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元死神は異世界を旅行中  作者: 佐藤優馬
第2章 大都市騒動編
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精霊

 (にしても本当に大丈夫か、この都市は?これで抜け出せるとか不用心にもほどがあんだろ……)


 あの門番の話を聞いて、調べる必要がありそうだと思った俺は都市外に来ていた。勿論門は使えなかったし、ピアノ線と鉤爪使ってだが。それにしたって、するする登れるもんだから拍子抜けした。レーザートラップ付けろとまでは言わんが(技術的にも無理そうだしな)、せめてねずみ返しみたいな構造作っておくとか見張りつけるとかあるだろ?内心、能天気なやつらに辟易しているところだった。


 (まあ、それは後でいいか。先にやっておかなきゃいけねえこともあるしな)


 ただ、ゴブリンがどういうところによく住んでるものかわかんねえんだよな……冒険者ギルドで、ゴブリンについての情報収集してから来るべきだったか?ミスったな………軽くとぼとぼといった感じで歩き出す。周囲への注意は払っているが、あらかさまに態度に出す必要は全くなかった。


 (はあ、最近疲れてばかりだ………)


 孤児院にいた頃が懐かしい。あの頃はちゃんと夜寝れてた。それに対して、今はどうだ?睡眠時間は削られるわ、寝られたとしてもあちこちでトラブルが起こるわ、もうほんとやだ。寝かせろとは言わねえからゆっくり休む時間くれよ………ため息交じりに歩き出す。辺りは真っ暗で、闇に慣れてなければ何かに蹴躓きそうだ。


 「ったく、今日はある程度予想立てて適当に切り上げるか」

 「えー、戦わないの?」

 「誰がそんな面倒なこと………」


 ん?ちょっと待て。今の誰の声だ?その場で立ち止まり、気配を探る。


 「……誰かいるのか?」

 「聞こえたんだ!いるよいるよ!」

 

 子供のはしゃぐような声。ニーナではないし、アカネでもない。かといって、周りには誰の気配もない。辺りをわざわざ見回さなくとも、何かの気配程度なら感じられる。音やにおい、風の動きなど。目に頼らずとも、ただそこにいるだけで情報は発生しているのだ。そういった情報が全くない。要は誰もいないのだろう。


 「……マジか、そんなに疲れてたんだな、俺。まさか幻聴が聞こえるとか………」


 頭に手をやり、ポリポリと掻く。体調は万全……というほどじゃないが、そこまで悪くはないと思ってたんだがなあ。徹夜とか結構な負担だったんだろうか?まあ、中身はともかく体は子供なわけだしな………


 「せっかく話せるんだからもっとお話ししようよ!面白そうだし!」


 声はまだ聞こえるが無視だ、無視無視。どうせ幻覚なんだから反応してもしなくても同じだろ。いや、見てるやついたら危ないやつだと思われるだけマイナスにしかならん。努めて何も言わないように、前だけを見て歩く。


 「ねぇー、なんで黙り込んじゃうのー?お話ししようよー」


 変な感触がしたので、一旦止まる。なんだか髪が引っ張られてる気がすんだが……周りを見回すが、別に何があるわけでもなかった。いよいよ末期か。帰ったらちゃんと寝るとしよう。再び歩き出す。


 「ねえ、ねえったらーいいことだって教えてあげるよ?」

 「いいことだあ?」


 あ、やべえ。言葉に出ちまった。危ないやつ確定である。頭を抱えたくなった俺に向かって、その声はうるさい声でさらに続けてきた。


 「そうそう!やっと話してくれた!例えばだけど、ゴブリンがいっぱいいるところとか!」

 

 一応歩き続けてはいるが、頭ではその不思議な声のことを考えている。……無視することもできるが、今の言葉は聞き逃せないのだ。現状、何の手掛かりもない。たとえ罠だったとしてもここは乗るべきか?


 「……お前は一体何なんだ?」

 「あたし?あたしはねー、精霊だよ?」

 「精霊?火とか水とか風とかに宿るあれか?」

 「そう!あたしは風の精霊なの!あんた面白い人間だから付いてきちゃった☆」


 ……うわあ、最悪。しかもテンション高そうなのが更にそれを加速している。その場で蹲り、頭を抱えたくなる。


 「それを証明できんのか、お前?」


 罠である可能性もあるから、慎重にいかなければいかない。疑り深いからってのもあるが。一応、後ろを振り返ってそう言う。声の聞こえる方向から言って、そこにいると思われるからだ。まあ、何も見えやしないが。


 「うーん……そうだ!あれなら大丈夫かも!」

 「あれ?」

 「うん!この近くにねえ、偶々すっごい上位の子が来てるんだ!その子だったらどうにかできるはずだよ!」

 「……ちなみにどんぐらい離れてるんだ?」

 「うんとね!ちょっと!」


 なるほど。わかった。こいつ阿呆だな。そんな曖昧な表現でわかるわけねえだろ。ため息をつき、その声に返答する。


 「はあ、わかった。そこまで行ってやる。とっとと案内しろ」

 「ほんと!?大丈夫、任しといて!」


 さてと、鬼が出るか蛇が出るか。最悪、物理的に殴れる相手ならいいんだがな……そんなことを考えながら、その声に従って移動を始めた。


※               ※               ※

 「……何こいつ?」


 自称精霊に連れて来られて約20分―――――――全然ちょっとじゃない。それも魔力強化で走りながらだったし――――――――目の前には確かに凄いのがいた。

 

 「何って、さっき言ったじゃん。すっごい精霊!」

 「ああ、言ってたけど、なあ………」


 確かにすごいやつだが。目の前にいるやつは、話の中なら知ってるやつだが。想像の斜め上過ぎる……なんでよりにもよって………


 (スレイプニルなんだ………)


 北欧神話を知っているなら、知ってるやつも多いのではないだろうか?足が八本あるオーディンが乗っているあの馬である。凄まじい速度で走り、空をも飛べたと言われている。まあ、どちらかというと駆けた、の方が正しい気もするのだが。またもや頭を抱えたくなった。というか、実際に抱えた。


 「いや、まあそれはいいとしよう。百歩譲ってそれはいいとしよう。で、だ」

 「うん、何?」

 「お前、こいつ何の精霊っつった?」

 「え?精神と闇の精霊だよ?」

 

 ……おかしいだろ。普通、スレイプニルって風の精霊のはずだろ?何なの、本当に?本格的に頭が痛くなった気がする。もう何も見たくないから、目を閉じることにした。


 『………何の用だ?我はお前とあまり関わりたくないのだが』

 

 テレパシーってやつか?頭の中に直接声が響く。もう散々驚いたから驚く気にもならん。呆れたような口調に、少しは常識人なのかと体勢を元に戻した。人じゃないけどさ。


 「ひっどーい!なんでそんなこと言うの?」

 『お前は面倒事を起こしまくる上に進んで面倒事の方へと行くだろう。はっきり言って迷惑以外の何物でもない』


 うわ、こいつ被害者かよ……可哀そうに………憐れみの目でスレイプニルもどきを見る。


 「だってそっちの方が面白いじゃん!そうだ、この人間にさ。あたしの姿見えるようにしてあげてよ!そしたら今日は帰るよ!」

 『今日は、か。相も変わらず迷惑を掛けるのは決定なのだな……』

 「ちょっと待て!見えなくてもいいからこいつ連れていってくれ!」


 俺自身トラブルに見舞われやすいのに、トラブルメーカーのこいつがついて来れば過労で死ぬ!慌ててその精霊に抗議した。絶対拒否、断固拒否だ!


 『……頑張るとよい』


 消えやがった!あの精霊消えやがった!面倒押し付けてきやがった!目の前から消えた精霊に絶句するしかなかった。


 「どうどう?あたし、見えてる?」

 「……ああ、見えてるよ」


 最悪なことにな。目の前にはフィギュアくらいのサイズの小さな女がいた。白い髪は月明りを受けてキラキラと輝き、透明な羽はどんな芸術家でも創り出せないのではないかと思うほどに精巧だ。愛くるしい表情も相まって、何も知らなければ一緒に居れて素直に嬉しいと思えるだろう。それでもなあ……こいつの性格がなあ………


 「はあ……最悪だ………」

 「ちょっと-!どういうことー!」


 両腕を上げてギャーギャー騒ぐ精霊を横目に、額に手を当てる。そして、これから起こるであろう面倒事の予感に頭を悩ませるのであった。  

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