濃いめの茶色だ。下手したら、黒に近いかもしれん)長髪の眼鏡をかけた色男で、女にモテているらしい。前々世の俺なら、リア充爆発しろと言ってるところだろうな。線は細く、女装でもすれば女と信じてしまいそうだ。
「なんだ?また女から逃げてんのかよ、カイ?誰か一人と付き合っちまえば、逃げる必要はなくなるぜ」
「そうなると、他の女性から刺されそうですね……それは勘弁したいので、やめておきます」
「確かにな」
笑って済ませる。この男――――カイはこの1ヶ月で、ようやくまともに話を聞くようになったギルド職員だ。今じゃ、冗談を言い合うくらいには仲はいい。まあ……進展したのはとある件によって、だ。そこで声のトーンを下げて、カイに話しかける。
「で、どうだ?そっちの様子は?」
「いえ……やはりいませんね、該当しそうな方は………これはどう考えます?」
カイも真面目な顔つきになる。
「そうだな……いないか、もしくはよほどうまいやつか、の二択だな」
「でしょうね。確率としては?」
「恐らくいない、が有力だとは思う。だが、万が一っつーこともある。考慮のうちに入れといた方がいい」
情報を交換し合う。その間も俺は周囲を警戒しておいた。万一、聞かれていればまずいからだ。
「わかりました。ですが、最も有力な候補は?」
「あまり大きな声では言えんが、マスターか職員か、だ。情報操作しているのを見ると、可能性はこの二つが大きい」
カイはあごに手を当てて考え込み、一つ頷く。
「なるほど……周りにも気を付けた方がいいわけですか」
「ああ、あまり迂闊な行動だけはとるな。向こうの考えが早まるかもしれない」
「わかりました、そちらも気を付けて」
「ああ」
そう言って別れた。気付かれてなけりゃいいんだがな………
※ ※ ※
(ここ1ヶ月の間で進展はなしか……俺の思い過ごしなのか?だが、用心するに越したことはねえしな………)
考え事をしながら、ギルドの書庫で書物を漁る。とある書物を探しているわけなんだが……なかなか見つからないんだ、これが。上の空で作業していたわけだから、そいつに気付くのが遅れた。
「……っと。悪い」
誰かにぶつかった。そいつに目をやる。
「……?あなたがどうしてここに?」
「ん?お前、エレナか?お前こそなんでここにいるんだよ?」
ぶつかったのはエレナだった。むこうも不思議そうな顔で俺を見上げてくる。
「私は魔法のことを調べている。あなたは?」
「ちと調べ物をしててな……魔法ってもいろいろあんだろ?何を調べてんだ?」
「魔法をより効率的に使用したい。いつも魔力切れを起こしているから」
こいつの話を聞いて、少し考えを改めた。ふーん。こいつもいろいろと考えてんのか。
「で、成果は?」
「特に。あまりそういったことについて書かれたものはない。王都か学園にはあるのかもしれないけれど」
雰囲気から見るに、残念そうだった。表情があまり変わらないから、そういうのを読むのが難しいんだよな。できないことはないけどさ。
「王都か学園か……確かにあそこらへん行きゃあ、そういったこともあるのかもしれねえけどさ。行く機会あんのか?」
「学園に入学しようと考えている。そのためにも、お金が必要」
「そういうことか。ま、頑張れよ」
俺は自分の探し物をするために、また本棚に目を戻し……たのだが。エレナが服の袖を掴んできた。
「おい?何のつもりだ?」
「手伝う。その代わりに手伝ってほしいことがある」
真剣な表情で頼み込んでくるこいつを見て、面倒事じゃないだろうな?第一にそう思うのであった。
※ ※ ※
「……ってわけだ」
「……だから非効率的だったの?」
俺がエレナに説明をしてやると、目からうろこといった様子で納得していた。
こいつの魔力の消費が激しいのはなんてことはない。簡単なことだった。要はこいつは無駄に魔力を消費しているわけだ。こう考えれば楽かもしれない。例えばジュースを冷やしたいとする。で、バケツの中に水が入っているから、そこから氷を作れとなっている。そして、一度氷になった水は元に戻らないという状態だ。この場合では、俺はバケツからコップの半分程度の水をくみ取り、氷にする。だが、エレナの場合はバケツごと冷やし、氷を作ろうとしているものだ。そんなに氷は使わないし、時間もかかる。必要ない分の水はドブに捨てているようなものだ。
それを回避するにはどうするか?それもまあ簡単だ。ひたすらに実戦経験を積み、どのくらいの威力の魔法を放てばいいのかを知ればいいだけの話だ。こいつは氷がどれくらい必要なのかがわかっていないだけのことなのだから。
「ああ、威力がもっと低いやつでもいいわけだな。派手なもんばかり使うからすぐにばてるわけだ」
「……納得できた」
「ん、そうか」
「あなたは教えるのが上手。あの子が慕うのもわかる」
すぐに思い当たる。
「ニーナのことか?」
「そう」
「それだけで慕うもんなのかね?」
「いざというときに頼れるというのもあると思う」
そういうもんなのか。エレナの説明に納得して、席から立ち上がる。
「なるほどな」
「これからどうするの?」
「ここじゃ成果はねえから帰る」
俺のその言葉を聞いて、エレナも立ち上がった。
「なら、私も帰る」
「そうか」
部屋を出ようとすると、エレナもついてくる。なんか久々にこういうの教えた気がすんな……まだ勉強教えていた頃から1年も経ってないっていのにな。よっぽどここの生活が濃いものになってたんだろうか?
「それにしても何故魔族についての本を?」
「いや、仮説にすぎない部分があるからな。それが正しいかどうかを確かめたかったんだよ」
そう言うと、エレナは思い当たったようだ。すぐに正解を口にしてきた。
「あなたはまだ魔族がいると信じている?」
「そうだな。警戒しておくに越したことはねえさ。いつ起きるのかまでは謎だがな」
「と言うと?」
歩きながら話す。にしても、こいつは話が早いな。
「もしかしたら明日かもしれねえし、1年後かもしれない。10年後か、それよりもかかる可能性だってあるのさ」
「そうなの?」
エレナが聞いてくるが、あくまで可能性としては考えるべきだ。軽く頷く。
「ああ、魔族に対しての資料が少なすぎる。何もわからねえんだよ。寿命があるのかないのか、何体くらいいるのか、食性とかはどうなのか。そんなものまでな」
「もしないと仮定したら何年も、それどころか何十年かけての作戦であるかもしれないということ?」
「そう。だから調べたかったんだが……何もなしだったか。せめて、上級と中級の違いについて書いてあるやつはあってほしかったんだがな」
ため息をつく。……すっかり癖になったな、ため息。
「それがあなたが確かめたかったこと?」
「そだな」
だが、当てが外れた。これも王都辺りまで行けばあるんだろうが……ここでのことだしな。頭をガシガシと掻く。
「あなたはどう考えている?」
「恐らくだが、中級と上級には大きな壁があるんだろう。前にも話したことがあるだろ?上級は『スキル』持ちかもしれないって」
「言っていた」
エレナが頷く。ちゃんと覚えているようだ。
「俺が過去に会った魔族は、特殊能力のようなものは使ってこなかった。使えなかった、使わなかった、っつー可能性もあるんだが、どうも違うような気がすんだよ」
「だから大きな壁がある、と?」
「ああ。で多分だがこの街にいるのは上級。持ってるスキルは……『変身』とかだろう」




