決闘
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「俺様は寛大だ。今這い蹲って謝れば許してやるぞ?」
「くどいな、ペラペラとよく喋るのがあんたの特技なのか?負けたときの言い訳にはぴったりの特技だな」
「てめえ、調子に乗るなよ?お前なんざすぐに捻り潰せるんだからな」
「そうか、ルールはこっちで決めるがいいな?」
「あまり変なのなら拒否するがな」
へえ、少しは知恵があるのか。ほんの少しだけ感心する。
「そんなつもりはない。ルール無用。ただ、これだけだ。簡単だろう?」
「……いいだろう。ルール無用、なんだな?」
「ああ、そうだ」
「取り消しは不可能だからな?」
「ああ、お前の方こそいいのか?」
「いいだろう。それでやってやる」
「……確かにその言葉、聞いたからな」
内心では阿呆かと思った。こいつは何もわかっちゃいないのだ。よくもまあ、そんな貧相な考えで今まで生きてこれたものだ。
「だからどうした?」
「いや、何でもない。ところで俺が勝った場合、あいつに謝ってもらうのとギルドカードの作成をお前から頼んでもらうぞ」
「ああ、勝てれば聞いてやろう。俺様が勝った場合は……そうだな。一生俺様の奴隷として働いてもらおう」
「それで構わん。それでいつやるんだ?」
「今から、だ。さあ、早く始めるぞ!」
「そうか」
筋肉ダルマは唾を飛ばしながら笑った。笑い方も下品だ。大方、自分が勝った後のことでも考えているのだろう。ここまで性格が下種いと、もはやあっぱれだな。とりあえず、言質は取っておいた。これで大丈夫だろう。
「れ、レオン君……あの、その………」
「……一応言っとくが止めるなよ?負ける気はない」
心配そうな顔で俺を見上げてくるニーナには、手を出さないように言っておく。心配なのはこいつの方だからな。勝ち方は相当アレになるだろうし………
「……わかりました。ちゃんと戻ってきてくださいね?」
「ああ」
広い庭のようなところに戻り、筋肉質の男――――――まあ、典型的な脳筋男っぽい感じではあるが――――――と対峙する。
「別れの挨拶はもういいのかァ?これが終わったら会えなくなっちまうんだぞ?」
「……やっぱりか」
男の周りには、取り巻きのようなやつらが集まっている。正直手段は選んでこないと思ったが、この状況は予想外だった。
「他に群れるやつはいないのか?」
「はあ?何言ってんだ、てめえ?それともあれか、ボコボコにされるのが好きなのかァ?」
ゲラゲラと周りのやつは笑うが、こっちとしては戸惑いを隠せなかった。
(待て待て!まさかたったの5人で相手するつもりだったのか!?こっちはハナからニーナとアカネ以外全員敵としてかかってくるかと思ってたのに!?)
ど、どうしよう。こうなるかと思ってフル装備で来たのに、無駄になるかもしれないなんて………じゃらり、と100は超える数のメスが服の中で音を立てる。ポケットの中には非殺傷用の手榴弾がごろごろ入ってるし、閃光弾、スモークグレネードも数はそれほどないが、あることにはあるのだ。要するに。相手が数十人で来ようと、別に負ける気はなかったのである。明らかに過剰となってしまった装備の数々に、冷や汗をかいた。
(ま、まあ、後から乱入してくるかもしれないしな!)
無駄にならないことを祈ろう。最悪、後日使えばいいし。そう納得させて、ちゃんと相手に向き合った。と、そこで気付く。
「審判は?誰がやるんだ?」
「ああ?そうだな……あそこのやつでどうだ?身内がやるのは問題だろうしな」
そう言って近づいてきたのは、またも男。むさくて嫌になってくる。審判くらい女がいいよなあ。目の保養とかの問題で。ため息をつきながら、審判の顔を確認する。
(ん。まあ、こうなるよな)
おそらく、本人は気付かれていないとでも思っているのだろうが、ばれている。こいつ、出てけコールをしていたやつらのうちの一人だ。しかも、筋肉ダルマの近くで。確実に筋肉ダルマの味方サイドと見ていいだろう。別に気にするようなことでもなかったので、素直に頷いておく。
「ああ、いいぞ。最終確認として相手が負けと認める、もしくは誰の目から見ても負けだと判断されれば勝負は終わりでいいか?」
「それで構わん。さあ、始めるぞ!」
なんか外野が騒がしいが(勿論騒いでいるのはニーナとアカネ辺りだろうが)、所定の位置につく。後は指示があればスタートだ。
「それでは……始め!」
その掛け声と同時に5人がかかってくる。二人ずつ左右から、筋肉ダルマは正面から。単純だが、普通なら効果があるだろう。あんな巨体が襲い掛かってくれば怖いだろうし、囲まれれば一人に対処している間に袋叩きにされるのがオチだ。
(ま、普通ならな)
捕まらないために軽くバックステップ。距離感を狂わされた4人はその場でぶつかった。
「何やってんだ!てめえら!」
流石に筋肉ダルマは引っかからなかったか、残念。そんなことを考えながら、取り巻きの一人に向かって拳を振るう。戸惑っていたそいつはもろにそれを食らい……その場で蹲った。それもそうだ、殴った場所は鳩尾だし。未だに何が起こっているのかわからない3人の一人を狙って蹴りを叩きこむ。次に狙ったのはまあ……男性諸君ならわかってくれると信じよう。あれは痛いからちょっと表現するのは憚られる。更に側頭部に向かって裏拳を放ち、もう一人には後頭部に向かって少し捻った踵落としを食らわせとく。最後に向かってくる筋肉ダルマの拳を避け、魔力強化。一瞬加速した俺を見失った筋肉ダルマは後ろから手刀をまともに食らうことになった。狙った場所は首だ。
(さてと、次はどう来るかね?)
考えながら構えていたのだが、一向に起き上がる気配がない。訝し気に思い、注意を払いながらそいつらに近づくと………
「は?」
目を疑った。目を擦ったり、頬をバシバシ叩いてみたりするがその光景は変わらない。
「……気絶してる?」
そう、全員気絶しているのだった。唖然としながら、状況を再度確認してみるもやはり変わることはなかった。
(いや、いやいやいや!流石に呆気なさすぎるだろう!もっと粘ってくるかと思ったのに!)
審判の方を見やると………
「……け、決着はまだ着いていませんね」
「それでいいのか?」
「あ、当たり前です!そうでしょう、皆さん!?」
「そうだそうだ!」
「まだそいつらは戦えるぞ!」
「……わかった、戦えるんだな?」
そういうことならこいつには気の毒だが、もう少し手伝ってもらおう。あとから思えば、このとき俺はスイッチが入っていたと思う。筋肉ダルマに近づき、胸倉を掴む。
「おい、お前。起きろ」
筋肉ダルマを揺らして起こそうとする。やり方は荒っぽい感じだったけど、いいか。にしても起きねえな。今度は頬を叩き始める。最初はそこそこの強さで。徐々に強くしていく。
「ほら、とっとと起きろ!」
段々苛立って来た。ビンタが拳に代わり、なかなかヤバ気な音が鳴り始めるが、気にしない。
「お、おい!やり過ぎだ!」
審判が止めに入ろうとする。けどな………
「やり過ぎ?ルール無用、って言ったよな?こいつもそれを了承したよな?なら、そんな言葉はないはずだろ」
「だ、だが!」
「負けが誰の目にもわかるように、だったな?なら、こいつが死ねば認めるか?」
審判を苛立ったような瞳で睨みつける。審判は無意識にだろうが、一歩足を後ろに引いていた。今の俺は、暗い闇を瞳の中に宿していると思う。だが、中途半端なことをすればやられるのはこちらだ。やるなら徹底的に。殺すか、こいつらの心を折るか。そのどちらかくらいは計算済みだ。
「……は?」
「それでも足りないなら仕方ない。そいつらも殺す。それで駄目ならこの5人をバラバラにする。それでも駄目なら生首でも受付に置いておこう」
「じょ、冗談……だよな………?」
審判が足をさらに一歩後ろに引く。俺に恐怖しているのだろう。
「それでも認めないなら……次はお前でいいか。死人は俺の中では戦えないと判断する。なら、審判がおかしいのだから代わってもらうしかない。つまりお前は用済みだ」
「お、おい………?」
「お前を殺して別のやつを審判にする。そいつも駄目なら次のやつ。それも駄目なら別のやつだ。最悪、ニーナとアカネしか残らんかもしれんな」
「な、何を言ってんだよ………?」
「さてと、もう一度聞くがこいつは負けか?負けじゃないのなら……こいつを殺す」
「や、やれるならやってみろよ」
「そうか」
あまり気は乗らないが仕方ない。手段は選べないだろうしな。筋肉ダルマに向き直り、ナイフを取り出して………
「ぎぃやあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
太ももに突き立てる。周囲はあらかさまにほっとしたようだ。怒声があちらこちらで上がる。
「なんだよ、威勢だけじゃねえか!」
「ビビらせやがって!」
俺はその声を無視して、淡々と作業を続ける。突き立てたナイフを引き抜く。次はもう一方の太ももに突き立てる。
「いてえ!いてえからやめろ!」
「何故だ?」
「……え?」
返事はしたが、気にすることでもなかったので、ナイフから目を離すことも手を離すこともしなかった。ナイフをねじる。更に悲鳴を上げる。
「お前はどうやら死ななければいけないらしいぞ?だから殺す。それだけだが?」
「な、なんだよ、そいつは!おかしいだろ!」
「とは言っても、審判が負けを認めないから仕方がないだろう?安心しろ、お前一人だけ殺すわけじゃない。向こうの4人も一緒に殺してやるよ」
「や、やめろ……やめてくれ………」
二の腕に突き立てる。ねじる。もう片方にも。ねじる。手の甲に。ねじる。もう片方に……
「こ、降参だ!降参する!だからやめてくれ!」
「だ、そうだが?」
「え……うあ………」
審判は声を失っているようだ。やめてもいいんだが………
「審判が認めないそうだ。継続だな」
「おい!審判!助けてくれ!もう、もう止めてくれ!こいつ普通じゃねえ!イカれてやがる!」
「あ……お、おい………」
「なんだ?」
「ひっ!」
今の俺は血に濡れて、さぞかし恐ろしいことだろう。俺を見たそいつは悲鳴を上げかけていた。一度そちらを見たが、何も言わなかったので作業を再開した。
「許してくれ!頼む!何でもする!あの子にも謝る!ギルドカードを作るようにも言う!なんならお前の奴隷になったっていい!だから!だからやめてくれ!」
筋肉ダルマはもはや涙すら流し始める。それでも、だ。俺は感情を映さない瞳で、こう答えた。
「約束を反故にしないと言えるのか?信用できんな。一人二人殺しておいた方がちゃんとするだろう」
「守る!守るからよお……助けてくれえ………命だけは、命だけは…………」
「もういいです。もうやめてあげてください」
ナイフをもう一度突き立てようとした腕が止められる。見れば、ニーナが腕を掴んでいた。
「約束は守るんですよね?」
「守る……守るから………」
その言葉を聞くや、否や魔法を使い始める。傷はみるみる治っていき、塞がった。筋肉ダルマは驚いたような顔をした。
「私には謝らなくてもいいですから、ギルドカードを作ることは守ってください」
「あ、ああ………」
「……レオン君、どうしてここまでしたんですか?」
咎めるような視線で睨んできた。その視線に俺は目を逸らすしかなかった。
「生半可にやっても意味がない。それに俺は……お前ほど人を信じられない。ここまでやらなきゃ、言うことを聞かないと判断した」
「……やり過ぎです」
「悪い。………止めてくれて助かった」
あのままだと止まらなくなるところだった。また……人を殺すところだった。聞こえるか聞こえないかのような声だったが、ニーナはその言葉が聞こえたらしい。かすかに微笑み、俺をまっすぐに見返してきた。
「いいんですよ。いつものお返しです」
「………そうか」
その言葉をどうにか絞り出し、ギルド内へと移動した。