説得(?)
「……で、これは?」
呆れた声が自然と出てしまう。そりゃあ、仕事を探すためにギルドに入ったらいきなり土下座されてて混乱しないやつはいないだろう。いるとしたらそいつはどんだけマイペースなんだ、って話だ。
「昨日言われて考えてみた。あんたの言うことは正しいんだろう。俺が悪かった!」
「ああ……そういうことか………別にいいさ、そんなに気にしてるわけでもねえし」
「助かる!」
「それはいいから頭上げろよ……俺が変な目で見られんだろうが………」
こいつを立たせようとする。どうせ新人冒険者を無理矢理土下座させた、とかあらぬ噂を立てられるに違いない。面倒な街だよ、ほんとにさ………
「いや!まだ上げるわけにはいかない!実はあんたに折り入って頼みがある!」
「頼み?んだよ?」
「あんたに戦い方を教えてもらいたい!」
「はあ?」
※ ※ ※
「……つーか、それはお前ら全員の意思なわけ?」
昨日助けたやつらを横目に、そう言った。立って話すのもなんだということで、椅子に座りながらの会話だ。位置的には俺、ニーナ、アカネが円形のテーブルを囲み、助けたやつらがすぐ近くのテーブルに座っている。
「まあ、癪ではあるけど……アンタが強いのは事実だしね………」
「確かに……他に強そうなやつのコネなんてないしなー」
「……私は別に構わない」
「ということなんだ」
赤髪の男が俺にそう言ってくるが、俺としてはツッコミたい気持ちでいっぱいだった。まず、聞くべきことから聞くことにする。
「ということなんだ、じゃねえよ。大体、コネってなんだコネって。俺とお前らの間につながりあんのか?」
「「「「いや、それはニーナ(ちゃん)が」」」」
「おい」
呆れた。他力本願も甚だしいな。なんでニーナ頼りなんだ。赤髪の男が恐る恐る聞いてきた。
「ところで、答えはどうなんだろうか?」
「却下」
「「「ええっ!」」」
魔法使いの女以外、皆声を上げる。逆になんで断られないと思ったんだ、こいつら?
「昨日も言っただろ。俺が協力するメリットがねえ。疲れるだけだ」
「そ、そこを何とか頼む!」
赤髪の男が頭を下げるが、考えは変わらない。
「嫌だっつの。俺は聖人君子じゃねえんだ、他を当たれ」
「レオン君、ちょっとくらいは協力してあげても……」
ニーナも助け舟を出してはきたが、無理なものは無理だ。
「お前も話聞いてたか?やっても、俺に得となることがねえだろ。それに……」
「それに?」
「人に教えるのとかだるい」
一番の理由はそれだ。俺は平穏に暮らしたいんだ。その理由にニーナが怒った。
「レオン君はなんでそんなにやる気ないんですか!」
「大体、俺はのんびり旅をしたいわけ。めんどくさいこととかなしにな。こいつらに関わると、トラブルに見舞われそうだからパス」
もはや飲み物をすするだけだった。
「ぱす……っていうのが何かはわかりませんが、めんどくさがってるのが、大きな理由なのはわかりましたよ!どうしてそんなに否定的なんですか!?」
「最終的には、俺に厄介事が全部周ってくんじゃねえかよ……何でもかんでもやれると思ったら、大間違いなんだからな?」
「むうー………」
ニーナが頬を膨らませる。そんな表情をするな。そんな顔をしたら……
「むぎゅっ!は、はひふふんへふはー!」
「何言ってるかわかんねえぞ?ちなみに問いに答えると、ついやりたくなるからだ」
「ははっへふははひへふはー!へほんふん!?」
頬を引っ張ってみたくなった。そして、実際に行動に移す。おお、ぷにぷにしてていい触り心地だ。大方、最初は『な、何するんですか』で、後半は『わかってるじゃないですか!レオン君!?』といったところだろう。いやあ、これだけが心の癒しだぜ………
ただ、このとき俺は全くもって何もわかっちゃいなかった。この頼んできた男――――アレックスというやつのことを。
※ ※ ※
「……俺は断ったはずなんだが」
翌日、依頼を受けようとギルドに行くと、また土下座しているやつが。昨日のあいつである。
「やめろっつったよな?他のやつ探せ、とも」
「あんたが頷いてくれるまではやめるつもりはない」
……流石に冗談だよな?
※ ※ ※
「……おい」
昼飯にしようかと思い、店を探す。思いっ切り避けられまくっちゃいるが、入れはするし一応注文も聞いちゃくれた。そうして飯を食ってるわけなんだが………
(なんでいるんだ、こいつ……)
道で土下座している男が約一名。間違いなくやつである。
(む、無視だ無視無視……)
※ ※ ※
「………」
トイレに来ても、土下座してるんだが。汚いからやめろよ………
(いやいや……流石に、明日まではしないだろうさ)
※ ※ ※
「…………」
ギルドに来たら、まだやってるんだが。また今日もついてくんのか?気が滅入るから、やめてほしいんだが……特にトイレ。
(いくらなんでも、明日はねえよな?)
※ ※ ※
「……………」
今日で3日目。土下座ショーはまだ続く。もはやギルドの職員たちや他の冒険者も見慣れたようで、普通に通り過ぎていく。まあ、お前らはいいだろう。無視できるんだからな。ただ、当事者のこっちは………
「レオン君、流石に教えてあげたらどうですか?アレックスさんが可哀そうです………」
「……俺は最初に断ったはずだ。やらねえよ」
ニーナが提案してきたが、やっぱり首を振った。きっと明日こそはやめてくれるだろう………
※ ※ ※
4日目になった。やつはやめる気配がない。流石になんか疲れ始めた。
「レオン様……なんだかまだいるんだけど………」
「……言うな。何も言うな」
とうとうアカネの家の外でも始めた。アカネも若干引き気味であった。
明日はやめる……よな?
※ ※ ※
5日目。やはりやつはやめる気配がない。依頼を受けて都市外に出たのだが、それでもついてくる。休憩すればまた土下座が始まる。野垂れ死なないかと半ば本気で思ったが、やっぱり街までついてきた。
「どうするのー?」
「……ほんとにどうするべきかね?」
シルフィは興味深げではあったが、俺としては笑えなかった。明日……やめてくれるといいんだがなあ………
※ ※ ※
6日目。もうなんか疲れてきた。心は落ち着かないし、このままじゃ取り返しのつかないことをしちまいそうだ。
(……明日で1週間。やめて………くれるわけないよなあ…………)
※ ※ ※
「……いい加減にしてくれよ」
ため息とともに、そんな言葉が漏れる。1週間も付きまとわれて、嬉しいわけがない。しかも男に。プライベートが思いっ切り侵害されてるものだから、嫌にもなるさ。
(どうしたもんかね………)
俺はだるいから嫌だ。あいつはどうしても教えてもらいたい。どこまで行っても平行線なわけだ。するとどちらかが折れなきゃいけないわけで……俺のところにニーナがやってきた。俺の顔を見るなり、ギョッとしたような顔になる。
「れ、レオン君……その、大丈夫ですか?」
「これが大丈夫に見えてんなら、お前は病院に行った方がいい」
何しろやつのせいで疲れた表情に加えて、ひどい隈ができていた。ここ1週間で何歳老けたんだろうか?そんくらいには疲弊しきっていた。ニーナは心配そうな顔で続けてきた。
「やっぱり教えてあげればいいんですよ。それで、アレックスさんもやめてくれるでしょうから………」
「……やらねえっつたろ」
「あ、あの、レオン様?なんかこの子が………」
アカネの方を向くと、そこには魔法使い女が。
「……なんだ?お前まで加わんのか?」
「違う。これ」
そう言って、差し出されたのはなんかのカード。なんだこれ?
「ギルドの書庫に入るための許可証。普通は言えばすぐに発行してくれるけど、あなたは持っていないはず」
「……そりゃ持ってないが、なんで発行してもらった?」
「これであなたにとっても、利点があるようになったはず」
なるほど。そう来たか。少しこの女に感心する。
(まあ……ここら辺が潮時か………)
どう考えても、今ではあいつらに教えないメリットよりデメリットの方が大きい。特に、安眠ができないことなんかな……それにあいつらに関わったからって、必ずしも面倒事に巻き込まれるわけでもないだろう。
そう結論付け、ため息を吐きつつ返事をするため外に出るのだった。




