一度目の転生
あの日、俺は人通りの多い道を通っていた。大学がちょうど早くに終わり、このまま帰っても暇を持て余すのは目に見えていた。だからこそ、適当に本屋に入って軽く立ち読みでもして帰ろうと思ったのだ。……まあ、悪い読者の見本であるというのは否定しない。でも、仕方ないんだ。自由に使える金が少ないことだし、図書館にはラノベはあんまり置いてないし。そもそも、漫画系を読みたいのなら本屋に行かないとなかなかないだろう。友達も漫画をあまり買うタイプでもないしな。あ、でも毎週ジャ〇プは買ってるんだったか?顔出しがてら、何冊か貸してもらうのもいいかもしれん。俺は金を出さずに嬉しいし、コンビニの方だって立ち読みするやつが消えるのは嬉しいことだろう。商品価値下げてくるわけだし。要はくだらないことを考えながら歩いていたわけだ。
だから、気付くのに遅れてしまった。歩いている先に怪しげな男がいたことに。
ドンッと大きな音がする。不審に思い、顔を上げるとそこには一人のおっさんがいた。スーツはよれよれ、パッと見ると覇気の欠片もない。無精髭は生えているし、臭いもひどかった。何日も風呂に入っていないのが容易くわかる。それに髪の毛もぼさぼさで、伸び放題だった。ホームレスと言われれば信じてしまいそうだ。その怪しげなおっさんは手に銃を持っていた。どっから持って来たのかわからないし、何故手にしているのかもわからない。でも、近づくと危ないから遠ざかろうと思った。俺も現代日本人の例に漏れることなく、面倒事に関わることは勘弁なのだ。というか、正直ビビりなわけだから離れたい。その一心で逃げようとして………
できなかった。足が凍り付いたように動かないのだ。それどころか、どうという音を立ててその場に倒れこんでしまった。その際に顔面も強打した。いてえ。腕に力を入れて立ち上がろうとするも、立てない。そこで何か液体に触れたような気がして、手を前へと持ってくる。そこには真っ赤に染まった自身の手のひらが見えた。
誰かが悲鳴を上げる。甲高いその声は段々と周りに派生していき、辺りは騒然としている。……のだろう。そんな語尾がつくのは、もはや意識が朦朧とし始めているからだった。寒い。今は夏のはずなのに。これが死ぬってことなのか?死ぬ間際にぼんやりと感じたのは、ああ、まだ読み終わっていない小説がたくさんあるのに。というしょうもないようなことだった。
※ ※ ※
目を再び開けると、そこには一人の男がいた。その瞳に映る自分の姿に驚く。自分が赤子なのだ。
(これはあれか、異世界に転生して、チート能力で無双して、モテるってやつか!なんかワクワクしてきた!)
だが、冷静になりある事に気付く。
(あれ、なんでこの人黒髪黒目なんだ?異世界では普通珍しいはずなのに……)
そして、驚愕の言葉が発せられた。
「起きたか。泣き声をあげない赤子は珍しいな。これなら、俺でも育てられそうだ」
そう日本語でしゃべったのだ!
この男――師匠が俺を助けていなければ、きっと野垂れ死んでいただろう。その事は、今でも彼に感謝している。だが、こうも思っているのだ。そのまま死んでいた方が幸せだったのかもしれないと。なぜなら、その日から地獄のような日々が始まったのだから。