未来へ、そして絶望
そこには一人の男が倒れていた。額を銃弾が突き抜けている。絶命しているのだ。そして、殺したのは……俺だった。
「うっ……おえぇぇぇぇ………」
その事実を理解したとき、急に吐き気を催し、たまらず吐いていた。口元が吐瀉物で汚れる。口の中には吐いたとき特有の酸っぱい味がした。胃の中のものをすべて吐き出す勢いで、俺は吐き続けた。
「まあ、初めてにしては上出来か。あとはそこにいろ。すぐに終わる」
師匠はそう言って、部屋を出て行った。
人を殺す。言葉としては簡単だ。だが、実行するのがどれだけ大変で、気持ちが悪くなることは知らなかった。殺した護衛を見る。この人だってもっとしたいことだってあっただろうし、生きていたかっただろうに。人を殺した罪悪感と、自分の可愛さを優先させたことからの嫌悪感で再び吐きそうになる。
「ごめんね……ごめんね………」
俺はその場で泣き崩れた。その日は雨が降っていた。空模様が俺の心情を表しているかのようだ。そして、もう戻れない絶望への扉が開かれた瞬間だった。それが第三次世界大戦中の日本で、俺が初めて経験した殺人だった。
※ ※ ※
第三次世界大戦はなぜ起こったのか?それは人類が何もしなかったからだった。発展途上国は問題に対し先進国が対策を取ればいいと考え、先進国は裕福さに満足し何ら対策を立てようとしなかった。その結果、温暖化、砂漠化、食糧不足と色々な問題が人類に影響の出るレベルで起きた。そして、人類は限りある資源と食糧をめぐり、戦争が始めた。日本は食料自給率が低かったため、特に死者が多かった。今となっては、生きているのは金持ちの連中とそいつらから金を貰える娼婦、闇医者に傭兵くらいだろう。
そんな中、師匠は何でも屋として生きていた。師匠の通り名は《カラス》。何故、《カラス》と呼ばれるようになったのか?理由は簡単。日本人らしい黒目黒髪。防刃、防弾用のためとして着込んだ黒いコート。黒い手袋に黒いシャツ。黒いズボンに黒い靴下、靴と全身が黒ずくめだったからだ。それ以外に特徴らしい特徴はなかった。いや正確にはあったが、それとて別に外見や体格から来ているわけではないのだ。
次に何でも屋のこと。何でも屋はその名の通り、どんな依頼でも受けることを売りにしている。それこそ、雑用から護衛、そして暗殺まで。彼はあの時代でかなりの腕だったらしい。実際、師匠が負けたところなど俺は見たことがなかった。俺はその後継者というか、何でも屋を継ぐために育てられたようだ。
※ ※ ※
それからは師匠は、よく俺を仕事に連れて行った。最初は俺も抵抗した。もう人殺しはごめんだと。だが、そんなものに意味はなかった。抵抗はむなしく、殺すことを強要される。時には殴られ、時には銃を突き付けられ、時にはナイフで脅された。やがて、抵抗することは無駄なことなどだとはっきりわかった。それからは無心で人を殺し始めた。苦しまずに済むように。その甲斐もあり、人を苦しめずに殺すこともできるようになった。その代わりに、何か大切なものが消えていく。そんな気がした。俺が殺した数が両手の指で数えられる数をとっくの昔に終えたときのことだった。
俺は地獄で生きていかなければいけなくなった。