贈り物
(そういや、もうそろそろ誕生会やってる時期か)
ふと思い出す。あの村を出てから、一週間ほど。随分と離れたところまできたものだ。今いる場所は貿易都市ヘカルトンのすぐ近く。旅慣れしていないニーナのことを考え、近くの村に宿泊しながら来たためここまでかかってしまった。とはいえ、そのことについて別に恨む気持ちはない。元々当てのない旅だ、急ぐこともないだろう。
(どうすっかね……)
孤児たちには当然親がいない。いや、その表現は間違っているか。親が誰だかわからないのだ。すると当然のことだが、己の誕生日すらわからないことになる。生まれた日がわからず、誰にも祝ってもらえないというものは寂しいものだ。だからあの孤児院ではこの時期に誕生会をしていた。プレゼントは自分で用意し、友達などと交換するのが決まりだった。まあ、チビ共には年長組が必ず渡すようにしていたが。去年までは結構やばかった。ニーナだけに渡そうものなら殺すかのような目であいつを睨みつけるもんだから、ませた女子全員にプレゼントを用意しなければならなかったのだ。ぶっちゃけクソだるかった。モテ期が来てほしいとは前々世でそう思っていたが、考えが変わった。彼女一人できりゃいいや。多すぎると絶対身が持たない。
さてと。回想は長くなったけれど、今考えるべきはこれからどうするかだ。
(あいつからは毎年なんか貰ってた上に、ついてきてもらってる身だからな……)
何か贈らないと罰が当たるんじゃないか?真面目にそう思った。今でも酷い運だけど。そのうち魔族とかのバトルラッシュとかあるかもしれん。それはマジで勘弁。下級程度ならそれなりにいけるけど、上級とか未知数だから勝てるかわからんし。あるかどうかもわからないが、実際にもしもそうなってしまったらというシーンのことを回想し、渋い顔になる。
また話がずれた。とにかく、これからの俺のためにも何かプレゼントしておくべきだろう。それに、なんもしないのはなんか感じ悪い気がする。お人よしだなと自分でも思うが。
(さてと、何を贈るかね……)
※ ※ ※
「レオン君、これ見てください!」
「ん?なんだそれ?」
模写した地図からニーナへと視線を移す。その村に来てから2日。そろそろヘカルトンに向けて出発するかと考えていた。そんなときニーナが何やら持って来たのだ。ここに来てから一緒にいなかったのはこれのせいか?満面の笑みで誇らしげに見せてくるそれは、透き通った宝石がついているペンダントだった。
「……金はどうしたんだ?盗んだわけじゃないだろ?」
こいつの性格的にも、運動能力的にもそれができるとは思えない。冗談交じりにそう言ってみたが、案の定違ったようで。
「盗むわけないじゃないですか!レオン君は私をなんだと思っているんですか!?」
「貧乏な孤児」
再び地図に目を戻し、即答してやる。そしたら、不服そうな声が返ってきた。
「確かにそうかもしれませんけど!」
「わかってるって、冗談だ冗談。で、本当にどうしたんだ?貰ったとかか?」
「それに近いかもしれませんね……実はこの2日間働いていたんです!そのお礼としてもらったものなんですよ!」
自慢そうにそう言ってくるが、俺に何も言わなかったのは少し感心しない。もし何かあったらどうするつもりだったのやら。半眼になりながら、ニーナを見た。
「そうか。ちなみにどんな仕事だ?」
「はい、アミュレットに魔法を付与するお仕事をしてました」
「………なんつった?」
地図から目を離し、ニーナに掴みかかるような勢いで詰め寄る。ニーナの方はというと、目をぱちくりと瞬かせている。
「え?アミュレットに魔法を付与するお仕事を……」
「まさかできたのか!?」
「は、はい。だってこれにも付与してありますし……」
頭を抱えた。おいおい、嘘だろ………
「最悪だな、おい……」
「?何がですか?」
あまりにも能天気な声に発狂しそうになった。堪えたけどさ。代わりに、ニーナの肩を掴み、詰問した。
「おい、ニーナ。もう出れるか?」
「はい、荷物はまとめてありますけど……」
「じゃあ、行くぞ!」
「え?ええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ニーナと荷物を抱え、受付に鍵を投げ渡す(代金は泊まるときに払ってある)。ちなみに礼はちゃんとしておいた。全速力でバイクのある場所まで走り、すぐに荷物を固定しにかかる。ニーナにはヘルメットを渡し、着けておくように指示する。するとやはり予想通りというか何というかだったが、野郎が4人ほどこちらに向かって走ってきた。やつらは俺たちが逃げようとしているのを見ると、武器を抜いて追いかけてくる。
「あ、あいつら逃げるつもりだぞ!」
「チッ!勘のいい奴め!すぐに捕まえろ!」
「「「おう!」」」
「そうはいくか!」
こんなこともあろうかと用意しておいて正解だった。ポケットの中からスモークグレネードを取り出し、投げつける。幸い風は吹いていないため時間稼ぎにはなるだろう。すかさずエンジンをかけ、その場を後にする。煙幕が晴れた後は誰もいない事に気付くだろう。ひとまずの危機を脱したようで安堵の息を漏らしたのだった。
※ ※ ※
「な、なんだったんでしょう今の………?」
「お前はもう少し自分の重要性を理解しろよ……」
追っ手から逃げて、1時間ほど。ようやく休めそうなところに着いたのでそこで休憩することにした。そんなときにこの事態を起こした張本人が暢気なことを言うもんだから、怒るというよりももはや呆れた。
「いいか、ニーナ。お前が考えているよりも聖属性魔法の使い手ってのは貴重だ。加えて言うと、物体に魔法を込めるとなると更に減少する。まあ、これはデータもねえしわかりゃしねえけどな」
「そうなんですか?」
いまだによくわからないらしく、首を傾げているニーナに知っていることを教えていく。まあ、立っているのも疲れるから、ちょうどよさげに倒れていた木に腰を下ろしてだが。
「そうなの。でだ。金儲けを考えてるやつのところに聖属性魔法の使い手、それも魔法を込められるやつが来た。そいつは子供で騙しやすいとなったらどうなると思う?」
「……ええと………どうなるんでしょう?」
「そういやそうだよな……お前は性格的にも年齢的にも知るわけねえか………」
ため息をまたこぼす。だからこそ、俺がしっかりしなくちゃいけないわけで。そんな俺の様子を見て、ニーナはむっとしたようだ。
「馬鹿にしてるんですか?」
「いや、そうじゃねえけど……さっきの答えを言うとだな。拉致される、だ。連中はおそらく俺を人質にしたうえでお前にただ働きさせる気だったんだろうな。だから必死で追いかけてきたわけだ。上手くいきゃあ金儲けをしまくりだろうし」
手をひらひらと振りながら、正解を教えてやった。胸糞悪い話だ。なんで前世と同じようなことに気を付けにゃあならんのだ。十中八九抑止力というものがないからだろうが。警官のような職業がないわけだし、付け加えるなら日本のようにそこらかしこにいるわけでもない。ある意味こんな辺境だからこそ当たり前とも言えるだろう。俺の話を聞いて、ニーナは絶句していた。
「そ、そんな……そんなことってあるんですか………?」
「あるよ。孤児院から出るってのはこういうことだ。忘れるな。もう危険がどこに潜んでいるかわからないんだ」
「そう、なんですか………」
それっきりニーナは黙り込んでしまった。自分ではいいことをしたと思っているからこそ、余計に気にしてるのだろう。反省してるようだし、もういいか。
「まあ、俺がいる間は面倒見てやるよ」
「でも……また迷惑かけたりしたら………」
「それを言うなら、まずお前がついてきてる時点で迷惑だ」
「うっ………」
言葉に詰まったようだが、別に責めているわけじゃない。安心させるように頭に手を置いて、できるだけ優しい口調で言ってやる。
「それでも一緒にいるだろ?いいんだよ、別に迷惑かけても。その代わり次から気を付けろ。いつも俺が助けてやれるわけじゃねえんだからさ」
「……はい」
「よしと。で、結局それどうすんだ?」
顎で指したのは、ニーナがまだ手に持っているもののことだ。気になったのはそのアミュレットのこと。なんでそうまでして欲しがったのかわからない。俺に言えば生成魔法で何とかしたっつーのに。そんな俺に対して、今気づいた!というように俺に向かって差し出してきた。
「そうでした!はい、レオン君」
「ん?これ、俺に渡すためにやってたのか?」
「はい!もうそろそろ誕生会をやってる時期じゃないですか。何もないのも寂しいなって思って頑張ったんです!身を守る魔法がついてますからどうかなって」
「そっか。ありがとな」
それは素直にうれしい。誕生日がいつかまではわからないものの、誰かに祝われるというものは悪くない。前世では祝われたことがないために余計にそう感じる。それに込められた魔法もなかなかうれしいものだ。いざという時の保険にもなる。知らず知らずのうちに微笑んでいたようだ。俺を見て、ニーナも笑顔になる。
「喜んでくれたなら頑張った甲斐がありました!」
「にしても、考えることが同じとはな。それだけ印象に残るもんなのかね?」
「え?」
「ほい、これ。プレゼント」
渡したのは女の子に送るのには場違いであるだろう物体。そしてこの世界では異物として映るであろうもの。銃であった。勿論ながら、ホルスターも渡しておく。
「なんだか変なものですね?」
「武器だからな。仕方ないさ。これからは護身のために必要になるだろうしな」
「……う~、なんだか思ってたのと違いますよ………」
ショボン、といった感じで肩を落としていた。まあ、いつもはもっと気の利いたやつ渡していたけどさ。
「なんか言ったか?」
「何でもないです」
「ああ、それとだな。それはついてきてくれた礼のやつだ。誕生会用のはこっち」
そう、流石に銃だけ(実際にはホルスターもだが)渡すのもなんかなあ?と思ってもう一つ用意しておいたのだ。やっぱりニーナも女の子だからな。物騒なものだけ渡してはい終わり、ってのは違うだろう。と思い、胸のポケットの中に入れておいたものを渡してやった。今度は女の子に渡しても大丈夫なものだ。
「え?え?これ高かったんじゃないですか?お金はどうやって……」
「そこは魔法様々だな。材料だけ創って、後はまあ適当にって感じだ。付け加えとくと、それはそんなに高いやつじゃないぞ?」
「そんなこと関係ないです!ありがとうございます!」
本気で嬉しそうにしてる。そんなに嬉しかったんだろうか?マジで高いやつじゃないのに。まあ、きれいかもしれないけど。そう思いながら、ニーナが喜んで首から下げているそれ――――とんぼ玉を見た。
正直なところ、俺にはファッション感覚というものが全くと言っていいほどにない。だから装飾品なんかはあまり作らなかったわけなのだが……似合っているのではないだろうか?髪の色に合わせるように色は青色にしておいた。後はガラスの棒を熱して形を整えて、糸を通せばいいだけなのだから簡単であった。銃のメンテで培った手先の器用さを舐めてはいけない。
(こんだけ喜んだなら作った甲斐はあったか)
さっきのニーナと同じようなことを考えながら休憩を切り上げ、片付けに入る。今日中にはヘカルトンに着かないとな。
ちなみにこのニーナに渡したとんぼ玉。気が付くと当人はそれをにやけながら見つめてて、俺がちょっと引くのはまた別の話である。
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